赤門同好会!

 東京から帰ると、息つく暇もなく高校の卒業式が行われた。
 同じように二次試験を終えたばかりの人たちはやはり疲れているように見えたけど、みんな試験前よりは表情が柔らかくなっている気がする。
 まあ、国立の合否はまだ分からないわけだし、内心は卒業式どころじゃない人も多かっただろうけど。
 吉峰みたいに後期を受ける可能性がある人は、引き続き勉強を続けないといけないし。
 
 僕や龍は後期を受けなくていいのか? という問いに対しては、はっきり「Yes」と答えられる。
 そう、つまり、僕ら二人とも早慶には無事合格できたのだ。
 
 慶應は二月二十四日、早稲田は二十七日に合格発表があった。
 慶應の方は東大入試の前日に発表されていたということだが、結果がどうであれ東大入試に何かしら影響すると思ったため、確認したのは早稲田と同じ二十七日だった。
 
 二十七日というと、つい二日前のことなのだが、発表されたのが午前十時でそのとき僕らは帰りの新幹線の中。
 吉峰が見守る中(見守っていたつもりはないかもしれないが)、龍と一緒に心臓をバクバクさせながらスマホで合否を調べたのだ。
 滑り止めとはいえ、早慶の合否は将来を大きく左右するものであったため、合格の二文字を見たときは思わず抱き合って喜んだ。
 
 もしも東大に落ちていた場合、慶應と早稲田のどちらに行くのか尋ねると、龍は「早稲田!」と即答していた。
 理由はもちろん、親友の駿太が早稲田に進学することが決まっているからだ。
 スポーツ科学部と理工学部じゃキャンパスは違うけど、同じ大学の方が何かと便利そうだし、横のつながりもありそうだ。
 
 僕もまた、同じことを尋ねられて「早稲田」と答えた。
 ただ、僕の場合、主な理由は「慶應がちょっと怖いから」だ。
 正確には、慶應に入って二年間文系と同じキャンパスに通うのがちょっと怖いから、なのだが。
 
 早稲田には理工学部のみが集まる西早稲田キャンパスがあり、四年間、院に進めばさらに二年間、そのキャンパスで過ごすことになる。
 一方、慶應理工に入ったら、一・二年の間は文系学部もいる日吉キャンパスに通わなければならない。
 慶應というだけでもオシャレでキラキラしたイメージなのに、コミュ力と陽のエネルギーが特に高そうな学部の人たちと同じ場所に毎日通うなんて……。
 まあ別に向こうは僕のことなんか視界にも入らないだろうし、良くも悪くも気にしないだろうけどさ。
 分かりやすく言うならば、龍とか駿太なら馴染めそうだけど、僕や吉峰は浮きそう……ということだ。(※啓杜個人の感想です。)
 
 あれ、でも、龍や駿太と仲が良い僕なら、案外やっていけるのか……?
 ……いやいや、僕はどっからどう見ても陽キャじゃない。
 自分を客観的に捉えることは大切……。
 
「――ちゃん! 啓ちゃん!」
 
「っ! な、何、デカい声出して」
 
「啓ちゃんこそなんでボーッとしてるの? 三人で写真撮ってもらおうって言ってるじゃん!」
 
「あ、ああ、そうだな」
 
 卒業式も最後のホームルームも終え、校庭では多くの卒業生たちが思い思いに写真を撮ったり話したりしている。
 僕と龍と吉峰も、桜の木をバックにして記念撮影をしようとしているところだ。
 龍が近くにいた保護者らしき人に声をかけると、その人は快く写真撮影を引き受けてくれた。
 
「はい、じゃあ撮りますよ〜」
 
 真ん中の龍が左右の僕と吉峰をギュッと引き寄せる。
 卒業の日に、誰かとこんなに親しげな写真を撮ることができるなんて……龍と出会う前の僕には想像できなかった。
 
「龍、あとでそれ送って」
 
「もちろーん! グループチャットでアルバム作るわ」
 
 龍は慣れた手つきでパパッとアルバムを作成してくれたらしく、早速僕のスマホにも通知が来た。
 それを確認しようとチャットを開くと、また別の新たなメッセージが送られてくる。
 
