街が輝き彩られる十二月の二十四日。
二学期の終業式を終えた僕らは、それぞれが予備校や図書館へ行く前に、校門で待っててくれたその人のもとへと集まった。
「改めて……駿太、合格おめでとう!」
「おめでとう」
「……おめでと」
「龍太朗、啓杜、よっしー……みんな、ありがとう」
隣の市から一時間半近くかけて会いに来てくれたのは、先月、めでたく早稲田のスポーツ科学部に合格した僕らの親友だ。グループチャットでお祝いの言葉は伝えていたけれど、年を越す前に直接言うことができて良かった。
「ごめんなぁ、本当なら俺たちが駿太に会いに行くべきところを……」
「いやいやいや! みんなまだ受験あるんだし、てか年内にどうしても顔見たいって言ったの俺だし」
「でも、遠かったろ。せっかく来てくれたのに、ちょっとしか話す時間取れなくてごめん」
僕らも受験が終わっていれば、このままコンビニ行ってケーキやチキンでも買って、誰かの家でパーティー開いて遊んで……みたいな、騒がしいクリスマスを過ごせたかもしれない。
「もう、頼むから謝らないでよ。少しでも会う時間作ってくれて感謝しかないんだから。大変なときなのに……ありがとな」
駿太が申し訳なさそうに眉を下げるので、三人でやれやれと目配せし、龍が代表でそれを差し出した。
「駿太、これ受け取って」
「え、な、なに?」
「合格祝い&クリスマスプレゼント!」
「っ、え、マジで!? しかもこれ、有名なお菓子屋さんのやつじゃ……」
「三人でお金出し合って買ったんだぞ。大切に食べろよ」
吉峰は相変わらずツンツンした態度だが、想像以上に嬉しそうな顔をする駿太を見て満足げだ。
「みんな……めっちゃ嬉しい、ありがとう! えっと、じゃあ俺からのも……」
駿太は鞄から三つの白い小袋を取り出すと、僕たち一人一人にそれを手渡してくれた。
「俺からの気持ち。試験始まったら会えないと思うけど、ずっと三人のこと応援してるから」
袋の中に入っていたのは、学業の神様を祀っている有名な神社のお守りだった。東京の神社だから、おそらくは自分の二次試験が終わったあと、わざわざ買いに行ってくれたのだろう。
「ありがとう、大事にするよ」
目を見て感謝を伝えると、駿太は照れくさそうに笑ってた。
名残惜しさを感じつつ、僕と吉峰はそこで別れて予備校へ向かったが、龍は駿太を駅まで送ると言っていた。久々に二人でゆっくり……とはいかないけど、楽しく話せていたらいいな、と密かに思うのだった。
◇
年末年始は、例年なら祖父母の家に行ったり親戚と集まったりするのだが、今年は受験に集中したいという僕の希望を両親が受け入れてくれて、いつもの環境で集中して勉強をすることができた。
兄ちゃんは僕に気を遣って帰ってこなかった。感染症が流行る季節だし、実家に風邪を持ち込みたくないから、と僕より僕の体調を考えてくれていた。
でも、前のようなギクシャクした雰囲気はないし、今月会えない代わりに来月の試験時は兄ちゃんの家に泊まらせてもらう予定だ。
三学期を迎えると、校内にはより一層ピリピリとした緊張感が漂うようになった。龍も吉峰もそして僕も、これまで通りに話す一方で、互いに「こいつ緊張してんなぁ」と言葉にせずとも感じていたと思う。それは共テの前日も同じだったが、みんなでいつも通りの一日を過ごして、いつも通りに下校する。
「二日目終わったら連絡するから」
「分かった。俺も連絡する!」
「一日目は自己採点すんなよ。もし手応えなかった教科があっても気にしなくていい。自分ができてないもんは、みんなもできてないから大丈夫」
「おう!」
「……じゃあ、二日間、頑張ろうな」
