私は怖い話が好きです。
 特にインターネットでマイナーなエピソードを漁るのが趣味です。
 動画や漫画も好きですが、一番はテキストのみの怪談です。
 視覚的な分かりやすい恐怖より、こちらの想像力を利用する小説媒体が好みでした。

 その日も私はいくつかのサイトで怪談を探していました。
 玉石混交ともいえる状態から地道にチェックする作業は大変ですが、このワクワク感を楽しんでいる所もあります。
 誰が書いたかも分からないチープなエピソードの中に、時折びっくりするほど怖い作品が紛れているのです。
 そういう隠れた傑作を見つけた日は興奮して眠れなくなります。

 ある時、私は奇妙な存在を見つけました。
 それは「忌村さん」です。
 短編小説に出てきた忌村さんは、登場人物に恐怖を与えるキャラクターとして登場していました。

 別にこれだけなら気に留めるものはありません。
 不思議なのは、忌村さんが他のサイトでも散見されたことです。
 投稿者の名前はバラバラで、エピソード同士の繋がりも皆無でしたが、いずれの怪談にも忌村さんはいました。
 正体不明で同じ言葉を繰り返し、いつも微笑んでいる人物として描写されていました。

 興味を持った私は、「忌村さん」という言葉をピンポイントで検索してみました。
 すると怪談以外のサイトもヒットしました。
 個人ブログ、SNS、動画サイトのコメント欄、飲食店の口コミ、バイトの募集欄、ネット小説の感想欄、市役所の公式サイト……とにかく多種多様で列挙し切れないほどです。
 場所や時期にもまるで統一感が無く、古いページだと二十年以上前、新しいと二日前にも忌村さんの名前が登場しています。
 いずれも忌村さんについて注意喚起をしていました。

 これは個人のイタズラとは到底考えられない規模です。
 私はすっかり忌村さん探しに夢中になりました。
 仕事から帰ったらすぐにパソコンを開き、インターネットの海に埋没する忌村さんに関する記述を集めるのが日課となりました。
 そうして独自の考察を加えて資料としてまとめるのです。
 ただの自己満足ですが、気分だけは探偵か刑事でした。

 新たな異変が生じたのは半年前です。
 視界の中で絶えず何かが動くようになりました。
 それは何かの隙間だったり、物陰だったり、暗がりだったり、見えづらい場所に出現します。
 眼下に行きましたが異常はないそうです。

 それが気になりすぎて仕事に支障を来たすようになった頃、私は動く何かにライトを向けました。
 照らし出されたのは忌村さんでした。
 目だけは大きく開いて、穏やかに微笑んでこちらを見ていました。
 瞬きをした瞬間、忌村さんは消えましたが、また別の場所がごそごそと動き出します。

 忌村さんは常に私に付きまとうようになりました。
 自宅にいても、職場にいても、旅行をしても、引っ越しをしてもずっとついてくるのです。
 しかも次第に大胆になり、姿を隠すことがなくなってきました。
 今もそばに立ってこの文章を覗いてくるのです。

 どうやら私は、越えてはならない領域に踏み込んだようです。
 忌村さんについて知ろうとするあまり、見つかってしまったのでしょう。

 どうしてこんなことをしてしまったのだろう。
 引き返せるうちにやめるべきだった。
 何度目になるか分からない後悔を抱きながら、私は忌村さんに見られています。

 もしこの文章を読んでいる方がいたら、決して忌村さんを知ろうとしないでください。
 すぐに忘れてください。
 私のように手遅れになってはいけません。
 これは注意喚起です。
 お願いします。

 私はこれから自宅のマンションの屋上から飛び降りるつもりです。
 懸命に耐えて解決策を探しましたがもう限界です。
 死ぬことで解放されることを祈るばかりです。

 皆様も忌村さんにはご注意ください。