最初に忌村さんと出会ったのは、僕が小学生の時です。
 その日の僕は宿題を忘れたのが原因で先生に叱られ、放課後までずっと泣いていました。
 帰り道も飽きずに泣いていると、ティッシュ配りをする忌村さんと遭遇したのです。

 僕は差し出されたポケットティッシュで涙を拭きました。
 そこに入っていた小さなチラシには、「忌村」という文字だけが記されていました。
 だから僕はティッシュをくれたその人を忌村さんと呼んでいます。
 当時、僕は忌村さんを単なる優しい人だと思っていました。

 次に忌村さんと出会ったのは中学生の時です。
 僕は部活動の帰り道で、またティッシュ配りをしているところを見つけました。
 前回から何年も経っていた上、場所も時間もまったく違うため、僕は忌村さんのことをすっかり忘れていました。
 ティッシュに同封されていたチラシを見て、ようやく思い出しました。
 振り返ると忌村さんの姿は消えていました。

 その次に出会ったのは高校生の時です。
 大学受験に向かう途中、最寄りの駅に忌村さんはいました。
 やはりティッシュ配りをしています。

 三度目にもなると、ちょっと変な感じがしました。
 なんとなく怖くなった僕は、遠回りして忌村さんを避けて電車に乗りました。

 ところが受験会場のある駅に着いて、改札を出たところに忌村さんはいました。
 タイミング的に追い抜かすのは無理だと思います。
 ありえない光景に僕は立ち止まりますが、ラッシュ時の混雑に押される形でティッシュを受け取ってしまいました。
 受験中、忌村さんのことで気が散っていたものの、第一志望の大学には合格できました。

 その後も忌村さんとは人生の端々で遭遇しました。
 忌村さんはいつもティッシュ配りをしています。
 何も言わず、ただポケットティッシュを渡してくるのです。

 ティッシュを受け取らなかったり、近付かないように離れても、忌村さんは瞬間移動でもしたかのように先回りしてきます。
 その現象はティッシュを受け取るまで続くのです。
 最も驚いたのは、自宅でくしゃみをした時でした。
 気が付くと背後に忌村さんがいて、独特の微笑でティッシュを渡してくるのです。
 それ以来、僕は忌村さんのティッシュを必ず受け取るようにしています。

 今では僕も四人家族の父です。
 忌村さんとは、先週もショッピングモールで会いました。
 渡されたティッシュを僕は「ありがとうございます」と慣れた調子で受け取ります。
 娘達も笑顔で受け取っていました。

 きっと十年後も、二十年後も忌村さんはティッシュ配りをしているのでしょう。
 もしかすると、娘達にも付きまとうつもりかもしれませんね。
 ひどく不気味で恐ろしい存在ですが、実害はないので黙認しようと思います。
 ただ、ティッシュの受け取りを無視し続けるとどうなるか分かりません。
 それを試す勇気が私にはありませんでした。

 皆様も忌村さんにはご注意ください。