隣人の忌村さんは、いつも私が出かけるタイミングで家から現れます。
 そして「こんにちは」と穏やかに挨拶するのです。
 偶然では片付けられない頻度で鉢合わせるので、きっと狙ってやっているのでしょう。 
 気味が悪いのでやめてほしいのですが、それを言う勇気がありませんでした。
 万が一、逆上された時に何かされそうで恐ろしかったのです。

 ある日、玄関で靴を履いていた時、私は誰かの視線を感じました。
 最初は気のせいと思いましたが、確かに見られています。

 私は玄関を見回し、壁に固定された姿見に注目しました。
 この姿見は入居前からあり、私が購入したものではありません。
 前の住人が忘れていった私物か、部屋に元から設置されたものなのでしょう。
 契約時にも特に説明がなかったので、真相は定かではありません。

 とにかく嫌な予感がした私は、姿見の枠に手をかけて引っ張りました。
 壁紙が少し破れましたが、姿見は存外あっけなく外れました。

 そこには隣室と繋がる長方形の穴がありました。
 穴の向こうでは、忌村さんが椅子に座っていました。
 こちらをじっと凝視する目はカッと開かれていましたが、なぜか穏やかな笑みを浮かべています。
 凍り付く私に対して、忌村さんは平然と「こんにちは」と言いました。

 私は姿見を放り投げて外に飛び出しました。
 同じタイミングで忌村さんも部屋から出て、また「こんにちは」と挨拶してきました。

 私は悲鳴を上げてアパートから逃げました。
 その後のことはあまり憶えておらず、気が付くと警察に保護されていました。
 私は二度とアパートに戻ることなく引っ越しました。

 玄関の姿見は、おそらくマジックミラーになっていたのでしょう。
 忌村さんは壁の向こうで私を監視していたのだと思います。
 何が目的か分かりませんが、もう会いたくないです。

 皆様も忌村さんにご注意ください。