翌朝、私はスマホのアラームで目覚めました。
 頭が少し痛いのは、飲みすぎたのが原因でしょう。
 水道水をコップに注いで一気飲みし、シャワーを浴び、ドライヤーで髪を乾かします。

 その間に日奈子から連絡が来ていました。
 二日酔いが苦しすぎるので、講義は午後から受けるそうです。
 よくあることなのでスタンプで返信だけしておきました。
 そろそろ単位を落としそうなので、ちゃんと規則正しい生活を送ってほしいのものです。

 さっさと着替えた私は大学へと向かいます。
 時間はややギリギリですが、電車の遅延がなければ間に合うでしょう。
 ジョギングで駅に到着すると、ホームはスーツの会社員や学生でいっぱいでした。
 朝のこの時間が一番混み合うのです。
 これを見越して少し早めに出発すべきでしたが、二日酔いの頭ではそこまで気が回りませんでした。
 うんざりしつつも、私は大人しく列に並びました。

 スマホを取り出そうとしたところで、ふと向かい側のホームの端に目を向けました。
 電車の来ない位置に変な男が立っています。
 男は白シャツにズボンという恰好で、頭をほとんど直角まで下げて、上半身を揺らすように動かしていました。
 一連の動作は小刻みにお辞儀をしているように見えます。

 昨晩の日奈子との飲み会を思い出した私は、小声で無意識に呟きました。

「あっ、お辞儀さん」

 男の動きが止まりました。
 ここは混雑した駅のホームです。
 私の呟きなんて絶対に聞こえる距離ではないのに、なんとなく「見つかってしまった」と伝わりました。

 私は男から目を離せませんでした。
 彼がこれから何をするか、興味を抱いたのです。
 男は頭を下げたまま、ゆっくりとこちらを振り返りました。
 顔の見える角度ではありませんが、明らかに視線を感じます。

 男が上体を起こす瞬間、目の前に電車が到着し、私の視界を遮りました。
 私は押し込まれるようにして車内に乗り込みます。
 電車はすぐに発進し、男の姿は見えなくなりました。

 私は自分の鼓動が速まっていることに気付きました。
 まるで全力疾走の直後のようです。
 昨晩聞いた都市伝説に酷似した人間を発見し、純粋に感心していたのです。
 ホラー好きの身からすると嬉しい偶然でした。

 後で日奈子に報告しないといけません。
 この時の私は、満員電車で潰されながらも喜びを感じていました。