次に会うのは、共テが終わったとき。
そのときにはもう、自己採点して点数が分かってて……僕はどんな気持ちで、どんな顔をしているのか……。
「啓ちゃん」
「へ?」
パッと手を取られて顔を上げると、そのまっすぐな瞳に射抜かれた。二ヶ月前に屋上で腑抜けていた人間とは思えないほど熱く光る情熱が、確かに今、身体の芯まで伝わってくる。
「お互い、全力でかまそうぜ」
「……お前はやっぱり、そういう顔が一番似合ってるよな」
「え、今の俺めっちゃかっこいいってこと?」
「さあな」
固く握手を交わしたその手で、この手で……未来を掴みに行くときが、ついに来たのだ。
その夜、早めにベッドに入って目を閉じたら、これまで僕を支えてくれた人たちの顔が自然と思い浮かんだ。
両親、兄、祖父母、親戚……裕輔くんに予備校の佐藤先生、担任の山本先生……そして、最高の親友である龍と吉峰と駿太……毎日一緒に勉強してきた特進のみんな……まだまだ数えきれないほど、生まれた瞬間から色んな人が僕と関わっていて、その人たち一人一人と過ごした時間の全てが今の僕を形成している。
本気で夢を追ってきて良かったことの一つは、こういった“大切な人たちの存在”をはっきりと認識できたことかもしれない。大切な人たちと、そしてこれまで頑張ってきた自分自身にも感謝の気持ちを持って――。
新しい朝を、迎えに行こう。
◇
共通テスト一日目。
会場は高校の近くにある市立大学だ。
電車内にも会場までの道にも同じ高校の制服を着た人がたくさんいたが、僕の交友関係が狭いのもあり、顔すら知らない人ばかりだった。
でも、龍も吉峰も絶対にこの会場のどこかにいるはず……そう思うだけで、いくらか心の支えになる。
僕に与えられた座席は一番右側の列の前から五番目。右隣に誰もいないだけでもだいぶ嬉しい。あとは、左隣の人が貧乏ゆすりとかする人じゃなければセーフ。
こういう試験のときは、座席運も非常に重要だ。中学生のときに一度、予備校の模試を受けた際、隣に貧乏ゆすりが止まらない人が座ったせいで集中できなかったことがある。
当時は途中で席を変えてもらったし、今だってもしもそんなことがあれば、躊躇うことなくスタッフの人に席の変更をお願いするつもりだ。
でも、最初から良い環境であるに越したことはない……。
まもなく左隣の人が席に着いたが、とても落ち着いた静かな女の子で、ほっと胸を撫で下ろす。
ひとまず安心できた僕は、深呼吸してから本日の予定を確認する。
―――――――――――――――――――――
大学入学共通テスト 一日目
10:40〜11:40(60分) 地理
昼休憩
13:00〜14:30(90分) 国語
15:20〜16:40(80分) 英語(筆記)
17:20〜18:20(60分) 英語(リスニング)
―――――――――――――――――――――
一日目は地理、国語、英語というラインナップ。
最初の科目である地理は、共テだけのためにここ一ヶ月で一気に詰め込んだ。行きの電車で重要事項の最終チェックもしたし、この新鮮な記憶のまま試験に臨めば大丈夫。
しばらくすると試験官の指示があり、みんなが参考書やスマホをしまう。
いよいよ、僕の大学入試が始まる。
以前、裕輔くんが話してくれたことを思い出す。
“本番で突然めっちゃいい点が取れることはないけど、同じように、大失敗することもないから。自分の実力相応の結果が出るもんだよ”
そう、とんでもなく高い点は取らなくてもいい。いつも通りの自分でベストを尽くせばいいだけ。
今朝、兄ちゃんもメッセージをくれた。
“会場に着けたらあとは大丈夫。いつもの啓杜で!”
