共通テストが終わったその日から、僕らは二次試験に頭を切り替えて最後の追い込みを始めた。
本番まで残り一ヶ月。泣いても笑っても一ヶ月。
きっとあっという間に過ぎてしまうけれど、受験生はこの最後の一ヶ月でもグンと成績が伸びる……と言われている。
まあ、そんなのはあとから分かることだが、今は最後の最後まで伸びると信じて勉強し続けるしかない。
ラストスパートの内容としては、過去問演習とその復習がメイン。演習時はきちんと時間制限を設け、毎度、本番のつもりで緊張感を持って問題を解く。
そして復習を通して、改めて自分の苦手分野や大学の出題意図を分析し、これまで取り組んだ参考書を中心に集中的な対策を行う。
余裕がなくなりがちな直前期だけど、勉強以外の時間も今まで以上に大切にするよう意識している。
睡眠や食事はもちろんのこと、勉強の合間に軽く散歩したり、ゆっくりお風呂に入って身体を温めたり……心身のリフレッシュを積極的に行うことで、知らず知らずのうちに溜まっている疲れやストレスを浄化する。
それでも、どうしても息苦しくなるときは、兄ちゃんか裕輔くんに電話をして話を聞いてもらっている。
話を聞いてもらうと言っても、会話の中身はあんまりないのだけど、誰かと話すだけで少し呼吸がしやすくなるのだ。
あとは、龍が作った曲をたまに聴く。
夏休みに吉峰や駿太、翔太朗くんと一緒に聴いたあの曲を、龍が後日きちんとレコーディングしてグループチャットに送ってくれたから。
あの曲を聴くと、生演奏の感動が蘇り、お腹の底から燃えるようなエネルギーが湧いてくるような感覚がする。
いつでもどこにいても音楽で勇気をくれる龍は、僕にとってはもう立派なアーティストの一人だ。
そんな龍とも、二月に入ってからは会う機会がなくなった。
三年生が自由登校期間に入ったためだ。
この期間、基本的に三年生は登校なし。
進路関連の用事がある人や先生に個別で勉強を教えてもらいたい人以外は、自宅などで受験勉強することになっている。
そんなわけで、自宅や予備校、近所の公民館を利用して、気分転換しながら勉強を続けていたが……。
二月中旬に差し掛かると、いよいよ僕も私立入試を受けるために東京へ行かなければならなくなった。
試験日は慶應が二月十二日、早稲田が十六日。
日にちの間隔が短く二往復するのが大変なため、二つの試験を終えるまでは兄ちゃんの家に泊まらせてもらうことになった。
幸運なことに、兄ちゃんの家はそれぞれの試験会場のちょうど中間地点のあたりにあるから、別でホテルを取らずに済んだ。
一方、龍は両親に宿泊費を出してくれと頼み、一週間弱ホテルに滞在するそうだ。
さすがは金持ち……と言いたいところだが、僕は龍が参考書代や模試の受験料をお年玉貯金とバイト代から払ってきたのを知っている。
両親にはなるべく頼らない、とそれなりのプライドを持っているようだけど、逆に何かを頼むときは潔くしっかりと頭を下げるらしい。純粋に男らしくてかっこいいと思う。
ちなみに、龍が予約したのは、兄ちゃんの家の最寄駅前のホテル。今回受けるどの大学にもアクセスいいよ、と僕がオススメしたからだろう。
よって、行き帰りの新幹線とその最寄駅までは龍と一緒に行動する予定だ。しかし、それ以外はお互い干渉しない。
ここまで散々時間を共有し、成長してきた僕たちだから……あとは、それぞれ集中して自分のやるべきことをやるだけだ。
◇
二月十一日、お昼過ぎ。
東京駅で新幹線を降りた僕らを、兄ちゃんは改札まで迎えにきてくれた。今日のために、わざわざ有給を取ってくれたらしい。
龍と兄ちゃんは初対面だったが、二人ともあんな感じなので、一瞬にして打ち解けていた。陽キャのパワーを感じた。
龍が駅前のホテルに入っていくのを見届けたあと、五分ほど歩いて兄ちゃんの住むマンションに到着。初めて来たけど、都会で駅近の物件なんて相当家賃が高いことくらいは僕でも分かる。
「兄ちゃんって金持ちなんだね……」
「えっ?」
「絶対ここ家賃高い」
「はは、そういうことか! 啓杜だって東大卒業して仕事したらすぐ住めるようになるよ」
東大卒業して仕事したら、ねぇ……。
今の僕はまだどの大学にも受かってない、ただの高校生だ。
たとえ東大に受かっても、きちんと勉強して単位を取って、しっかり研究して、卒論や修論を書いて就活で内定もらって……それでやっと社会人のスタートラインに立つんだ。
そう考えると、兄ちゃんはもちろん、同じように大人になっていった人生の先輩たちのことを全員尊敬してしまう。
「二人だとちょっと狭いけどごめんなぁ。啓杜がベッド使っていいからね。あと、そこの机も自由に使って。鍵の暗証番号はさっき教えたから大丈夫かな。あとはなんかあるっけ……」
「兄ちゃん」
「ん?」
「……ありがとう」
「啓杜……か、か、可愛いなぁ〜!?」
一言お礼を言っただけなのに、兄ちゃんは息が苦しくなるほど強く抱きしめてきた。いつもは兄ちゃんの過剰な反応を少し鬱陶しいと思うのに、今の僕はその鬱陶しい愛情を欲していた。
