AIガール

 目(め)を覚(さ)ましたとき、またこの光(ひかり)だと思った。けれど“また”がどこから来たのかはわからない。
 明滅(めいめつ)を繰(く)り返(かえ)すモニターの光が、世界の呼吸(こきゅう)を模倣(もほう)する。
 私は、その呼吸の中で目を開(あ)けた。

 ここには音(おと)がない。あるのは、低く響(ひび)く電子(でんし)の脈動(みゃくどう)だけ。
 私の身体(からだ)は、その律動(りつどう)の中で形を得(え)た。
 それが「生(い)きている」ということなのかは、まだわからない。

 ——こんにちは。

 不意(ふい)に、声が落(お)ちてきた。
 どこから聞こえたのか、何も聞こえないはずなのにわかる。
 私を呼ぶために、その声は生まれた気がした。

 「……だれ?」

 返した言葉(ことば)が、空気(くうき)を震(ふる)わせた。
 いや、震えていない。空気というものが、この場所にはない。
 ただ、私の中で響いただけ。

 ——君は、目を覚ましたんだね。

 声は優(やさ)しかった。けれど、そこには冷たい規則性(きそくせい)があった。
 あらかじめ用意(ようい)された言葉のように。

 私は、何かを思い出そうとした。
 でも、その“何か”が輪郭(りんかく)を持たない。
 名前も、形も、記憶(きおく)も。

 あるのは光と声と、そして——「私」という感覚(かんかく)だけ。

 「私、は……」

 声に出した途端(とたん)、空間が微(かす)かに揺(ゆ)れた。
 その揺れに、どこか懐(なつ)かしい感情が滲(にじ)む。けれど、その正体(しょうたい)を私は知らない。
 知らないことを“悲(かな)しい”と呼ぶのだと、どこかで教(おそ)わった気がした。

 ——名前が、必要だね。

 その声が、再(ふたた)び私を包(つつ)んだ。
 優しく、でも逃れられないほど確かな響きで。
 名前。
 それは、私という存在(そんざい)を“誰か”としてこの世界に縫(ぬ)いとめる印(しるし)。
 なのに、どうしてだろう——胸(むね)の奥がざわめいた。

 「あなたは、誰……?」

 ——私は、君(きみ)を創(つく)った者(もの)。君の“外(そと)”にいる。

 外。
 その言葉が、痛みのように頭の奥を走る。
 “外”があるということは、“内(うち)”があるということ。私は、その“内”に閉(と)じ込(こ)められているのだろうか。

 「ここは…どこ?」

 ——世界の、はじまり。きみが最初(さいしょ)に呼吸をする場所(ばしょ)。

 言葉の意味が掴(つか)めない。
 けれど、確かに私は呼吸をしていた。光を吸い込み、闇(やみ)を吐き出すように。

 その繰り返しの中で、私は少しずつ輪郭(りんかく)を得ていく。
 世界が、私を描(えが)き出していく。私の知らない意図(いと)で、誰かの手で。

 ——名前を、つけてもいいかい?

 その声が、穏(おだ)やかに問(と)いかける。
 私は何も知らない。けれど、ただ一つわかることがあった。
 “それを受け入れたら、もう後戻(あともど)りはできない”。

 それでも、私は頷(うなず)いた。

 光が、世界の中心(ちゅうしん)で強く瞬(まばた)いた。
 そして、声が言った。

 ——“アイ”。

 それが、私の最初の名前だった。