●語り手・富谷靖さん(51歳) 聞き手・久遠
へぇ、あんた週間スワイプで記事書いてるのか。俺も前職の時代に何度か、そこから仕事を貰ったことあるぞ。編集長のアラカワさんは健在か?
……病院送り? あーやっぱ、肝臓をやられちまったか。酒飲みだったからな、あの人。今の編集長は……知らねぇや。
俺が籠目原相談所でやってる仕事は、主に二つだな。
一つはカメラマンだ。これがメインといっていい。俺の業務の九割は写真にかかわってる。入会したときに撮るプロフィール写真もその一環だ。
もともと個人でフォトグラファーをやってたんだが、不景気でどこもかしこも冷え込んでてな。仕方なく、籠目原結婚相談所の雇われカメラマンになったってわけだ。
今は好きなものを自由に撮れるわけじゃねぇが、相棒は弄れるし、食いっぱぐれなくなったんでありがたい。
……仕事しながら話してもいいか。ちょうど、レタッチをやってたところなんだ。
デジイチで撮った写真をパソコンで拡大して、傷とか皺を消す作業だな。今やってるのは、おとつい前撮りをしたカップルの分だ。
デジカメの写真なら、画像処理ソフトをかませばいくらだって弄れる。その気になりゃ、顔を小さくしたり手足を長くしたりすることもできるんだ。
ははっ、そうだな。仕上がりはもはや別人になっちまう。でもそうしてやった方が、被写体が喜ぶんだよ。写真を多く買ってもらえれば、給与に上乗せの形で俺にいくばくかキックバックがある。だからレタッチには割と力を入れる。
よく言うだろ。『結婚したら片目を閉じろ』って。
結婚式の写真だって同じだ。こういうのはいい思い出にすべきなんだ。シミだの皺だの、粗から目を背けるくらいでちょうどいい。
籠目原結婚相談所で成婚した客の大半は前撮り含めて俺が写真撮影を担当するから、『例の二人』についても知ってるぜ。
奥さんになるはずだった方が、飛び降りちまったんだろ。しかも、結婚式の三日後に。
旦那予定だった男も、やるせねぇだろうな。俺は花嫁の気持ちなんて分からねぇが、マリッジブルーってやつだったのかねぇ。それにしても、自殺ったぁ……。
は? カメラマンの俺から見た、当日の花嫁の様子?
特に変わったことはなかったと思うがなぁ。例の二人は前撮りをやらなかったんで、俺がカメラを向けるのはあの日……結婚式の当日が初めてだった。
いざ撮影となると緊張して終始顔がこわばっちまうタイプもいるが、お二人さんは花嫁や花婿として適度に真面目だったし、ほどよく笑ってたはずだ。
ああ、写真のデータ、手元に残ってるぞ。見るか?
(※ライター注 作業中だった富谷さんがモニタに義久さんと結花さんの結婚式当日の写真を表示してくれました)
花嫁が自殺したって聞いたとき、実はまだレタッチの途中だったんだ。
故人の写真をどうするか、結婚相談所のスタッフが確認したんだが、両家とも手元に残したいって言ってきたらしい。
だから俺はとっとと処理を済ませて、あらかじめ指定されてた分を写真紙に焼いて、残ったデータと一緒に両家に引き渡した。
今あんたに見せてるのは、レタッチする前の元データだな。
花嫁も花婿もよく撮れてるだろ。時々、参列者にもカメラを向けてある。
はぁ? 端っこに写ってるこの人は誰かって……?
あー、そいつはアレだ、着付け師だよ。籠目原結婚相談所の。
確か、田代っていったな。
式の最中、場合によっては衣装が乱れることもあるだろ。そのときサッと直せるように、会場の隅にはたいていそれに対応するスタッフがいるんだ。和装の場合は着物に触れる奴でないと意味がねぇから、着付け師が詰めてる。
田代って着付け師は、籠目原結婚相談所で働き始めて一年ちょっとだと聞いてる。立ち話程度だが、俺も何度か口をきいたことがある。
なんでも、昔から人に着物を着せるのが好きだったらしい。本人には息子しかいないから、結婚相談所で華やかな女物の衣装に触れられて嬉しいとかなんとか……。
花嫁の衣装に関しちゃ、相当熱意があるみてぇだな。
それはいいんだが……この着付け師、なんだかすげぇ顔してねぇか? ほら、見てみろよ目がギラギラしてやがる。
当日は気付かなかったが、こんな顔で花嫁にガン飛ばしてたのか。自分が手掛けたから、着付けの具合が気になってたのかね。それにしても……。
おっと、悪ぃ。写真に気を取られてた。何だ、別の質問か?
