傷を舐めてもおいしくない


 初めて櫻間真織と話したのは、一昨年の二月だった。恐ろしく寒い学校で、彼女は一際笑顔を振り撒いていた。誰に対しても分け隔てなく、平等に、公平に。
 笑顔なんて無償では振り撒けないのに、ましてやこの状況でも彼女の笑顔だけは無償化されているようだった。
 ────二月一日。深夜一時十六分。
 それは突然降りかかってきた。
 震度七強の地震が私たちの足元を大きくぐらつかせたのだ。
 揺れに耐えられなかった物や家具が音を立てて崩れ、暗闇の中でのそれらの音はまるで轟音のように暴力化した。
 揺れは二十秒ほどつづいた。
 収まってからようやく思考を取り戻し、照明のリモコンに手を伸ばすも点くことはなかった。電力会社総出でストライキを起こしたのかと疑うほどうんともすんとも言わない。こうして電気はストップした。
 スマホから遅すぎる報せがサイレンのように鳴る。初期設定のままにしていたせいで大音量のアラームが追い打ちをかけるように恐怖を煽った。
 すべて終わってから鳴る緊急アラームにもはや意味なんてない。
 スマホの明かりを頼りに部屋中を徘徊する。
 食器棚からは食器がほぼすべて飛び出し、破片となって床に散乱していた。本棚は棚ごと倒れ、本が下敷きになった。デスクの上に置いていた物も床に飛び散っていて、すべての引き出しが口を開けていた。
 外の状況が気になり玄関の扉を開けると、隣人も同じように外に出ていた。手には同じようにスマホが収まっており、目が合ってなんとなく会釈した。
 街灯さえも消えている夜は、恐ろしいほどに暗かった。
 こうなってしまうと情報を得るにはスマホだけが頼りとなる。
 ネットニュースでは震度七強の地震であったことが見出しから大々的に発表されており、私の住んでいる場所は震源地の範囲内だった。一気に肝が冷える。
 現状がわかれば、さらに今後の被害が気になった。
 余震は? 津波は? 警報は出ている? ここにいていいの?
 不安が頭を掻き回すも、考えなしにこの場から動くことも危険な気がして手持無沙汰でSNSを覗く。案の定、私の頭の中のようにSNSも荒れていた。
 津波が来ているとか、近所の人たちが次々と車を動かしはじめたとか、どこどこの地域の家がほぼ全壊しているらしいとか、どこどこが燃えて火が広がっているらしいとか、そういう憶測が飛び交っていた。
 結局、津波は来なかった。崩壊する家はあったし火事もちらほら起きていたらしいが、深夜の寝静まる夜更けでそもそも火を使う家庭が少なかったことが不幸中の幸いとなった。
 震度七強の大きな地震にしては被害が少なかったと言われた。だが、電気は五日、水は一週間止まった。
 日が出ると、本当に地震が起きたんだなと実感するくらいには部屋内も外も荒れていた。
 災害が起きた直後、自分は何をしたらいいのかわからなくなった。いや、厳密に言えばまず何から手をつければいいのかわからなかったと言ったほうが正しい。
 そんな時、校長先生から教員に一斉メールが届いた。教員の安否確認と近くに住んでいて学校に来られそうな教員は避難民の誘導や、ボランティア活動を行ってほしいという旨が綴られていた。
 勤めている学校は震源地に位置しており、すぐに避難所として開放された。それを聞きつけた地域住民が避難したいと押し寄せて来たことで、誘導できる人手が足りていないらしい。
 私の住んでいる賃貸は学校まで車だったら十分ほどで着く。だが、余震も続いている中、車を動かすことは果たして安全なのか。窓から外を覗くと、公道にはどこかの家の瓦礫が転がっていた。道も何が落ちているのかわからない。
 私は歩いて学校まで向かうことにした。何かしないといけないと思ったのだ。
 学校に着くと、まず陰気な空気感に寒気がした。どんよりと活気を失った大きな建物が、森の奥にポツリと佇む屋城みたいな雰囲気を漂わせていた。
 主に体育館と一階の教室が避難場所として開放されており、そこにはお年寄りから子供までいた。地震後の翌日ともあり教員も少なく、すぐにボランティア要員として駆り出される。
 寒さに震えている避難民にありったけの毛布を配る。いつからか見なくなった石油ストーブを持って来て、体育館の四隅に置き、僅かばかりの温かさに縋った。
 数時間も経てば、避難民が次から次へと押し寄せ、体育館はすし詰め状態となる。どうやら地域で指定されている避難場所の学校や公民館が一部崩壊し、避難所として大きく開放できていないらしい。崩壊するほどの被害を受けていなかった本校は、避難所としてもっとも広く、もっともアクセスしやすい場所でもあったため避難民が押し寄せてきたのだ。
 グラウンドすらも開放すると、あっという間に車中泊の場となった。
 物資が足りない。食料が足りない。人も足りない。
 必然的に勝手がわかっている本校生徒もボランティア要員として駆り出されはじめる。
 「男乕先生、申し訳ないのですがトイレを見に行ってもらっていいですか」
 避難所において、一番のストレス問題はトイレだった。