その夜、兄ちゃんは夕飯に具沢山の豚汁を作ってくれた。どうやら、僕が受験で泊まりに来たときのために、数ヶ月前から料理の練習までしていたらしい……。
さすがに驚いたけど、正直すごく嬉しかったし、ありがたかった。当たり前のことだけど、身体は食べたものからできているから……実家を離れている今も温かい手料理を食べられることに、心の底から感謝した。
◇
二月十二日。天気は晴れ。寒さも比較的落ち着いている。
都営三田線に乗って十分ほどしたら、慶應義塾大学三田キャンパスの最寄駅である三田駅に到着。
僕と同じ受験生らしき人たちがたくさんいるから、道に迷うことはなさそうだ。
慶應理工の試験会場は三田キャンパスまたは神奈川県の日吉キャンパスで、受験番号によって割り振られる。
今回、僕は三田キャンパスだったけど、もしも日吉の方だったらプラス三十分くらいは電車に揺られなければならなかっただろう。
受験番号を何度も確認し無事に教室に着いたら、まずは着席して深呼吸。水筒を取り出して温かいお茶を飲み、心と身体を落ち着かせる。
ここに来るまでの間、龍のことは見かけなかった。でも、あいつも今頃どこかの教室で、最後に重要事項のチェックでもしているに違いないから……僕も、試験官の指示があるそのときまで、いつもの模試と同じように過ごそう。
リュックから取り出した化学の参考書は、表紙がところどころ折れたり汚れたりしている。これまで共に歩んできた証を愛おしく感じながら、そっと本を開いた――。
―――――――――――――――
慶應理工 時間割
10:00〜12:00(120分) 理科
13:20〜15:20(120分) 数学
16:10〜17:40(90分) 外国語
―――――――――――――――
◇
「啓杜、おかえり!」
「ただいま……今日も夕飯作ってくれたの?」
帰宅すると、自身も仕事から帰ったばかりであろう兄ちゃんが、すき焼きを作って待っていてくれた。
「そりゃ作るさ、啓杜が頑張って帰ってきたんだから」
「……ありがとう、兄ちゃん」
「いいのいいの、それより……試験はどうだった?」
兄ちゃんは僕の顔色を窺いながら尋ねてくる。
そんなに気を遣わなくてもいいのに。
「普通にできたよ。難易度も例年通りだったと思うし」
「っ、そうか、良かったぁ……本命じゃないとはいえ、緊張しただろ。まずは一つ、無事に終わって良かったな」
「うん……良かった」
兄ちゃんも自分のことのように緊張していたのか、途端に安堵の表情を見せた。受験するのはあくまでも僕だけど、こういうところを見ると、周りの人も本人の熱量と限りなく近いものを持ってこの冬を生きてくれているのだと分かる。
「兄ちゃん、すき焼き食べたい」
「よっしゃ、食べるか!」
兄ちゃんがニコニコ笑顔でご飯をよそうから、こちらも自然と頬が緩む。
龍もホテルのレストランで温かいご飯を食べていますように。
今は心の中でそう願い、信じるしかない。
◇
二月十六日。天気は曇り。昨日から少し寒さが厳しい。
今日の会場は、早稲田大学の早稲田キャンパス。
東西線の早稲田駅で降りて、徒歩五分ほどの場所だ。
ちなみに、もし僕が早稲田に行くことになった場合に通うのは、ここから徒歩二十分弱の西早稲田キャンパスの方だ。今日はそちらで受験する人もいるらしい。
ただ、龍は僕と同じ会場だからきっと近くにいる……けど、やっぱり偶然会うことはなく、僕は教室に無事到着した。
慶應の試験が終わってからの中三日は、早稲田の対策をしつつ東大の過去問も引き続き見るようにした。
兄ちゃんは仕事で外に出るから日中は家を自由に使わせてくれたし、夕飯も毎日用意してくれた。夕飯後は僕が勉強に集中できるよう、あのお喋りな口を閉じて静かに過ごしてくれてたなぁ。
そんなわけで、優しい兄ちゃんのおかげで、僕はこうして二校目の試験を受けにくることができた。
これは模試じゃなくて、本当の本当に本番の試験なのだと、開始時刻が近づくにつれて実感が湧いてくる。
情熱は本番の温度で、頭脳は練習通りに……熱さと冷静さを兼ね備えた僕なら、大丈夫だ。
―――――――――――――――
早稲田理工 時間割
9:40〜11:40(120分) 数学
13:00〜15:00(120分) 理科
16:00〜17:30(90分) 外国語
―――――――――――――――
※建築学科受験者のみ、
翌日10:00〜12:00に空間表現の試験を実施。
◇
試験を終え、さあ帰ろうと電車に乗ったとき、スマホの通知が鳴った。画面には久々に見るアイコンと名前。

「えっ」
顔を上げてキョロキョロと車内を見渡したが、その姿はない。
別の車両に乗っているのか、人がそこそこ多いから僕が見つけられていないだけなのか……と思ったそのとき、
「けーいちゃんっ!」
「っ!」
後ろからポン、と両肩に手を乗せられ、心臓がドキンと飛び跳ねた。
「お、お前なぁ……」