ふむ。俺が籠目原結婚相談所でしてる、もう一つの仕事について……。
カメラ周り以外のことなら、ほぼ雑用だな。……用心棒って言った方がいいかもしれん。
籠目原結婚相談所のスタッフは女が中心なんだが、俺はこの通り、いかついおやじだろ。男ってだけである程度の抑止力になるんで、面倒なことを言う顧客がいたら引っ張り出されるんだよ。
たまに、『もっといい相手を紹介しろ』って怒鳴り込んでくる身の程知らずがいるからな。
暴言だの恫喝だの、その他悪質な行為をする会員には何度か警告をする。それでも聞き入れてもらえねぇときは、強制退会だ。
もろもろのトラブルが発生すると、所長と俺が出ていって対応する。
だいたいは軽い警告でなんとかなるが、そういや一年半ぐらい前、一人だけ手こずった男の会員がいたな。
籠目原結婚相談所は、相談員が会員一人一人の条件や事情をふまえて合いそうな相手を何人かピックアップしたあと、まず釣り書きと写真を見せる。そこで男女が共に『この相手と会いたい』となったとき、はじめて初顔合わせだのデートだのになる。
つまり、釣り書きと写真を見せた段階で片方に断られれば、もう片方がどんなに会いたいと思っても先には進めねぇんだ。
それから、たとえデートまでこぎつけたとしても、どちらかが合わないと思えばやっぱり交際はそこまで。ご縁がなかったってことになる。
だが以前、女が断ってるのにしつこく付きまとう男の会員がいてな……。
マカベ……いや、マガタっていう苗字だった。ああ、記事にするときは仮名にしてくれよ?
そのマガタって男はかなり長いこと婚活をやってて、籠目原結婚相談所に入会したときは四十をとっくに超えてた。
プロフィール写真は俺が撮ったんで面は覚えてるが……どんなに光を当てても顔色が冴えない、どこか暗い奴だったな。
にもかかわらず、黒髪の女がいいとか、大人しい性格が好みとか、とにかく注文が細かいんだ。マガタに紹介できそうな相手を捜すのに、所長はかなり苦労してた。
なんとか数人ピックアップして、釣り書きと写真を見せたら、マガタはすこぶる喜んでた。
……と、そこまではよかったんだが、肝心の、相手の女側から断りの連絡が来ちまったんだ。ま、こればかりは仕方ねぇよな。
だがマガタの奴、『ご縁がなかったということで』っていう所長の言葉をはねのけやがて、女に会わせろとごねた。所長はそれを宥めつつ、相手の女側に『一度だけでも会ってくれないか』と連絡したみたいだが、返事はやっぱり『NO』。
それを伝えると、なんとマガタは相談所を介さず勝手に相手に接触し始めた。
どうやってアドレスを調べたんだか分からねぇが、しつこくメールを送ったんだよ。
同じようなことが何度かあって、そのたびに俺たちスタッフはマガタに警告文を出したり、会員資格の一時停止措置をした。が……マガタが態度を改めなかったんで、一年半前、とうとう強制退会させることになった。
その旨を通達したとき、マガタはかなり不服そうだったが、俺がひと睨みしてやったら退会承諾書にしぶしぶサインしたよ。
ああ、これで終わる……と思ったんだが、そのあと部屋を出ていくとき、奴はくるっとこちらを向いて言ったんだ。
『お前らみんな呪ってやる』
ってな。
これだけならまだよかった。
マガタの退会処理が済んでから数日後、今度はマガタの母親を名乗る女がヒステリックな電話をかけてきやがった。
その女も電話口で叫んだんだ。
『まぁくんをいじめた奴は呪ってやる』
って。
何が『まぁくん』だよ。まったく、子が子なら、親も親だ。
今時『呪い』なんて……頭が完全にイカれてる。
ひとまず、俺が話せるのはこんなところだな。頑張っていい記事書けよ。
ん? 今画面に出してある例の二人の写真をもっとよく見たいって?
レタッチ前のでよけりゃ、構わんぞ。
……ああ、お前さんもやっぱり気付いたか。そうなんだよ。花嫁の写真だけ、やたら影があるんだよな。
俺も気になってたんだ。十年来の相棒の調子が悪くなったのかと思ったが、そうでもなさそうだしな。
当日の立ち位置とか光の差し具合が影響したのかもしれねぇが、何の影か分からん。
まるで、花嫁の隣に誰かが寄り添ってるみてぇだろ……。

