主役の君と脇役の夕暮れ





 練習が終わって着替えを済ませ、日那ちゃんといつも通り教室へと戻る。


 「練習どうだったー?」

 「…まぁぼちぼちかな。日那ちゃんは?」

 「バトンパス難しかったー!でも楽しかったよ」

 「そっか…」

 ルンルンとスキップしそうな勢いで話す日那ちゃんに、少しだけ怒りが込み上げてくる。

 「リレーの順番決めてたんだけどね、千昼が…」

 「…千昼って、染夜さん?」

 「そうそう!」

 …もう、下の名前で呼んでるんだ。

 出そうになった言葉をぐっと飲み込む。

 「それでね、千昼が『日那アンカー走ったら?』とか言ってきてさ~」

 「日那ちゃん、足速いもんね」

 「えー速くないよ~」

 謙遜した様子で、日那ちゃんは言う。私は日那ちゃんから少し、視線をそらした。

 「速いじゃん」

 出た声は思ったよりも低くて、日那ちゃんの耳にも届いたみたいだった。

 「玲ちゃん、何か怒ってる?」

 日那ちゃんの声にハッとする。

 私はパッと隣にいる日那ちゃんを見た。

 「怒ってないよ!ただ日那ちゃん、本当に足速いから羨ましいなって思っただけ」

 「そっか、良かった~。怒らせちゃったかと思ったよ~」

 「ごめんごめん、全然怒ってないよ!」

 口角をあげて、日那ちゃんに伝える。日那ちゃんは安心したように、また話し出した。

 教室につくと、日那ちゃんと別れ自分の席に着く。

 ーー大丈夫。落ち着け。

 私は深く深呼吸した。


 それからの授業はまったく集中できなくて、長く感じた。

 やっと日が傾いて、放課後のチャイムが鳴る。

 ここでいつもなら、日那ちゃんが「玲ちゃん帰ろう!」って来るはずなのに、今日はなかなか来ない。

 チラッと見ると、朝一緒に練習していた子たちと仲良さげに話していた。

 …染夜さんもいる。
 
 染夜さんは、日那ちゃんの肩に腕を回していた。

 ーー距離、近すぎるでしょ。

 勝手にそう思ってしまう。

 私はそんな日那ちゃんたちを視界の端に捉えながら、教科書や筆箱をいつもよりも丁寧に時間をかけて鞄にいれた。

 それでも、会話は終わっていない。

 ーーいつ終わるんだろう。

 もう準備し終わったのに、終わる気配がなかった。

 私は静かにため息をはく。

 このまま一人で帰ろうかな。いや、でも日那ちゃんといつも一緒に帰っているし。

 鞄を開けては閉めてを繰り返す。

 何の意味も持たない無駄な時間。ぼーっとしていると、ふと頭に思い浮かんだ。





 *




 校庭で待っていると、やって来た日那ちゃん。その隣には私じゃない人がいる。

 「日那ちゃん、遅かったね」

 少しぶっきらぼうに言うと、日那ちゃんは不思議そうに首をかしげた。

 「…私、別に玲ちゃんと一緒に帰ろうって約束してないよね?」
 
 何で待ってるの。と言わんばかりに嫌そうな顔をされた。

 「…っ」

 ドキドキと胸が嫌な音をたて、私は逃げるように立ち去った。

 後ろからは日那ちゃんが他の誰かと楽しそうに話しながら歩く声が聞こえる。

 いつも私が隣だったのにーー。





 *





 ハッとして顔をあげると、日那ちゃんが不思議そうに首をかしげていた。

 私はごくりと唾を飲む。嫌な汗が流れた。

 だけど日那ちゃんはパッと笑顔になる。

 「やっと気づいてくれたー!玲ちゃん、お待たせ!帰ろう~」

 日那ちゃんはすでに鞄を持っていて、私も慌てて鞄を持つ。

 下駄箱に向かう途中も、校舎を出た後も私の胸は嫌な音をたてたままだった。

 もしかしたら、後ろから誰か来るかもしれない。「日那一緒に帰ろう」って声をかけられたら、どうしよう。

 それで、その人と一緒に帰ることになったら。私はきっと、一人になってしまう。

 じわりと、手汗が滲む。


 だけど、そんな心配は学校から離れるにつれて徐々に薄れていった。

 「見て!玲ちゃん。今日の夕日めっちゃ赤くない?」

 日那ちゃんが指を差した先に見えた、真っ赤な夕日。

 「本当だ。…綺麗だね」

 「だね~。ねぇ、玲ちゃん写真撮ろ!」

 日那ちゃんはスマホを取り出すと、横向きにして腕を伸ばす。

 「ほら、玲ちゃんも入って!」

 日那ちゃんに促され、私もそのカメラに入るように映った。

 夕日をバックにパシャっと撮られた一枚。

 日那ちゃんは確認すると、ぷっと吹き出す。私も画面を覗くと、思ったよりも暗かった写真に思わず笑いがこみ上げた。

 「…めっちゃ逆光じゃん」

 「だよね~。全然気づかなかった!」

 二人でお腹を抱えて笑う。そんなにたいした内容でもないのに、おかしくてしばらく笑いあっていた。


 ーーずっとこんな時間が続けばいいのに。


 日那ちゃんは、目の端から出た涙を、はぁっーと一息つきながら拭うとまた腕を伸ばした。

 「もう一回撮ろ!」

 今度はちゃんと、夕日に向かい合って腕を伸ばしている。

 「ねぇ、それじゃあ、夕日関係なくない?」

 「いいのいいの!夕日はあとで単体で撮るから!」

 夕日の光を浴びて、パシャっと撮られた一枚。


 日那ちゃんがまた確認すると、今度は満足げに微笑む。

 「見て~!今度は盛れたよ!」

 画面には、夕日の光を浴びてキラキラと輝く笑顔の姿が映っていた。

 「…うん、いいね」

 だけど私はすぐに目をそらした。

 「じゃあ、あとで玲ちゃんにも送るね!」




 日那ちゃんと別れた後、一人で駅のベンチに座る。

 ピコンと音がして、ゆっくりとスマホを確認した。


 【南 日那が画像を送信しました】



 開きたくなかったけど、無視するわけにはいかない。返信するために日那ちゃんとのトーク画面を開いた。

 そのときに見えたツーショットの写真。丁寧に逆光の写真も送られてきていた。

 逆光だけの写真だったら、何も見えなくて良かったのに。

 送られてきた写真をタップしてスクロールする。

 夕日の光を浴びて映った写真。

 日那ちゃんは映りが良くて、可愛い笑みを浮かべている。それなのに、私はーー。

 画面に映る自分を見ていられなくて、日那ちゃんに適当にスタンプを返したあと、すぐにスマホを伏せた。

 相変わらず真っ赤に燃える夕日を睨む。

 全部全部夕日のせいだ。

 こんなに真っ赤に燃えてなかったら、写真を撮らなくて良かったし、自分が醜いだなんて思わなくて良かった。

 せめて、せめてそんなに輝いてるなら私にも光を照らしてくれたら良かったのに。

 写真のなかで、光は日那ちゃんばかり選んでいた。

 ーー夕日も日那ちゃんの味方なんだ。

 こんなの不平等でしょ。

 私のなかでふつふつと黒い感情が芽生えだした。

 それに反発するように夕日はより一層輝いた。

 気づかないふりをして、感情を必死に抑えようとするけど、夕日が輝くたびに、溢れ出しそうになる。


 それはまるで、長い夜の始まりのようだった。