「えっ、駿太の自撮り……ああ、こいつも卒業式だもんな」
 
 他校に通う駿太も、同じく今日、卒業式を迎えた。
 だからってグループチャットにソロの自撮り送ってくるか?
 画角や表情が証明写真みたいだし……。
 と、前の僕なら思っていたかもしれないが、最近は駿太の独特なキャラにもすっかり慣れた。
 
「ふふ、駿太かわいっ!」
 
 龍はニコニコしながら駿太に返信する。
 
 
 
 その後、駿太からも何枚か友人と撮った写真が送られてきた。
 もちろん一緒に写っているのは僕らの知らない人たちばかりだけど、写真の中の駿太の笑顔を見れば、その関係性が温かいものであることは十分に伝わってくる。
 
「あーいいなー俺も駿太と写真撮りたい」
 
 わざとらしく口を尖らせてそんなことを言う龍は、ちょっとだけ可愛く見えた。
 進路が決まったら飯でも行けばいいだろ、と吉峰がボソッと呟くと、それを聞き逃さなかった龍は、パッと顔を輝かせて吉峰を抱きしめていた。
 
 
 ◇
 
 
 卒業式から約一週間が経過し……本日の日付は、三月十日。
 ついに、この日が来てしまった。
 
 この一週間はすごく長く感じた。
 人生の中で確実に一番長い一週間だったと言える。
 特に、ここ二、三日は何をしていても落ち着かず、無駄に家の中をウロウロしたり、突然クッキーを作り始めたり……おかしな行動も多かったかもしれない。
 それでも、両親は何も言わずに僕を見守ってくれていた。
 本当に頭が上がらない。
 
 
 さて、発表は正午だが、まもなくその時刻が訪れようとしている。
 僕は自室でスマホを握りしめ、少しずつ速くなる鼓動を感じながら深呼吸を数回。
 
「ふー……」
 
 龍も吉峰も、今頃ドキドキしながら待機しているだろう。
 いやあいつらだけじゃない、全国各地の東大受験者たちが同じようにその瞬間を待っているはずだ。
 
 できることは全てやった。後悔はない。
 あとはもう、自分が掴んだ未来を確認するしかない。
 最後まで、この目で――。
 
 
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「……ぁ、――」
 
 
 ◇
 
 
 “啓ちゃん! 来年もここの桜、一緒に見ようよ”
 
 “龍……そうだな、また見に来るか”
 
 
 待ち合わせは、一年前に約束した桜の木の下。
 あのときは龍と二人だったけど、今日は吉峰も一緒だ。
 
「……じゃあ、俺から言うぞ」
 
 最初に、吉峰が口を開く。
 
「俺は……受かった」
 
「っ……! おめで――」
 
「それはあとでいいから。門田は……どうだったんだよ」
 
「僕は……」
 
 先ほど確認した試験の結果。
 僕の、東大への挑戦は――。
 
「……合格、した」
 
「っ! そう、か」
 
 一人、まだ一言も喋っていない奴がいる。
 ここへ来たときからずっと、そいつの口角は上がっている。
 ……読めない。その口から聞くまでは、本当に分からない。
 
「じゃあ、最後は俺ね……」
 
 吉峰と顔を見合わせてから、次の言葉を待つ。
 お前の、お前の結果は――?
 

 
「俺は…………ダメだった!」
 
 
 
 その瞬間、龍はニカっと笑って、瞳から大粒の涙を溢した。
 
「龍……っ、龍……」
 
 思わず手を伸ばして、両頬を包んだ。
 無駄だと分かっていても、とめどなく流れる涙を拭わずにはいられなかった。
 
「啓ちゃん……よっしー……っ、おめでとう、本当に……一緒に行けなくて、っ、ごめん……」
 
 無理して貼り付けていたであろう笑顔は、次第に崩れて涙と共に消えた。
 しばらく龍は声をあげて泣いていた。
 僕はそんな龍を抱きしめ続けたし、吉峰は僕らのそばで静かに瞳を潤ませていた。
 