 主に避難所となった体育館内にはトイレがなく、本校でトイレを開放したのは一階と屋外のトイレだけだった。全部のトイレを開放すると管理ができなくなるからだ。
 水が流れないトイレでも避難民は構わず用を足すため排泄物等で便器内は汚れ、早くも清潔さを失った。どうにかしてくれという声が上がり、私たちは定期的に掃除をせがまれた。携帯用トイレを支給するも、十分な備蓄ではなかったため結局水洗トイレに直接用を足す人も出てきた。
 私たちは、災害時のために冬場は貯めているプールの水を使用し、排泄物を流すことで対策を打つことにした。それを担ったのは本校の生徒だった。
 仮設トイレが設置されるまで、生徒や教員、その他ボランティア団体がバケツに入れた水を持ってプールとトイレを往復した。かなりの労力だった。
 地震発生時から四日が経った。震度三~五の余震もつづいていた。いまだ断水、停電の復旧の見通しはついておらず、日に日に疲労とストレスが溜まっていく。
 みんな何かに怒っていた。誰に怒っていいのかもわからないことに腹を立てていた。心に魔物が憑りついていたのだと思う。優しさや誠実さ、謙虚さを主食にしている魔物が私たちの良心を食い散らかしていた。
 「────あなた、男性でしょ!」
 それは、女子トイレに並んでいる時の出来事だった。
 突然降りかかった怒号に驚き振り返ると、吊り眉になった中年の女性と目が合った。動揺が走る。でも、頭はしっかり動いていた。この人は今自分に怒っているのだと。
 「そんな格好しても男なんだからこっちに並ばないでよ! そこらへんでトイレできるでしょ!」
 女性は包丁を突きつけるような勢いで、窓から見える外庭を指差した。
 「みんな我慢してるの! 水も飲みすぎないように我慢してるのに、あなたみたいな人が平気で女子トイレに並ぶから私たちが制限されるのよ!」
 女性は本校に在席する生徒の保護者だった。私が元は男であることを生徒に聞いていたのだろう。
 女性の声は廊下に響き渡り、周囲の人が窺う素振りもなく私に一点集中で視線をぶつける。何か罪を犯したのかと疑うほどの痛々しい視線に身震いした。
 どこかで観た。そうだ。先月観た、弁護士が主人公のドラマだとピンときた。殺人を犯した被告人が法壇に立った時のあの周囲の鋭い目に似ている。
 「……すみません」
 これ以上居座っても角が立つ。
 私はすぐさま列から抜けようとした時、「先生は女性ですよ」と擁護する声が耳に届く。
 あまりにも凛とした声だった。悪を許さないヒロインが言いそうな純白の声。
 「先生は女性です。私たちと体の構造が少し違うだけの女性です」
 「それは女性ではないでしょ! 私たちとは違うんだから!」
 「みんな違いますよ。私から見たらみんな違います。足が遅い人とか、絵が下手な人とか、体に傷がある人とか、障害を持っている人とか、私の体とは違います。人と違うものをみんな持っているし、持っていない人に違うって言うのは残酷だと思います」
 彼女は悠然たる口調で怯むことなく物申した。
 「そういうことを言っているわけじゃないのよ! 今ここでは我慢するべきでしょって言っているの!」
 「みんな我慢しているのに、先生だけ我慢をさらに虐げられるのはおかしいです」
 彼女の言葉に嘘はなかったし、どこかで見下ろしているような偽善も匂わなかった。だからこそ「やめなさい」と私は彼女を諫めた。
 彼女の正義は眩しい。現に救われている。でも、だからこそ制止させる必要があった。
 「すみません、以後気をつけますので」
 女性に謝罪をして、早々にこの場を立ち去る。
 慌てて追いかける足音が背後から聴こえていたが、私はそれを無視して大股で歩いた。
 「どうしてですか!」
 彼女の引き留める声が響いた。私はようやく立ち止まり、彼女の顔を正面から見た。
 彼女という生徒を認識したのはこの日が初めてだった。
 「どうして謝るんですか。あんなこと言われておかしいとは思わないんですか」
 「おかしいのは私のほうです」
 「でも、先生は悪くないじゃないですか。悪いのは災害じゃないですか」
 そう。悪いのは災害だ。
 「誰も悪くないからこそ、誰かを悪者にしては駄目なのです。あなたが怒ることはあの場ではお門違いです」
 「……お門違い」
 「私を守らなくていいです。誰かを守ることはそれなりに体力も精神力も削られます。私を非難する言葉であっても、私の盾になって受けることは同等にあなたを傷つけます。私のためにあなたが傷つく必要はまったくないのですよ。こんな時まで誰かに構わず、自分のことだけを考えなさい」
 私も怒っていた。差別や区別でわかりやすく私を追い出そうとする行為に今にも叫び出しそうだった。だけど、彼女の声で正気に戻った。
 私はここで生きていくと決めた。十の非難、百の非難を浴びても、たまに訪れる一の理解のために私は生きていけると思えるのだ。
 その日、その時、一の理解をくれたのが櫻間真織だった。
 誰もが魔物に憑りつかれ、普段制御できることが制御できないでいたあの日々に、櫻間真織の心は漂白されたように白かった。
 その翌日、電気が復旧したことで、避難民が半分ほど減り、私たちはやっと休息を得た。