「それでは試験生は外に出てください」
初めて会ったのは、高校の入学試験のときだった。
試験の合間、私たちは教室の外に出る。廊下側の席で試験を受けていた私は、速やかに教室をでた。
違う制服を身に纏った知らない人たち。試験という独特の空間。私はゆっくりと胸のあたりを擦り、深呼吸をする。
早く終わってほしい。廊下に立って次の試験が始まるまで私はゆっくりと目を閉じる。
ざわざわと音がして、他の受験生も出てきた。人が多くなり、さっきまで抑えていたものがまたこみ上げてきそうだった。なんとか開いていた窓の方へと移動し息をはく。ふーっと安心したそのとき、私は誰かに足を軽く踏まれた。
「あっ、すみません!」
私の足を踏んだ女の子は勢いよく頭を下げる。大丈夫ですと答えると、女の子は安心したように笑った。
女の子は去ることなく、私の隣にならんだ。沈黙の時間が流れる。
気まずい。そう思いながらも気になってちらりと視線を向けてしまう。
女の子はとても整った顔立ちをしていた。
制服も紺色の至って普通な私とは違って、明るいグレーの制服に赤いリボンをつけている。リボンをつけている中学生はこの田舎にしては珍しかった。
だから気になって
「それ、どうやってつけるんですか?」
気づいたら、そう声をかけていた。
その瞬間、強い風が中へと入ってくる。冷たい風を遮断するように勢いよく窓を閉め、冷静になった。
何を言ってるんだ私は。急に話しかけて。
それでも話してみたいと思った。直感的にこの子と友達になりたいと思ってしまった。
今思えば、このときから始まっていたのかもしれない。
女の子は少し驚きつつも笑顔で教えてくれた。
この女の子が日那ちゃんだった。名前は入学式で再会したときに知った。
「久しぶり!」
後ろから声をかけられ振り返ると、同じ制服を着た日那ちゃんが笑っていた。
私たちの学科はクラスが一つだけ。だから三年間同じクラスメイト。
誰と仲良くなるか、それだけでこの三年間が大きく変わることは痛いほどよくわかる。
ーーもう中学の頃みたいにはなりたくない。
だけど、友達作りでクラスの人が探り探りぎこちなく過ごしていた四月も、私は怖くなかった。むしろ優越感に浸っていたくらいだ。
だって今は日那ちゃんがいるから。私は一人じゃない。
日那ちゃんも他の子と仲良くする素振りなんてなかったし、同じはずだった。
でも、少しずつ時がたつにつれ感じていた。隣にいるからこそわかってきた。
日那ちゃんはきっと私とは住む世界が違うんだと。
*
「ねぇ、西原さん」
昼休み。日那ちゃんがトイレに行ったタイミングで朝の男子に声をかけられた。
「あのさ、朝のライブの話聞いてたよね?もし良かったらさ、譲ってくれない?」
目の前で手を合わせて声をかけてくる男子。
「俺、どうしても南さんとライブ行きたいんだよねー」
やっぱり。私に声をかけてくる理由なんて日那ちゃんしかないよね。
でも私だって日那ちゃんとライブに行きたい。
ぐっと拳を握り、目の前の男子を見つめる。意を決して口を開こうとした。
その瞬間、視界の端にあいつが映った。ドクンと心臓が嫌な音をたてる。
「…っ」
出そうとした声は、喉の奥に詰まって出なくなった。
「西原さん?」
目の前の男子は急に俯いた私を不思議がる。
近づいてきた足音にチラッと目を向ければ、あいつがわざとらしく目の前の男子にぶつかった。
「邪魔」
相変わらず横暴なところは変わっていない。
「おぉ、ごめん夕侑」
夕侑はチッと舌打ちをしたあと購買で買ったであろうパンを片手に自分の席へと戻っていった。
「…でさ、話の続きなんだけど」
「玲ちゃん、お待たせ~」
日那ちゃんの声がきこえて、朝の男子は慌てて振り返る。
「あれ?どうしたの?」
「南さん。…なんでもない!じゃあ!」
不思議そうに声をかけた日那ちゃんに男子はそう答えると周りの机に軽くぶつかりながら去っていった。
「玲ちゃん何か言われたの?大丈夫?」
私の顔を覗き込んで日那ちゃんが心配そうに声をかけてくる。
「…大丈夫」
出た声は自分でもわかるくらい震えていた。
『邪魔』
あの一言はまるで自分に言われているようだった。あの冷たい目は、きっともう忘れることはできない。
震える手を日那ちゃんにバレないように必死に抑えて、笑顔を作った。
…その様子を夕侑が見ているなんて知らずに。