そう、体調バッチリで交通機関の乱れもなく、今こうして席に着けているのだから、あとはいつもの自分で。
「始め」
試験官の合図で僕は鉛筆を握り、問題冊子を開いた――。
◇
帰宅したのは午後七時半頃だった。
両親は温かいお風呂と夕飯を準備して僕を待っていてくれた。
手応えはどうだったか、と聞かれたので「まあいい感じかな」と素直な感想を答えておいた。
自己採点は明日まとめてやるからまだ分からないけど、一日目は全体的に問題なく解けたと思う。おそらくどの教科も極端な易化や難化はなかったのではないか。
まあ、講評やら何やらは置いておいてとりあえず、無事に一日目の全科目を受験できて一安心だ。
移動中も受験中も休憩時間もトラブルなく終えられること……これ以上の幸運はないと思う。
龍も吉峰も、今頃は家で明日に向けて備えていることだろう。
早寝早起きが最優先とはいえ、僕も時間の許す限り対策をしてからベッドに入った。
目を閉じる前、リュックにつけた駿太からのお守りに「おやすみ」と一言かけると、みんなが「おやすみ」と返してくれたような気がした。
◇
―――――――――――――――――――――――――
大学入学共通テスト 二日目
9:30 - 11:40(130分、うち解答時間120分)物理・化学
昼休憩
13:00〜14:10(70分) 数学IA
15:00〜16:10(70分) 数学IIBC
17:00〜18:00(60分) 情報I
―――――――――――――――――――――――――
二日目も時間に余裕を持って会場に到着。一日目より早い時間から始まるが、しっかり睡眠時間を確保したため頭はスッキリしている。
今日は理系科目ばかりだから、理系としてはやりやすい。しっかり高得点を狙っていくが、年によって難易度に大きく差があることもあるから、思っていたより難しいと感じても焦らないように……。
「始め」
今日も、いつも通り解くだけだ――。
◇
理科を終え昼休憩に入ると、周りから様々な会話が聞こえてくる。さっきの問題の答えとか、昨日の自己採点の結果とか、そういう話題は精神を乱す原因になり得るので聞きたくない。
僕は一日目と同様にイヤホンをして、龍にオススメしてもらった川のせせらぎのBGMを聴きながら、母さんの作ってくれたお弁当を食べた。
僕が昼食を終える頃、隣の他校の女子も小さなお弁当を食べ終えたようだった。
食欲ないのかなぁ、なんてなんとなく思っていたら、彼女がおもむろに取り出した薬の箱に「生理痛・頭痛に」という文字が書かれているのを偶然見てしまい、気づいた。
そうか、僕は男に生まれたというだけで、悩みの種が一つ減っていたんだなぁと。
そういえば、今は男子だらけの特進にも、途中まで女子が一人在籍していた。真面目でしっかりした子だったが、欠席したり保健室に行ったりすることが多かったように思う。
結局その子は、二年生に進級するタイミングで通信制高校に転校してしまったらしいけど……今思えば、彼女も女性ならではの痛みや、何かしらの持病に悩まされていたのかもしれないな。
自分ではどうにもできない性質や環境、能力がこの世にある限り、「人間はみんな平等」だなんてとても言えない。
理不尽なことが溢れる世の中で、受験の一般入試というのは、最も高い平等性を持つ戦いであると言えるのではないか。
少なくとも僕はそう思うからこそ、ここまで受験に本気になれたんだ、きっと。
◇
二日目の試験も全て終了し、帰宅後ついに自己採点を行う。
手応えは悪くないけれど、合否に直結する点数を明らかにするのはやはり緊張する。
でも、もう解答用紙は提出してしまったのだから、今さら結果は変わらないし……覚悟を決めて、自分と向き合おう。
一科目、また一科目と採点が終了していく。
昨日、今日のあの瞬間に自分が塗りつぶした数字が、確かな点数となって積み重なっていく。
「……あいつらに送るか」
グループチャットを開き、数字だけを送信した。
すると、龍と吉峰からも同様に数字が送られてくる。

……よし、全員、大きな失敗なく終えられた!