「ホームに啓ちゃんが並んでるの見えてさ。隣の車両から急いで来たよん」
ピースをして「いぇい⭐︎」と笑う龍を見ていたら、東京に来てから張り詰めていた緊張の糸がふっと緩んでしまった。
「はぁ……元気そうで良かったよ」
「啓ちゃんもね」
「……慶應と早稲田はどうだった?」
「できることは全部やれたと思うよ。啓ちゃんは?」
「僕も同じ。過去問と同じように点がもらえたら、お互い受かってるはずだ」
そう話していたら、またスマホの通知が鳴った。
でも、今度はもちろん龍じゃなくて……。
「……龍、あのさ、もしよかったらなんだけど」
「ん?」
「兄ちゃんから連絡来て、三人で夕飯食べないかって」
「えっ! 食べたい!」
「即答……」
というわけで、その夜は兄ちゃんがよく行くという美味しい定食屋さんで、三人でゆっくりご飯を食べた。
二人が勝手に仲良くなって喋ってくれるから、僕は静かにご飯を味わうことができ……たと言いたかったが、兄ちゃんも龍も僕を一人にはしない。
そこそこ騒がしい夕食ではあったけど、私立受験の疲れを癒し、東大受験に向けたパワーを蓄える時間となったことは認めようと思う。
◇
早稲田入試の翌日。僕は行きと同じように龍と新幹線に乗り、東京から地元に帰ってきた。
最後の一週間を有意義なものにできるよう気持ちを完全に東大へと切り替え、実家と予備校で今まで通り机に向かう。
東大の試験は二月二十五日、二十六日の二日間で、時間はどちらも九時半から。よって、この一週間は、九時半に脳がしっかりと働く状態になるよう生活リズムを徹底的に整える。
まあ、僕は元々朝型の人間だから、早寝早起きにはそこまで苦労しないけど……三食やお風呂の時間などもきちんと目安を決めて、本番の一日を可能な限りシミュレーションすることを繰り返した。
勉強内容としては、過去問を通したアウトプットと暗記事項の確認、あとは過去に手こずった問題の見直しなど……確かに意味があることをしていると自信は持っているのだが。
正直、何をしていても、今はソワソワして落ち着かない。
でも、それはごく自然な心の反応だ。
物心ついたときから追いかけてきた夢に挑む日が、すぐそこまで来ているのだから。
本番前、最後に予備校へ行ったとき、佐藤先生はこう言ってくれた。
「緊張とワクワクは表裏一体だよ。せっかくなら思い切り楽しんでおいで!」
この言葉は僕の胸にスッと溶け込んだ。
ああ、そうだ、僕はずっとこのときを待っていたんだ、と気づかされた。
小さな頃から毎日コツコツ勉強し続けて、テストや模試も何回受けたか分からない。
そんな、地味でパッとしない努力を途中で放り出さなかったのは、「日本一の大学に入り学ぶ」という最高にかっこよくて最高に気持ちいい未来を手にするためだ。
長い長い序章が終わった今、ワクワクしないわけがない。
こんなにも心が滾ること、人生で何度もあるもんじゃない。
せっかくなら、全力で楽しもう。
東京へ出発する日、大好きな仲間の目を見たら、こいつらも俺と同じようなこと思ってるってすぐに分かった。
「龍、吉峰……楽しみだな、東大」
「それなっ! 早く解きたくてたまんねー!」
「ふん、いつも通り解くだけだ」
三人で新幹線に乗って、いざ、勝負の地へ向かう――。
◇
「啓杜、夕ご飯は何がいい?」
靴を履き終えた僕に兄ちゃんが尋ねる。
「んー……オムライス!」
「ふふ、おっけー。んじゃ、夜はとびきり美味しいオムライス作ってやるから……悔いのないように頑張れ!」
「うん!」
ギュッと手を握ってもらってから、玄関の扉を開ける。
見上げればよく晴れた青空が――なんて、現実は小説みたいに心理描写に都合の良い天気にはならない。
これまでの人生、晴れでも暖かくてもクソみたいな気分の日はあったし、寒くても大雨でも幸せなときは幸せだった。
今日は寒さが厳しいし、どんよりした雲が空を覆っているけれど、僕はとてもワクワクしている。
勝負の日は、自分で晴れにするもんだ。
「……いってきます!」
「おう、いってらっしゃい!」
二月二十五日。
門田啓杜、十八歳の冬。
東京大学第二次学力試験、一日目が始まる。
―――――――――――――――
一日目
9:30〜11:10(100分) 国語
14:00〜16:30(150分) 数学
―――――――――――――――
東大二次試験の会場は、文系が駒場キャンパス、理系が本郷キャンパス。
僕は後者のため、主な最寄り駅は東大前駅や本郷三丁目駅。
兄ちゃんの家からのアクセスを考えて、今回は本郷三丁目駅を利用した。

本郷キャンパスには、あの有名な赤門もある。
僕が高二になる前の春休みに訪れたときには既に改修工事に向けて閉鎖されており、今も閉鎖は続いているが、その迫力と威厳はいつの時代も健在だろう。
吉峰はもちろん、龍も確か東大を目指すと決めてすぐに一度、赤門を見に行ったと話していた。
