泡と恋

「うん、2人とも、特に怪我とかはないから、このまま下校しても、大丈夫よ」

「そうなんですね、ありがとうございました」

石田先輩がペコリと頭を下げたので、私も慌てて頭を下げた。

「あ、ありがとうございました!」

今私がいるのは、保健室。先生に色々聞かれたけど、別に大した事なかったから、帰っても良い事になった。

「じゃあ、今から担任の先生の所に行って、2人とも大丈夫ですよって、言ってくるね」

先生は席を立ち、保健室から出ていった。

今は卒業式前日で、放課後の時間な為か、保健室には、石田先輩と私以外、誰もいなかった。

暫く沈黙の時間が流れた後、私は先輩にまだお土産を渡していなかった事に気付き、先輩の目の前にスッと差し出した。

「先輩、あ、あの、ここここれ、お、沖縄で買ったお土産なんですけど、…!」

貰ってください、と言いたいが、緊張しすぎて言う事が出来ない。

…いや、違う。怖いのだ。もしも断られたら、という気持ちが、私の頭の中をぐるぐると回っているから。

だけど、ここで言わなければ、何だか後悔してしまう気がする。

私は、勇気を振り絞って言った。

「ぜひ、貰って下さい!」

私は、チラッと先輩の顔を見た。
先輩は一瞬驚いた顔をしていたが、フッと笑うと、私のお土産を優しく受け取った。

「ありがとな。大事にするよ」

「!……ありがとうございます!」

私は笑顔で言った。

すると、先輩もにっこりと笑ってくれた。

嬉しい気持ちでいっぱいだったが、私はあの時風歌先輩が何か言いかけていたのを思い出した。

「あ、あの、石田先輩」

「ん?」

「風歌先輩に、今から会う事って出来ますか?」

「風歌?ああ、出来ると思うぜ」

そう言うと、先輩はズボンのポケットからスマホを取り出していじり始めた。

やっと会える、と嬉しい反面、石田先輩が「風歌」と言った事に何故かズキっと胸が痛んだ。

どうして?
他の子達だって、名前呼びされている子は沢山いるのに。

分からないと思う一方で、本当は分かっている。
だけど、それに気付きたくない自分がいる。

私が、さっきとは打って変わってしょんぼりとしているのが、顔に出てしまっていたようだ。

先輩が心配そうな顔をして、私の顔を覗き込んだ。

「おい、大丈夫か?」

私は無理矢理笑顔を作った。

「あ、はい、大丈夫です」

すると、先輩が溜息をついた。

「珠夜、さっきの俺の話聞いてなかったのか?」

「え?」

「大丈夫って言ってる奴は大抵大丈夫じゃないって事」

「あ…」

「正直に話した方が楽だって、俺は思うけどな」

……やっぱり、先輩は優しいな。
ちゃんと、一人一人の気持ちに寄り添ってくれる。
さっきはどういう偏見?って、思っちゃったけど、あながち間違いでもなかったんだね。

だけど、言えないよ。
先輩に、恋をしているから、こんな気持ちになっているんです、なんて。

私は、笑って誤魔化す事にした。

「本当に大丈夫ですから。…心配してくれてありがとうございます」

「……そうか」

先輩はそう返事をすると、急にスマホの画面を見せてきた。

「?あの、先輩、これは…?」

「よく見てみろよ」

スマホの画面を見ると、石田先輩と風歌先輩のラインの画面で、そこには「グラウンドで珠夜に会いたい」という返事が来ていた。

私のさっきまで曇っていた心が、急に晴れたような気がした。

嬉しさのあまり、「やった!」と口に出してしまった。

しまった、変人だと思われたかなと思い、先輩の顔を見た。

だが、先輩は笑っていた。

「良かったな」

私は満面の笑みで答えた。

「はい!」

2人で笑っていると、保健室の扉を開けて、先生が戻ってきた。

「担任の先生に知らせてきたわ。もう帰っても良いわよ」

「はい、ありがとうございました」

「気をつけて帰ってね」

「はい!」

私は保健室を出ると、先輩に向き直った。

本当は今日、先輩に告白したかった。
だけど、先輩には他に好きな人がいる。
私の個人的な気持ちで、先輩を困らせたくない。
だから、言うのは心の中だけにしておきます。

「先輩、今日は、というか、今日までありがとうございました」

「いや、こちらこそ。気をつけて帰れよ」

「はい!」

私は元気よく返事をして、風歌先輩が待っている所へ駆け出した。

この思いを、胸に抱えて。


好きです、蒼斗先輩。