いつもに比べて高いわけじゃないけど、決して低くもない点数。
本番でそれができれば十分すごい、僕らは頑張ってる。
東大入試では、この点数が110点に換算され、最後は二次試験の得点と足し合わせて総合点が出される。
それぞれの共テの点を110点換算してみると……。
門田:99.22点
龍 :97.79点
吉峰:100.98点
ここで、例年の理科一類の最低点が303点〜330点の範囲にあることを考慮し、高めに見積もって今年は330点がボーダーだと仮定すると、僕たちが二次試験で取らなきゃいけない点数は、
門田:230.78点
龍 :232.21点
吉峰:229.02点
となる。
……分かってたことだが、僕って本当にボーダーに近いエリアにいるなぁ。
最低点が高いときは自分も高い点が取れるはずだし、怯えすぎるのは良くないけど……改めて身の引き締まる思いだ。

「……ふふ、相変わらずだな」
そんな今夜も、いつもと変わらない仲間の空気を感じられるだけで、いくらか心は癒やされる。
シビアな緊張感のある時期だからこそ、胸が温まる瞬間を一つ一つ、大切に掬って集めていきたいと思った。
二学期の終業式を終えた僕らは、それぞれが予備校や図書館へ行く前に、校門で待っててくれたその人のもとへと集まった。
「改めて……駿太、合格おめでとう!」
「おめでとう」
「……おめでと」
「龍太朗、啓杜、よっしー……みんな、ありがとう」
隣の市から一時間半近くかけて会いに来てくれたのは、先月、めでたく早稲田のスポーツ科学部に合格した僕らの親友だ。グループチャットでお祝いの言葉は伝えていたけれど、年を越す前に直接言うことができて良かった。
「ごめんなぁ、本当なら俺たちが駿太に会いに行くべきところを……」
「いやいやいや! みんなまだ受験あるんだし、てか年内にどうしても顔見たいって言ったの俺だし」
「でも、遠かったろ。せっかく来てくれたのに、ちょっとしか話す時間取れなくてごめん」
僕らも受験が終わっていれば、このままコンビニ行ってケーキやチキンでも買って、誰かの家でパーティー開いて遊んで……みたいな、騒がしいクリスマスを過ごせたかもしれない。
「もう、頼むから謝らないでよ。少しでも会う時間作ってくれて感謝しかないんだから。大変なときなのに……ありがとな」
駿太が申し訳なさそうに眉を下げるので、三人でやれやれと目配せし、龍が代表でそれを差し出した。
「駿太、これ受け取って」
「え、な、なに?」
「合格祝い&クリスマスプレゼント!」
「っ、え、マジで!? しかもこれ、有名なお菓子屋さんのやつじゃ……」
「三人でお金出し合って買ったんだぞ。大切に食べろよ」
吉峰は相変わらずツンツンした態度だが、想像以上に嬉しそうな顔をする駿太を見て満足げだ。
「みんな……めっちゃ嬉しい、ありがとう! えっと、じゃあ俺からのも……」
駿太は鞄から三つの白い小袋を取り出すと、僕たち一人一人にそれを手渡してくれた。
「俺からの気持ち。試験始まったら会えないと思うけど、ずっと三人のこと応援してるから」
袋の中に入っていたのは、学業の神様を祀っている有名な神社のお守りだった。東京の神社だから、おそらくは自分の二次試験が終わったあと、わざわざ買いに行ってくれたのだろう。
「ありがとう、大事にするよ」
目を見て感謝を伝えると、駿太は照れくさそうに笑ってた。
名残惜しさを感じつつ、僕と吉峰はそこで別れて予備校へ向かったが、龍は駿太を駅まで送ると言っていた。久々に二人でゆっくり……とはいかないけど、楽しく話せていたらいいな、と密かに思うのだった。
◇
年末年始は、例年なら祖父母の家に行ったり親戚と集まったりするのだが、今年は受験に集中したいという僕の希望を両親が受け入れてくれて、いつもの環境で集中して勉強をすることができた。
兄ちゃんは僕に気を遣って帰ってこなかった。感染症が流行る季節だし、実家に風邪を持ち込みたくないから、と僕より僕の体調を考えてくれていた。
でも、前のようなギクシャクした雰囲気はないし、今月会えない代わりに来月の試験時は兄ちゃんの家に泊まらせてもらう予定だ。