僕らの同好会の名前にも入っているこのシンボル……今はゆっくりと見ることができないけど、試験が全て終わったら、三人で写真でも撮りに行きたいな。
この会場のどこかを歩いているであろう仲間の顔を思い出しながら、一歩一歩、前へ進む。
入り口周辺では色んな予備校や塾の関係者だと思われる人たちが、自分の生徒を応援しに来ていた。
きっと多くは都内やその近郊の人だろう。
でも、地方の僕は僕で、心の中に自分を応援してくれる人たちがいつでもいるから寂しくはない。
自分の座席まで辿り着き、落ち着いて辺りを見回すと、同年代のライバルたちが“いい顔”をして各々の時間を過ごしていた。
ここにいる一人一人が、弛まぬ努力を続けて今日を迎えたのだと思うと、全員に敬意を抱く。
本気の人たちと本気の勝負ができることに、今はただ、感謝して――。
「始め」
その合図があったなら、ペンを握って走り出そう。
◇
東大入試の昼休みは長い。
昼食は共テや早慶のときと同じように、コンビニのおにぎりと甘いお菓子。
食べ終えてお手洗いも済ませたら、僕は参考書……ではなく、スマホを取り出した。
写真のアプリをタップして、先日まとめたアルバムを開く。
東京へ出発する前日に、過去のスケジュール帳や参考書、ノートや模試の結果など、勉強の軌跡を写真に撮っておいたのだ。
会場でもこれまでの日々を振り返ることができるように、と。
もちろん、赤門同好会ノートの写真もある。
実物は龍が持ち歩いているから、新幹線の中で撮らせてもらった。
“この中にはさぁ……俺らの名前が入ってんの”
“赤城の赤と門田の門。合わせて赤門! なんか運命的!”
懐かしすぎて、思わずふっと笑みが溢れた。
今なら僕だって確信を持って言えるけどね。
僕らの出会いは、最高で最強の運命だって。
◇
二月二十六日。
東京大学第二次学力試験、二日目。
昨夜は無事に帰宅し、兄ちゃんが作ってくれたオムライスでお腹を満たしたあと、ゆっくりと湯船に浸かってリラックスすることを心がけた。
最後まで勉強を詰め込みたい気持ちがないと言えば嘘になるかもしれないが、僕は僕が思っているよりきっと疲れているから。
二日目のためにも、今は休むことが僕の仕事だと思った。
そのおかげか、今朝はかなりスッキリとした目覚めだった。
―――――――――――――――
二日目
9:30〜12:00(150分) 理科
14:00〜16:00(150分)外国語
―――――――――――――――
二日目にもなると、会場への行き方や場の雰囲気には慣れた。
その分、少し思考に余裕も生まれるが、昨日の教科のことはあえて考えない。
今から変えられることだけに意識を向ける。
と言っても、事前に付箋を貼っておいた部分を確認し終えたら、潔く参考書は閉じた。
長い受験生活がもうすぐ終わる。
そんな今、僕の頭に自然と浮かんできたのは、あの日のあいつの言葉だった。
“啓ちゃんは、東大に入れるよ”
まだ僕らが仲良くもなかったあの日、あのとき言われた無責任な一言に、僕は今も励まされてしまっている。
逆に、僕がお前に伝えてきたことの中に、このくらいお前を励ませる言葉が一つくらいはあっただろうか。
……まあ、もしもなくたって、
「始め」
今頃お前も、このスタートの合図で、自分のことを信じて駆け出しただろう。
トラックが紙面になっても軽やかに走れると、お前はもう知っているから――。
◇
試験が全て終わり、お手洗いや帰りの支度を済ませてスマホを見ると、見慣れたアイコンたちからの通知が数件。

「……ふふ、僕も早く行かなきゃ」
リュックを背負って、急いで赤門へ向かった。
世界がキラキラと輝いて見えるのは、きっと気のせいなんかじゃない。
「あ、啓ちゃん! こっちこっち!」
ブンブン手を振る茶髪と、こんなときでも無愛想な眼鏡のもとへ駆け寄って、思い切り抱きついてやった。
「っ、門田、こんなとこで何してんだテメェ」
「よっしーいいじゃん、今日くらいは。みんな、最後まで頑張ったんだから」
「そうだよ、吉峰……僕たち、頑張ったんだよ」
「だ、だからってハグしなくても……チッ、もういいわ何でも」
見上げた二人の顔は爽やかで、ちょっと赤く染まってた。
「啓ちゃん、よっしー、写真撮るよ!」
「そうだな」
「俺は写真とかよく分からん。勝手に撮れ」
僕も、上手な自撮りの仕方なんて知らない。
ここは一番背が高くて、友達と写真を撮り慣れていそうな龍に任せよう。
「じゃ、撮るよー。はい、チーズ!」
カシャ、カシャ、と何度かシャッターボタンが押され、そのあとすぐグループチャットに写真が送られてくる。
「……これ、プリントアウトして同好会ノートにでも貼っとくか?」
半分冗談でそう言ったら、龍は乗り気だったが吉峰にはギロリと睨まれた。
明明後日の卒業式でも、また一緒に写真を撮ろう……そんな約束には頷いてくれたけどね。
本番まで残り一ヶ月。泣いても笑っても一ヶ月。
きっとあっという間に過ぎてしまうけれど、受験生はこの最後の一ヶ月でもグンと成績が伸びる……と言われている。
