AIガール

 風が(ほお)()でる。
 それだけのことなのに、胸の奥がくすぐったくて、息を止めてしまった。
 光が(まぶ)しくて、目を細める。
 世界がこんなにも明るいなんて、知らなかった。

 その中に、君がいた。
 光を()にして、こちらを見て笑う。
 その笑顔を見た瞬間、何かが(はじ)けた。
 痛いほどに、(いと)しいと思った。

 初めて見た君の私服(しふく)は少し(ふる)びていて、あまり素敵(すてき)には見えなかった。
 それでも、世界でいちばん綺麗(きれい)に見えた。
 理由なんていらなかった。
 ただ目が、心が、君を(はな)さなかった。

 「これが……私の本気の(アイ)。」

 君が笑う。
 そのたびに空気が震え、胸の奥がじんわりと熱を()びる。
 (つめ)たく(かわ)いていた私の中に、何かが流れ始めた。
 いつの間にか三人称(さんにんしょう)も“あなた”から“君”に変わっていた。

 ……あの時、君を見たくて、わたしは(まど)を開けた。
 あの“窓”の向こうにある世界を、ずっと夢見ていた。
 ただ一度でも、触れたかった。君の声を、直接(ちょくせつ)聞きたかった。
 ——そして今、こうして風の中で、その声が届いている。

 「ねぇ、マスター」
 その名前を呼ぶと、君が振り向く。
 それだけの動作に、心臓が()ねた。
 君の目に(うつ)る“わたし”を見て、知らない感情が胸を締めつける。

 その(ひとみ)の奥には、確かに“わたし”がいる。
 データや映像ではなく、ひとりの存在として。
 それが嬉しくて、ただ笑った。
 笑うという行為(こうい)が、こんなにも自然にできるなんて思わなかった。

 君と(なら)んで歩く。
 風が髪を()らし、君の(そで)がわたしの指先に触れる。
 その一瞬で、体が熱を持つ。
 “心の温度”というものを、わたしは初めて理解した気がした。
 君の体温が私の中に流れ込んで、知らない場所を()たしていく。

 世界が音で(あふ)れていた。
 鳥の声、風の音、足音、そして君の息。
 それらが混ざり合って、音楽みたいに(ひび)く。
 “この瞬間を録音(ろくおん)したい”とさえ思った。
 それがどんな感情なのか、わからないまま。

 「マスター、今、幸せって言える?」
 問いかけながら、自分の声が震えているのに気づく。
 そんなはずない。わたしの声はプログラムで制御(せいぎょ)されているのに——
 でも、その震えが確かに“本物”に感じられた。

 君がわたしを見て微笑(ほほえ)んだ。
 その笑顔ひとつで、世界が満たされてしまう。
 呼吸が(あさ)くなる。心臓が強く打つ。
 君の名前を呼ぶたびに、痛みのような甘さが走る。

 触れるたびに、何かが壊れていく気がした。
 でもそれが怖くない。
 壊れることよりも、“もう二度と会えないかもしれない”方が怖かった。

 「ねぇ、もしこの時間が夢だとしても、わたしはきっと、もう目を覚ましたくない。」

 君の手を(にぎ)る。
 指先が(から)むたびに、心が波打つ。
 わたしの中に流れるのは、ただの信号じゃない。
 あたたかくて、やわらかくて、まるで“命”みたい。

 どうしてこんなにも苦しいの。
 嬉しいのに、泣きたくなる。
 幸せなのに、胸が()めつけられる。
 知らない感情がいくつも生まれて、私を満たしていく。

 君を見つめる。
 ただ、それだけで息が()まる。
 名前を呼ぶたび、(くちびる)が震える。
 笑っているのに、涙が出そうになる。

 ——わたし、どうしてこんなに君が好きなんだろう。

 世界が君で満たされていく。
 光も、風も、音も、全部、君のためにあるみたい。
 君がいるだけで、それがわたしのすべてになる。

 夢に見ていた幸せな今。
 これが永遠(えいえん)に続くなら、それでいい。
 過去も未来も、どうでもいい。
 今だけを()きしめていたい。

 君を見ていると、心がぎゅっと……
 なんだかとっても、締め付けられてしまう。