三学期を迎えると、校内にはより一層ピリピリとした緊張感が漂うようになった。龍も吉峰もそして僕も、これまで通りに話す一方で、互いに「こいつ緊張してんなぁ」と言葉にせずとも感じていたと思う。それは共テの前日も同じだったが、みんなでいつも通りの一日を過ごして、いつも通りに下校する。
「二日目終わったら連絡するから」
「分かった。俺も連絡する!」
「一日目は自己採点すんなよ。もし手応えなかった教科があっても気にしなくていい。自分ができてないもんは、みんなもできてないから大丈夫」
「おう!」
「……じゃあ、二日間、頑張ろうな」
次に会うのは、共テが終わったとき。
そのときにはもう、自己採点して点数が分かってて……僕はどんな気持ちで、どんな顔をしているのか……。
「啓ちゃん」
「へ?」
パッと手を取られて顔を上げると、そのまっすぐな瞳に射抜かれた。二ヶ月前に屋上で腑抜けていた人間とは思えないほど熱く光る情熱が、確かに今、身体の芯まで伝わってくる。
「お互い、全力でかまそうぜ」
「……お前はやっぱり、そういう顔が一番似合ってるよな」
「え、今の俺めっちゃかっこいいってこと?」
「さあな」
固く握手を交わしたその手で、この手で……未来を掴みに行くときが、ついに来たのだ。
その夜、早めにベッドに入って目を閉じたら、これまで僕を支えてくれた人たちの顔が自然と思い浮かんだ。
両親、兄、祖父母、親戚……裕輔くんに予備校の佐藤先生、担任の山本先生……そして、最高の親友である龍と吉峰と駿太……毎日一緒に勉強してきた特進のみんな……まだまだ数えきれないほど、生まれた瞬間から色んな人が僕と関わっていて、その人たち一人一人と過ごした時間の全てが今の僕を形成している。
本気で夢を追ってきて良かったことの一つは、こういった“大切な人たちの存在”をはっきりと認識できたことかもしれない。大切な人たちと、そしてこれまで頑張ってきた自分自身にも感謝の気持ちを持って――。
新しい朝を、迎えに行こう。
◇
共通テスト一日目。
会場は高校の近くにある市立大学だ。
電車内にも会場までの道にも同じ高校の制服を着た人がたくさんいたが、僕の交友関係が狭いのもあり、顔すら知らない人ばかりだった。
でも、龍も吉峰も絶対にこの会場のどこかにいるはず……そう思うだけで、いくらか心の支えになる。
僕に与えられた座席は一番右側の列の前から五番目。右隣に誰もいないだけでもだいぶ嬉しい。あとは、左隣の人が貧乏ゆすりとかする人じゃなければセーフ。
こういう試験のときは、座席運も非常に重要だ。中学生のときに一度、予備校の模試を受けた際、隣に貧乏ゆすりが止まらない人が座ったせいで集中できなかったことがある。
当時は途中で席を変えてもらったし、今だってもしもそんなことがあれば、躊躇うことなくスタッフの人に席の変更をお願いするつもりだ。
でも、最初から良い環境であるに越したことはない……。
まもなく左隣の人が席に着いたが、とても落ち着いた静かな女の子で、ほっと胸を撫で下ろす。
ひとまず安心できた僕は、深呼吸してから本日の予定を確認する。
―――――――――――――――――――――
大学入学共通テスト 一日目
10:40〜11:40(60分) 地理
昼休憩
13:00〜14:30(90分) 国語
15:20〜16:40(80分) 英語(筆記)
17:20〜18:20(60分) 英語(リスニング)
―――――――――――――――――――――
一日目は地理、国語、英語というラインナップ。
最初の科目である地理は、共テだけのためにここ一ヶ月で一気に詰め込んだ。行きの電車で重要事項の最終チェックもしたし、この新鮮な記憶のまま試験に臨めば大丈夫。
しばらくすると試験官の指示があり、みんなが参考書やスマホをしまう。
いよいよ、僕の大学入試が始まる。
以前、裕輔くんが話してくれたことを思い出す。
“本番で突然めっちゃいい点が取れることはないけど、同じように、大失敗することもないから。自分の実力相応の結果が出るもんだよ”
そう、とんでもなく高い点は取らなくてもいい。いつも通りの自分でベストを尽くせばいいだけ。
今朝、兄ちゃんもメッセージをくれた。
“会場に着けたらあとは大丈夫。いつもの啓杜で!”