まあ、そんなのはあとから分かることだが、今は最後の最後まで伸びると信じて勉強し続けるしかない。
ラストスパートの内容としては、過去問演習とその復習がメイン。演習時はきちんと時間制限を設け、毎度、本番のつもりで緊張感を持って問題を解く。
そして復習を通して、改めて自分の苦手分野や大学の出題意図を分析し、これまで取り組んだ参考書を中心に集中的な対策を行う。
余裕がなくなりがちな直前期だけど、勉強以外の時間も今まで以上に大切にするよう意識している。
睡眠や食事はもちろんのこと、勉強の合間に軽く散歩したり、ゆっくりお風呂に入って身体を温めたり……心身のリフレッシュを積極的に行うことで、知らず知らずのうちに溜まっている疲れやストレスを浄化する。
それでも、どうしても息苦しくなるときは、兄ちゃんか裕輔くんに電話をして話を聞いてもらっている。
話を聞いてもらうと言っても、会話の中身はあんまりないのだけど、誰かと話すだけで少し呼吸がしやすくなるのだ。
あとは、龍が作った曲をたまに聴く。
夏休みに吉峰や駿太、翔太朗くんと一緒に聴いたあの曲を、龍が後日きちんとレコーディングしてグループチャットに送ってくれたから。
あの曲を聴くと、生演奏の感動が蘇り、お腹の底から燃えるようなエネルギーが湧いてくるような感覚がする。
いつでもどこにいても音楽で勇気をくれる龍は、僕にとってはもう立派なアーティストの一人だ。
そんな龍とも、二月に入ってからは会う機会がなくなった。
三年生が自由登校期間に入ったためだ。
この期間、基本的に三年生は登校なし。
進路関連の用事がある人や先生に個別で勉強を教えてもらいたい人以外は、自宅などで受験勉強することになっている。
そんなわけで、自宅や予備校、近所の公民館を利用して、気分転換しながら勉強を続けていたが……。
二月中旬に差し掛かると、いよいよ僕も私立入試を受けるために東京へ行かなければならなくなった。
試験日は慶應が二月十二日、早稲田が十六日。
日にちの間隔が短く二往復するのが大変なため、二つの試験を終えるまでは兄ちゃんの家に泊まらせてもらうことになった。
幸運なことに、兄ちゃんの家はそれぞれの試験会場のちょうど中間地点のあたりにあるから、別でホテルを取らずに済んだ。
一方、龍は両親に宿泊費を出してくれと頼み、一週間弱ホテルに滞在するそうだ。
さすがは金持ち……と言いたいところだが、僕は龍が参考書代や模試の受験料をお年玉貯金とバイト代から払ってきたのを知っている。
両親にはなるべく頼らない、とそれなりのプライドを持っているようだけど、逆に何かを頼むときは潔くしっかりと頭を下げるらしい。純粋に男らしくてかっこいいと思う。
ちなみに、龍が予約したのは、兄ちゃんの家の最寄駅前のホテル。今回受けるどの大学にもアクセスいいよ、と僕がオススメしたからだろう。
よって、行き帰りの新幹線とその最寄駅までは龍と一緒に行動する予定だ。しかし、それ以外はお互い干渉しない。
ここまで散々時間を共有し、成長してきた僕たちだから……あとは、それぞれ集中して自分のやるべきことをやるだけだ。
◇
二月十一日、お昼過ぎ。
東京駅で新幹線を降りた僕らを、兄ちゃんは改札まで迎えにきてくれた。今日のために、わざわざ有給を取ってくれたらしい。
龍と兄ちゃんは初対面だったが、二人ともあんな感じなので、一瞬にして打ち解けていた。陽キャのパワーを感じた。
龍が駅前のホテルに入っていくのを見届けたあと、五分ほど歩いて兄ちゃんの住むマンションに到着。初めて来たけど、都会で駅近の物件なんて相当家賃が高いことくらいは僕でも分かる。
「兄ちゃんって金持ちなんだね……」
「えっ?」
「絶対ここ家賃高い」
「はは、そういうことか! 啓杜だって東大卒業して仕事したらすぐ住めるようになるよ」
東大卒業して仕事したら、ねぇ……。
今の僕はまだどの大学にも受かってない、ただの高校生だ。
たとえ東大に受かっても、きちんと勉強して単位を取って、しっかり研究して、卒論や修論を書いて就活で内定もらって……それでやっと社会人のスタートラインに立つんだ。
そう考えると、兄ちゃんはもちろん、同じように大人になっていった人生の先輩たちのことを全員尊敬してしまう。
「二人だとちょっと狭いけどごめんなぁ。啓杜がベッド使っていいからね。あと、そこの机も自由に使って。鍵の暗証番号はさっき教えたから大丈夫かな。あとはなんかあるっけ……」
「兄ちゃん」
「ん?」
「……ありがとう」
「啓杜……か、か、可愛いなぁ〜!?」
一言お礼を言っただけなのに、兄ちゃんは息が苦しくなるほど強く抱きしめてきた。いつもは兄ちゃんの過剰な反応を少し鬱陶しいと思うのに、今の僕はその鬱陶しい愛情を欲していた。
その夜、兄ちゃんは夕飯に具沢山の豚汁を作ってくれた。どうやら、僕が受験で泊まりに来たときのために、数ヶ月前から料理の練習までしていたらしい……。
