「今日、体育祭の種目決めがあるらしいよ~」
更衣室に行く途中、日那ちゃんが呟いた。
「そっか、もう五月だもんね」
「うーん」
「…どうしたの?」
「ううん、別に!」
日那ちゃんは更衣室に入ると、自分のロッカーへと移動した。
私も自分のロッカーへと移動して着替える。
更衣室を出ると、先に着替え終わった日那ちゃんが待っていた。
「玲ちゃん、行こう!」
「うん!」
二人で並んで、体育館へと向かう。
チャイムが鳴り、体育教師の山田先生があくびをしながらやって来た。
「なんか、あの先生いつも怠そうだよね」
日那ちゃんがボソッと耳打ちしてくる。
「そうだね」
号令をすると、山田先生はゆったりと話し出した。
「今日は体育祭の種目決めるから。じゃあそれぞれ話しあえー」
その様子を見て、また日那ちゃんがボソッと言う。
「…緩すぎない?」
「うん、緩い」
そんな会話をしていると、クラス委員の声が聞こえた。
「皆、こっちに集まってー」
日那ちゃんと皆が集まってる近くに移動して、床に座る。
クラス委員が体育館の倉庫から小さい黒板を持ってきて、スラスラと種目を書いていった。
その様子を見ながら、私は心のなかでため息をつく。
「私あんまり好きじゃないなー。体育祭」
思わず声に出てしまったかと思った。だけど声を発したのは私ではなく隣に座る日那ちゃんだった。
いつもより、少し低い声だった。日那ちゃんの顔を見て、一瞬言葉を失う。
「…どうして?」
「えーだって疲れるじゃーん!」
パッといつもの笑顔を浮かべ明るく笑う日那ちゃん。声もいつも通りに戻っている。さっきのはなんだったのだろう。
気になるけど、それよりも日那ちゃんと同じで嬉しい気持ちの方が勝った。
「だよね、私も苦手」
「嬉しい!玲ちゃんと一緒だ」
大袈裟に喜ぶ日那ちゃんに思わず笑みがこぼれる。
「それで、玲ちゃんどれにする?」
黒板に向き直るとすでに種目が書かれていた。
・リレー
・100m走
・綱引き
・ムカデ競走
・二人三脚リレー
・大縄跳び
・応援合戦
リレーは絶対にやりたくない。走るの遅いし。このなかだったら、
「綱引きがいいな」
「だよねー!私もあんまり目立ちたくないから綱引きにしようかな」
クラス委員が黒板から私たちの方へと向き直る。
「それではこのなかから出たい種目に手を挙げてください」
クラス委員は順番に種目をよみあげては、黒板に名前を書いていく。
「では綱引きがいい人ー?」
クラス委員の発言に多くの手があがる。綱引きに出場できるのは七人。今、手をあげているのは十人くらいだった。
もちろん私もそして日那ちゃんも手を挙げている。手を挙げているのは仲の良い二人組や三人組が多かった。
「それではじゃんけんしてください」
譲り合いでも決まらなかった。それはそうだろう。皆、仲の良い人と離れたくないんだ。
運命のじゃんけん。こんなに勝ちたいと思ったことはないだろう。何回かあいこを繰り返し、私は序盤で勝つことができた。
ほっと胸を撫で下ろす。
「玲ちゃんいいなー!」
だけど、日那ちゃんの声で一気にその安心は消え去った。
日那ちゃんは負け残っている。
私は、日那ちゃんがいないと勝っても意味ないのに。
最後の一枠。日那ちゃんが勝ちますように…。心の中で祈りながら勝敗を見守る。
「じゃんけんぽん!」
日那ちゃんが出したのはパー。相手はチョキだった。
「ごめん、玲ちゃん。負けたー」
「惜しかったね」
どうして負けるの。日那ちゃんが負けたら離ればなれじゃん。
日那ちゃんを責めるのは間違いだってわかっているのに、それでも日那ちゃんがいないと私は…。
