●語り手・廉崎トシ子さん(60歳) 聞き手・久遠
(※ライター注 トシ子さんは廉崎結花さんの母親。娘の死に心を痛めており、途中で泣いてしまって話が止まります)
一人娘の花嫁姿を、私はとても楽しみにしておりました。
ですが、結花本人にはその気がなかったみたい。あっという間に三十歳を超えてしまって……。だからお父さんと話し合って、籠目原結婚相談所の戸を叩いたんですよ。
その甲斐あって、入会して数か月後にはお相手の義久さんと出会えました。
結花はのんびりしてるから、親の方が発破をかけてやらないとね。
私とお父さんは、義久さんの親御さんも巻き込んで、二人がゴールインできるよう、あれこれ言葉をかけました。
結婚する当人たちを差し置いて話がどんどん進んで、結花と義久さんは、もしかしたら少し戸惑っていたかもしれませんね。
ですが、結婚してしまえばどうにかなります。
だって、少し前まではお見合い結婚が主流で、結婚式の当日までろくに口をきいたこともなかった男女が夫婦になっていたんですよ。私とお父さんも、お見合いで縁付いたんです。
結花たちは何度かデートをしていますし、相性は決して悪くなかった。現に、義久さんにプロポーズされた夜、結花は嬉しそうな顔で家に帰ってきました。
それから、結婚式の日を心待ちにしておりました。
本当は、洋装でのお式を希望していたんですよ、あの子。
マーメイドラインというのかしら。芸能人の誰かが着たドレスを使いたいって考えていたみたいです。
でもある日、結婚相談所の人から和装を強く勧められたんです。
あれは、婚約が決まったことを報告しに、あの子と一緒に結婚相談所に行った帰りでした。
私たちが籠目原さんのところの建物から出た途端、向かいのハンバーガー屋さんから女の人が飛び出してきて、
『式ではぜひ白無垢をお召しになってください』
なんて言ってきて……。
その女の人、籠目原結婚相談所で働く着付け師の方だったんです。お名前は……そうそう、田代志津さん。
志津さん曰く、結花の顔を見て、白無垢が似合うって思ったんですって。確かにあの子は、日本人形みたいに控えめな顔立ちですからね。
とにかく、志津さんにかなり強く白無垢を勧められました。『なんなら着付けの料金は自分が全部持つから』とまで言ってくださったから、私たちは和装でのお式を承諾したんです。
お式の当日、志津さんはまず、私に黒留袖を着せてくださいました。
そのあとはいよいよ、結花の番です。
お支度の様子は私も傍で見ていましたが、志津さんは、それはそれは丁寧に白無垢を着せてくださいました。腰紐一本締めるのにも、じわりじわりと、肌になじませるみたいにして……。
結花本人は、とても着心地がいいと言っていました。
仕上がりも見事でした。結花はあんなに和装の似合う子だったんですね。高島田に結い上げた髪と相まって、まさに花嫁の中の花嫁、という感じでしたよ。自分の娘なのに、褒めすぎかしら……。
でも、本当に素晴らしかったんです。お着付けをしてくださった志津さんも、感動で手が震えちゃって。
結花にお祝いのカードか何かを渡してくれたんですけど、一度それを取り落とすくらい感極まっていらっしゃいました。
赤い封筒に入ったそのカードは、結局、結花が自分で拾い上げました。
封筒の表に、見慣れない文字が書いてありましたね。
聞けば、志津さんの母親は香港だか台湾だか、そのあたりにルーツがある方らしくて。封筒に書かれているのはそちらのおまじないの言葉らしいです。
文字の意味は私も結花もさっぱり分かりませんでしたけど、お祝いのお気持ちということで受け取っておきました。
素晴らしいお着付けをしてくださったお陰で、神社でのお式は滞りなく進みました。
そのあとは場所を料亭に移して披露宴を兼ねた食事会をしたんですけど、こちらも特に問題なく終わって……。
式の五日後が義久さんのお誕生日なので、入籍はその日にすることになっておりました。
でも、その前に結花が……結花が……!
(※ライター注 お母さまが泣いてインタビュー一時中断)
ごめんなさいね、泣いてしまって。
あの子がいなくなって半年以上経つのに、私、まだ受け止めきれていなくて……毎日涙が出るんです。
でも、一番ショックを受けているのはきっと、お相手の義久さんでしょう。
だって結花は、死の直前に『あんな言葉』を残していたんですもの。
ええ、そうです。SNSに遺書めいた投稿がされていたんです。
それだけじゃなくて、義久さんの話では、式のあと、新居に二人で行ったときから結花の様子が少し変だったようで……。
警察は、いわゆるマリッジブルーだったんじゃないかと言っています。
結婚のプレッシャーで心が弱ったせいで、結花は自ら死を選んだんだって……。
私はそうとは思えません。
親たちが外堀を埋める形にはなりましたけど、それでも結花は、義久さんと人生を共にすると自分でしっかり決めたんです。
だから、プロポーズを受けた。
なのにあの子はなぜ、最期にあんな言葉を残したのかしら……。