さすがに驚いたけど、正直すごく嬉しかったし、ありがたかった。当たり前のことだけど、身体は食べたものからできているから……実家を離れている今も温かい手料理を食べられることに、心の底から感謝した。
◇
二月十二日。天気は晴れ。寒さも比較的落ち着いている。
都営三田線に乗って十分ほどしたら、慶應義塾大学三田キャンパスの最寄駅である三田駅に到着。
僕と同じ受験生らしき人たちがたくさんいるから、道に迷うことはなさそうだ。
慶應理工の試験会場は三田キャンパスまたは神奈川県の日吉キャンパスで、受験番号によって割り振られる。
今回、僕は三田キャンパスだったけど、もしも日吉の方だったらプラス三十分くらいは電車に揺られなければならなかっただろう。
受験番号を何度も確認し無事に教室に着いたら、まずは着席して深呼吸。水筒を取り出して温かいお茶を飲み、心と身体を落ち着かせる。
ここに来るまでの間、龍のことは見かけなかった。でも、あいつも今頃どこかの教室で、最後に重要事項のチェックでもしているに違いないから……僕も、試験官の指示があるそのときまで、いつもの模試と同じように過ごそう。
リュックから取り出した化学の参考書は、表紙がところどころ折れたり汚れたりしている。これまで共に歩んできた証を愛おしく感じながら、そっと本を開いた――。
―――――――――――――――
慶應理工 時間割
10:00〜12:00(120分) 理科
13:20〜15:20(120分) 数学
16:10〜17:40(90分) 外国語
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◇
「啓杜、おかえり!」
「ただいま……今日も夕飯作ってくれたの?」
帰宅すると、自身も仕事から帰ったばかりであろう兄ちゃんが、すき焼きを作って待っていてくれた。
「そりゃ作るさ、啓杜が頑張って帰ってきたんだから」
「……ありがとう、兄ちゃん」
「いいのいいの、それより……試験はどうだった?」
兄ちゃんは僕の顔色を窺いながら尋ねてくる。
そんなに気を遣わなくてもいいのに。
「普通にできたよ。難易度も例年通りだったと思うし」
「っ、そうか、良かったぁ……本命じゃないとはいえ、緊張しただろ。まずは一つ、無事に終わって良かったな」
「うん……良かった」
兄ちゃんも自分のことのように緊張していたのか、途端に安堵の表情を見せた。受験するのはあくまでも僕だけど、こういうところを見ると、周りの人も本人の熱量と限りなく近いものを持ってこの冬を生きてくれているのだと分かる。
「兄ちゃん、すき焼き食べたい」
「よっしゃ、食べるか!」
兄ちゃんがニコニコ笑顔でご飯をよそうから、こちらも自然と頬が緩む。
龍もホテルのレストランで温かいご飯を食べていますように。
今は心の中でそう願い、信じるしかない。
◇
二月十六日。天気は曇り。昨日から少し寒さが厳しい。
今日の会場は、早稲田大学の早稲田キャンパス。
東西線の早稲田駅で降りて、徒歩五分ほどの場所だ。
ちなみに、もし僕が早稲田に行くことになった場合に通うのは、ここから徒歩二十分弱の西早稲田キャンパスの方だ。今日はそちらで受験する人もいるらしい。
ただ、龍は僕と同じ会場だからきっと近くにいる……けど、やっぱり偶然会うことはなく、僕は教室に無事到着した。
慶應の試験が終わってからの中三日は、早稲田の対策をしつつ東大の過去問も引き続き見るようにした。
兄ちゃんは仕事で外に出るから日中は家を自由に使わせてくれたし、夕飯も毎日用意してくれた。夕飯後は僕が勉強に集中できるよう、あのお喋りな口を閉じて静かに過ごしてくれてたなぁ。
そんなわけで、優しい兄ちゃんのおかげで、僕はこうして二校目の試験を受けにくることができた。
これは模試じゃなくて、本当の本当に本番の試験なのだと、開始時刻が近づくにつれて実感が湧いてくる。
情熱は本番の温度で、頭脳は練習通りに……熱さと冷静さを兼ね備えた僕なら、大丈夫だ。
―――――――――――――――
早稲田理工 時間割
9:40〜11:40(120分) 数学
13:00〜15:00(120分) 理科
16:00〜17:30(90分) 外国語
―――――――――――――――
※建築学科受験者のみ、
翌日10:00〜12:00に空間表現の試験を実施。
◇
試験を終え、さあ帰ろうと電車に乗ったとき、スマホの通知が鳴った。画面には久々に見るアイコンと名前。

「えっ」
顔を上げてキョロキョロと車内を見渡したが、その姿はない。
別の車両に乗っているのか、人がそこそこ多いから僕が見つけられていないだけなのか……と思ったそのとき、
「けーいちゃんっ!」
「っ!」
後ろからポン、と両肩に手を乗せられ、心臓がドキンと飛び跳ねた。
「お、お前なぁ……」
「ホームに啓ちゃんが並んでるの見えてさ。隣の車両から急いで来たよん」
ピースをして「いぇい⭐︎」と笑う龍を見ていたら、東京に来てから張り詰めていた緊張の糸がふっと緩んでしまった。