日那ちゃんに勝った子はすぐさま仲の良い子の元へと駆け寄る。キャッキャと喜ぶ姿が嫌でも目に入ってきた。
じゃんけんなんて運だってわかってる。だけど私は不安で胸がいっぱいになった。
じゃんけんで負けた日那ちゃんは結局リレーの選手に選ばれた。
誰もやりたがらなかったリレー。なかなか決まらず最終的には四月に行った体力テストでタイムが速かった子たちが選ばれた。
「リレーか…」
そう呟く日那ちゃんの横顔は憂鬱そうで。慰めの言葉をかけようかと思った。
だけど、何も言葉が出なかった。
*
次の日から体育祭の練習が本格的に始まった。朝はまだ肌寒い。
ジャージを着るか迷ったけど、日那ちゃんが着ていたから私も着た。
グラウンドにつくと、他にもジャージを着た生徒がいてほっとする。
寒いねと腕を擦る日那ちゃんは相変わらず可愛い。身長は私とさほど変わらないのに、守ってあげたくなるような私にはない魅力。
たった数ヵ月だけど日那ちゃんの隣にいてどこまでも完璧なんだと思いしらされた。それと同時に誇らしかったんだ。
今だってクラスの男子たちがチラチラとこちらを見てくる。その視線の先にいるのはきまって日那ちゃん。
誰も私とは目が合わない。
「南さん寒いの?俺のジャージ貸そうか?」
「ありがとう。大丈夫!」
通りがかった二人組の男子のうち、一人が日那ちゃんに話しかける。その様子をぼんやりと眺めているともう一人の男子とふいに目があった。
「…」
だけどその男子はだるそうに顔を背ける。
「なぁ、もう行こうぜ」
「なんだよ夕侑ー!俺、まだ南さんと喋ってるんですけど!」
「知らねーよ。行くぞ」
同じクラスの海藤くんと…北川 夕侑。
夕侑は海藤くんを強引に引きずりながら連れて行ってしまった。相変わらず横暴なところは変わっていない。
海藤くんは「南さんまた話そうねー!」なんて叫んでいる。
日那ちゃんはそれに応えるように笑顔で手を振っていた。
私は思わず俯いてしまう。
「玲ちゃんどうしたの?」
日那ちゃんが覗き込むようにして訊ねてきた。
私はこみあげてきそうなものを隠すようにしゃがみこんでほどけてもいない靴ひもに手をかける。
結び終えた靴ひもはほどく前よりも歪になった。
「ごめん、靴ひもがほどけてて」
笑いながらゆっくりと立ち上がる。明るく言ったつもりだったけど声が震えているのが嫌でもわかった。
「南さーん!」
そのとき、遠くから日那ちゃんを呼ぶ声が聞こえた。振り返るとそこにはリレーに選ばれたメンバーたちが日那ちゃんを呼んでいた。
「こっち来てー!練習しよー!」
日那ちゃんはその呼びかけに応えると、「またね、玲ちゃん」と走ってその輪へと混ざっていった。
私も綱引きのメンバーたちの元へと歩く。もう皆、集まっていた。
輪に近づいても、誰もこちらを見ない。
綱が用意されて、やがて練習が始まる。
太くてゴツゴツとした綱を持つのは痛かった。手がヒリヒリとしてくる。
でもそれよりも辛かったのは話し相手がいないことだった。
私の隣は、空いている。
ーーここに日那ちゃんがいたら。
私も楽しく競技に打ち込めていたのにな。なんだか虚しくなってくる。
ふとグラウンドの外側で練習していた日那ちゃんたちが目にはいった。
リレーメンバーは完全に一軍のグループ。私があそこに放り込まれたら、ここよりもやっていけないだろう。なのに、どうして
「ちょっと日那なにしてんのー」
「ごめんごめん、バトンパス難しくて!」
どうして、そんなに楽しそうなの。どうして、そんなに馴染めてるの。
赤くなった手の痛みなんてどうでもよくなった。
嘘つき。
好きじゃないって言ったじゃん。
同じだと思ってたのに。
ーー違ったんだ。