 どれくらい経ったか、やっと落ち着きを取り戻した龍は、
 
「二人ともごめん、めっちゃ泣いたらスッキリした!」
 
 と言って笑った。
 まだ涙の痕は残るものの、先ほどとは打って変わって、その笑顔は言葉通り清々しいものだった。
 
「よし、改めて言わせて! 啓ちゃん、よっしー、東大合格ほんとにおめでとう! 大好きな二人が受かって、俺もめっちゃ嬉しい!」
 
「龍……ありがとう。お前も、本当によく頑張ったよ。本当に、頑張ってた。お前がいたから、僕は……」
 
「ちょっと、啓ちゃん泣かないでよ〜……って、よっしーも泣いてる!?」
 
「っ……勝手に出てくんだよ……俺だって、こんなんだけど……お前らに、感謝、してんだよ」
 
 東京大学に合格した。嬉しくて嬉しくてたまらない。
 でも、もっと嬉しいのは、一生涯の友人たちに出会えたことなのかもしれない。
 参考書だけじゃなく、「人」と向き合った証だ。
 
「……俺さ、裕輔さんが言ってた『やりきった』って気持ち、今なら分かるよ」
 
 龍は、春風に揺れる桜を見上げながらそう話す。
 その横顔は凛としていて綺麗だ。
 
「俺は天才じゃなかったけど、やってよかった。昨日の自分よりできることが増えたり、努力の過程で新しい感情を知ったり、誰かの痛みに共感できるようになったり……だから、人は頑張るんだって。小さな目標を持って生きることには、必ず意味があるって……そう思えた」
 
「龍……」
 
「陸上やめたときは、こんなこと思えなかったよ。東大受験……本当に、やって良かった!」
 
 まつ毛についた涙の粒がキラリと輝いた。
 それはまるで、やさしい陽の光に照らされた龍の鱗のように。
 生まれて初めて目にする美しい春の始まりだった。
 

 ◇
 
 
 入学式までの日々は、引っ越しや入学の手続きなどで慌ただしかったが、僕も龍も吉峰も駿太も、みんな無事に上京することができた。
 実家の両親はもちろん、予備校の佐藤先生や担任の山本先生にも直接会って合格を報告し、感謝を伝えてから東京へ出発した。
 
 東京では、兄ちゃんと裕輔くんが僕ら四人を手厚くサポートしてくれて、慣れない大都会での生活への不安も和らいだ。
 兄ちゃんに関しては、僕らのことを心配しすぎてちょっと鬱陶しいくらいだったけど。
 でも、地元から離れた今、知っている人がこんなにもたくさん近くにいてくれることは、本当に心強い。
 
 入学式の日程は、龍と駿太の方が早かった。
 二人とも高身長イケメンのため、スーツが悔しいほど似合っていた。(僕と吉峰は指をくわえつつ祝ってやった)
 後日、僕らもスーツを着て東大の入学式に参加したが、写真を送ると龍と駿太から「可愛い♡」というスタンプが返ってきた。
 このときばかりは吉峰との間に固い絆が生まれ、すぐに「かっこいい」という単語に訂正させた。
 
 まあ、そんなこんなで、僕らはやっと大学一年生となり……。
 今日からいよいよ、大学での授業が始まる。
 
「門田、早くしろよ」
 
「せっかちなんだよ吉峰」
 
「初日から遅刻したいのか?」
 
「言っとくけど、まだ出発予定時刻の五分前だからな」
 
「五分前行動、習わなかったのか」
 
 吉峰は、同じマンションの別の階に住むことになった。
 初日だけは一緒に行こうかと言ったけど、こんなことならやめとけば良かった。
 
「ったく、明日からは別行動な」
 
「……」
 
「……吉峰?」
 
「……」
 
 吉峰は眉間に皺を寄せて、ムッとした表情をしている。
 まあ、だいたい何を考えているのかは分かる。
 
「……あーでも、やっぱまだ教室とか迷いそうだしな。慣れるまでは一緒に行くか」
 
「っ!」
 
 ちょっと棒読み気味に言ってやったのに、吉峰は明らかに安心したような顔をする。
 こいつはこういうところが可愛いから憎めない。
 
「よし、いってきます!」
 
 誰もいない部屋の中に挨拶をしてから鍵をかける。
 今日からこれが、僕の日常になるんだ。
 今日から僕は……東大に通うんだ!
 
 胸が高鳴る。思わず歩みが速くなる。
 世界が鮮やかに煌めいて見える。
 
 門田啓杜、大学一年生の春。
 ここから、また新しい青春が、始まる――。