「はぁ……元気そうで良かったよ」
「啓ちゃんもね」
「……慶應と早稲田はどうだった?」
「できることは全部やれたと思うよ。啓ちゃんは?」
「僕も同じ。過去問と同じように点がもらえたら、お互い受かってるはずだ」
そう話していたら、またスマホの通知が鳴った。
でも、今度はもちろん龍じゃなくて……。
「……龍、あのさ、もしよかったらなんだけど」
「ん?」
「兄ちゃんから連絡来て、三人で夕飯食べないかって」
「えっ! 食べたい!」
「即答……」
というわけで、その夜は兄ちゃんがよく行くという美味しい定食屋さんで、三人でゆっくりご飯を食べた。
二人が勝手に仲良くなって喋ってくれるから、僕は静かにご飯を味わうことができ……たと言いたかったが、兄ちゃんも龍も僕を一人にはしない。
そこそこ騒がしい夕食ではあったけど、私立受験の疲れを癒し、東大受験に向けたパワーを蓄える時間となったことは認めようと思う。
◇
早稲田入試の翌日。僕は行きと同じように龍と新幹線に乗り、東京から地元に帰ってきた。
最後の一週間を有意義なものにできるよう気持ちを完全に東大へと切り替え、実家と予備校で今まで通り机に向かう。
東大の試験は二月二十五日、二十六日の二日間で、時間はどちらも九時半から。よって、この一週間は、九時半に脳がしっかりと働く状態になるよう生活リズムを徹底的に整える。
まあ、僕は元々朝型の人間だから、早寝早起きにはそこまで苦労しないけど……三食やお風呂の時間などもきちんと目安を決めて、本番の一日を可能な限りシミュレーションすることを繰り返した。
勉強内容としては、過去問を通したアウトプットと暗記事項の確認、あとは過去に手こずった問題の見直しなど……確かに意味があることをしていると自信は持っているのだが。
正直、何をしていても、今はソワソワして落ち着かない。
でも、それはごく自然な心の反応だ。
物心ついたときから追いかけてきた夢に挑む日が、すぐそこまで来ているのだから。
本番前、最後に予備校へ行ったとき、佐藤先生はこう言ってくれた。
「緊張とワクワクは表裏一体だよ。せっかくなら思い切り楽しんでおいで!」
この言葉は僕の胸にスッと溶け込んだ。
ああ、そうだ、僕はずっとこのときを待っていたんだ、と気づかされた。
小さな頃から毎日コツコツ勉強し続けて、テストや模試も何回受けたか分からない。
そんな、地味でパッとしない努力を途中で放り出さなかったのは、「日本一の大学に入り学ぶ」という最高にかっこよくて最高に気持ちいい未来を手にするためだ。
長い長い序章が終わった今、ワクワクしないわけがない。
こんなにも心が滾ること、人生で何度もあるもんじゃない。
せっかくなら、全力で楽しもう。
東京へ出発する日、大好きな仲間の目を見たら、こいつらも俺と同じようなこと思ってるってすぐに分かった。
「龍、吉峰……楽しみだな、東大」
「それなっ! 早く解きたくてたまんねー!」
「ふん、いつも通り解くだけだ」
三人で新幹線に乗って、いざ、勝負の地へ向かう――。
◇
「啓杜、夕ご飯は何がいい?」
靴を履き終えた僕に兄ちゃんが尋ねる。
「んー……オムライス!」
「ふふ、おっけー。んじゃ、夜はとびきり美味しいオムライス作ってやるから……悔いのないように頑張れ!」
「うん!」
ギュッと手を握ってもらってから、玄関の扉を開ける。
見上げればよく晴れた青空が――なんて、現実は小説みたいに心理描写に都合の良い天気にはならない。
これまでの人生、晴れでも暖かくてもクソみたいな気分の日はあったし、寒くても大雨でも幸せなときは幸せだった。
今日は寒さが厳しいし、どんよりした雲が空を覆っているけれど、僕はとてもワクワクしている。
勝負の日は、自分で晴れにするもんだ。
「……いってきます!」
「おう、いってらっしゃい!」
二月二十五日。
門田啓杜、十八歳の冬。
東京大学第二次学力試験、一日目が始まる。
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一日目
9:30〜11:10(100分) 国語
14:00〜16:30(150分) 数学
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東大二次試験の会場は、文系が駒場キャンパス、理系が本郷キャンパス。
僕は後者のため、主な最寄り駅は東大前駅や本郷三丁目駅。
兄ちゃんの家からのアクセスを考えて、今回は本郷三丁目駅を利用した。

本郷キャンパスには、あの有名な赤門もある。
僕が高二になる前の春休みに訪れたときには既に改修工事に向けて閉鎖されており、今も閉鎖は続いているが、その迫力と威厳はいつの時代も健在だろう。
吉峰はもちろん、龍も確か東大を目指すと決めてすぐに一度、赤門を見に行ったと話していた。
僕らの同好会の名前にも入っているこのシンボル……今はゆっくりと見ることができないけど、試験が全て終わったら、三人で写真でも撮りに行きたいな。