そう、体調バッチリで交通機関の乱れもなく、今こうして席に着けているのだから、あとはいつもの自分で。
「始め」
試験官の合図で僕は鉛筆を握り、問題冊子を開いた――。
◇
帰宅したのは午後七時半頃だった。
両親は温かいお風呂と夕飯を準備して僕を待っていてくれた。
手応えはどうだったか、と聞かれたので「まあいい感じかな」と素直な感想を答えておいた。
自己採点は明日まとめてやるからまだ分からないけど、一日目は全体的に問題なく解けたと思う。おそらくどの教科も極端な易化や難化はなかったのではないか。
まあ、講評やら何やらは置いておいてとりあえず、無事に一日目の全科目を受験できて一安心だ。
移動中も受験中も休憩時間もトラブルなく終えられること……これ以上の幸運はないと思う。
龍も吉峰も、今頃は家で明日に向けて備えていることだろう。
早寝早起きが最優先とはいえ、僕も時間の許す限り対策をしてからベッドに入った。
目を閉じる前、リュックにつけた駿太からのお守りに「おやすみ」と一言かけると、みんなが「おやすみ」と返してくれたような気がした。
◇
―――――――――――――――――――――――――
大学入学共通テスト 二日目
9:30 - 11:40(130分、うち解答時間120分)物理・化学
昼休憩
13:00〜14:10(70分) 数学IA
15:00〜16:10(70分) 数学IIBC
17:00〜18:00(60分) 情報I
―――――――――――――――――――――――――
二日目も時間に余裕を持って会場に到着。一日目より早い時間から始まるが、しっかり睡眠時間を確保したため頭はスッキリしている。
今日は理系科目ばかりだから、理系としてはやりやすい。しっかり高得点を狙っていくが、年によって難易度に大きく差があることもあるから、思っていたより難しいと感じても焦らないように……。
「始め」
今日も、いつも通り解くだけだ――。
◇
理科を終え昼休憩に入ると、周りから様々な会話が聞こえてくる。さっきの問題の答えとか、昨日の自己採点の結果とか、そういう話題は精神を乱す原因になり得るので聞きたくない。
僕は一日目と同様にイヤホンをして、龍にオススメしてもらった川のせせらぎのBGMを聴きながら、母さんの作ってくれたお弁当を食べた。
僕が昼食を終える頃、隣の他校の女子も小さなお弁当を食べ終えたようだった。
食欲ないのかなぁ、なんてなんとなく思っていたら、彼女がおもむろに取り出した薬の箱に「生理痛・頭痛に」という文字が書かれているのを偶然見てしまい、気づいた。
そうか、僕は男に生まれたというだけで、悩みの種が一つ減っていたんだなぁと。
そういえば、今は男子だらけの特進にも、途中まで女子が一人在籍していた。真面目でしっかりした子だったが、欠席したり保健室に行ったりすることが多かったように思う。
結局その子は、二年生に進級するタイミングで通信制高校に転校してしまったらしいけど……今思えば、彼女も女性ならではの痛みや、何かしらの持病に悩まされていたのかもしれないな。
自分ではどうにもできない性質や環境、能力がこの世にある限り、「人間はみんな平等」だなんてとても言えない。
理不尽なことが溢れる世の中で、受験の一般入試というのは、最も高い平等性を持つ戦いであると言えるのではないか。
少なくとも僕はそう思うからこそ、ここまで受験に本気になれたんだ、きっと。
◇
二日目の試験も全て終了し、帰宅後ついに自己採点を行う。
手応えは悪くないけれど、合否に直結する点数を明らかにするのはやはり緊張する。
でも、もう解答用紙は提出してしまったのだから、今さら結果は変わらないし……覚悟を決めて、自分と向き合おう。
一科目、また一科目と採点が終了していく。
昨日、今日のあの瞬間に自分が塗りつぶした数字が、確かな点数となって積み重なっていく。
「……あいつらに送るか」
グループチャットを開き、数字だけを送信した。
すると、龍と吉峰からも同様に数字が送られてくる。

……よし、全員、大きな失敗なく終えられた!
いつもに比べて高いわけじゃないけど、決して低くもない点数。
本番でそれができれば十分すごい、僕らは頑張ってる。
東大入試では、この点数が110点に換算され、最後は二次試験の得点と足し合わせて総合点が出される。
それぞれの共テの点を110点換算してみると……。
門田:99.22点
龍 :97.79点
吉峰:100.98点
ここで、例年の理科一類の最低点が303点〜330点の範囲にあることを考慮し、高めに見積もって今年は330点がボーダーだと仮定すると、僕たちが二次試験で取らなきゃいけない点数は、
門田:230.78点
龍 :232.21点
吉峰:229.02点
となる。
……分かってたことだが、僕って本当にボーダーに近いエリアにいるなぁ。
最低点が高いときは自分も高い点が取れるはずだし、怯えすぎるのは良くないけど……改めて身の引き締まる思いだ。

「……ふふ、相変わらずだな」
そんな今夜も、いつもと変わらない仲間の空気を感じられるだけで、いくらか心は癒やされる。
シビアな緊張感のある時期だからこそ、胸が温まる瞬間を一つ一つ、大切に掬って集めていきたいと思った。