この会場のどこかを歩いているであろう仲間の顔を思い出しながら、一歩一歩、前へ進む。
入り口周辺では色んな予備校や塾の関係者だと思われる人たちが、自分の生徒を応援しに来ていた。
きっと多くは都内やその近郊の人だろう。
でも、地方の僕は僕で、心の中に自分を応援してくれる人たちがいつでもいるから寂しくはない。
自分の座席まで辿り着き、落ち着いて辺りを見回すと、同年代のライバルたちが“いい顔”をして各々の時間を過ごしていた。
ここにいる一人一人が、弛まぬ努力を続けて今日を迎えたのだと思うと、全員に敬意を抱く。
本気の人たちと本気の勝負ができることに、今はただ、感謝して――。
「始め」
その合図があったなら、ペンを握って走り出そう。
◇
東大入試の昼休みは長い。
昼食は共テや早慶のときと同じように、コンビニのおにぎりと甘いお菓子。
食べ終えてお手洗いも済ませたら、僕は参考書……ではなく、スマホを取り出した。
写真のアプリをタップして、先日まとめたアルバムを開く。
東京へ出発する前日に、過去のスケジュール帳や参考書、ノートや模試の結果など、勉強の軌跡を写真に撮っておいたのだ。
会場でもこれまでの日々を振り返ることができるように、と。
もちろん、赤門同好会ノートの写真もある。
実物は龍が持ち歩いているから、新幹線の中で撮らせてもらった。
“この中にはさぁ……俺らの名前が入ってんの”
“赤城の赤と門田の門。合わせて赤門! なんか運命的!”
懐かしすぎて、思わずふっと笑みが溢れた。
今なら僕だって確信を持って言えるけどね。
僕らの出会いは、最高で最強の運命だって。
◇
二月二十六日。
東京大学第二次学力試験、二日目。
昨夜は無事に帰宅し、兄ちゃんが作ってくれたオムライスでお腹を満たしたあと、ゆっくりと湯船に浸かってリラックスすることを心がけた。
最後まで勉強を詰め込みたい気持ちがないと言えば嘘になるかもしれないが、僕は僕が思っているよりきっと疲れているから。
二日目のためにも、今は休むことが僕の仕事だと思った。
そのおかげか、今朝はかなりスッキリとした目覚めだった。
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二日目
9:30〜12:00(150分) 理科
14:00〜16:00(150分)外国語
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二日目にもなると、会場への行き方や場の雰囲気には慣れた。
その分、少し思考に余裕も生まれるが、昨日の教科のことはあえて考えない。
今から変えられることだけに意識を向ける。
と言っても、事前に付箋を貼っておいた部分を確認し終えたら、潔く参考書は閉じた。
長い受験生活がもうすぐ終わる。
そんな今、僕の頭に自然と浮かんできたのは、あの日のあいつの言葉だった。
“啓ちゃんは、東大に入れるよ”
まだ僕らが仲良くもなかったあの日、あのとき言われた無責任な一言に、僕は今も励まされてしまっている。
逆に、僕がお前に伝えてきたことの中に、このくらいお前を励ませる言葉が一つくらいはあっただろうか。
……まあ、もしもなくたって、
「始め」
今頃お前も、このスタートの合図で、自分のことを信じて駆け出しただろう。
トラックが紙面になっても軽やかに走れると、お前はもう知っているから――。
◇
試験が全て終わり、お手洗いや帰りの支度を済ませてスマホを見ると、見慣れたアイコンたちからの通知が数件。

「……ふふ、僕も早く行かなきゃ」
リュックを背負って、急いで赤門へ向かった。
世界がキラキラと輝いて見えるのは、きっと気のせいなんかじゃない。
「あ、啓ちゃん! こっちこっち!」
ブンブン手を振る茶髪と、こんなときでも無愛想な眼鏡のもとへ駆け寄って、思い切り抱きついてやった。
「っ、門田、こんなとこで何してんだテメェ」
「よっしーいいじゃん、今日くらいは。みんな、最後まで頑張ったんだから」
「そうだよ、吉峰……僕たち、頑張ったんだよ」
「だ、だからってハグしなくても……チッ、もういいわ何でも」
見上げた二人の顔は爽やかで、ちょっと赤く染まってた。
「啓ちゃん、よっしー、写真撮るよ!」
「そうだな」
「俺は写真とかよく分からん。勝手に撮れ」
僕も、上手な自撮りの仕方なんて知らない。
ここは一番背が高くて、友達と写真を撮り慣れていそうな龍に任せよう。
「じゃ、撮るよー。はい、チーズ!」
カシャ、カシャ、と何度かシャッターボタンが押され、そのあとすぐグループチャットに写真が送られてくる。
「……これ、プリントアウトして同好会ノートにでも貼っとくか?」
半分冗談でそう言ったら、龍は乗り気だったが吉峰にはギロリと睨まれた。
明明後日の卒業式でも、また一緒に写真を撮ろう……そんな約束には頷いてくれたけどね。



