自分が押し切るような形で進めた「人間風メイク」の企画書だったのだが。
「候補に挙げたモデルさん、全員ボツですかあ……」
ため息まじりにそう言うマイケルに続き、佐和子も頭を抱えた。
「……極力先方の希望に沿った形に企画書はしているはずなんだけど」
鬼灯堂との打ち合わせの翌日。佐和子は話し合った内容をもとに、一気に企画書を書き上げた。要望通りの内容のはずだが、残念ながら先方からケチがついてしまった。
「雪女に、鬼、口裂け女でそれぞれ三人ずつ候補を出して、人間風メイクにもバリエーションを出せるようにしていますが。先方のコメントは『企画として目新しさがなく、モデルもバリエーションに欠ける』でしたねえ。電話しても詳しくは説明してくれないし。人間風メイクって企画自体が目新しいとは思うんですが。具体的になにがダメだったんでしょう」
「メイクアップアーティストは、先方で懇意にしている人がいるし。モデルが決まれば一気に進められるはずだったのに。とにかく、もう一度候補を考えてみるしかないか……」
「鳥海さん、大変申し上げにくいのですが……」
マイケルが時計を見る、すでにインターンである彼の拘束時間を過ぎていた。
「あ、ごめんなさい! あとは私がやっておくので。マイケルさんは帰ってください」
「すみません……。鳥海さんも、あまり遅くなってはダメですよ。夜道は危ないですからね」
心配顔でこちらを見るマイケルに弱々しく手を振りつつ、佐和子はパソコンの画面に視線を戻す。
——雪女と鬼、口裂け女って、全然違うあやかしだよね。どうしてバリエーションに乏しいっていう感想になるの?
過去に同じような企画をやったことがないか刹那に聞いてみたが、そもそも広告企画自体を積極的に受けて来なかったらしい。さすが地代収入が主たる基盤の媒体である。
改善に向けてヒントを探そうと、鬼灯堂のウェブサイトを開いてみた。自分のスマホやパソコンからアクセスしても見られないのだが、編集室のネット環境からアクセスすると、さまざまなあやかし界のホームページにアクセスすることができる。
黒と赤を基調としたランディングページを見ながら、佐和子はため息をついた。
なにも浮かばない。目を使う作業ばかりしていたせいか、頭も痛かった。眉間を指で揉みながら、肺の中の空気を一気に吐き出し平常心を取り戻そうとする。なんとか知恵を絞り出さなければと、あやかしのタレントデータベースを見つつ、椿からもらった資料を見つつ、企画書を見る。
それを繰り返しているうち、人間の世界で勤めていた頃を思い出していた。
『あんたが出した損失、わかってる? またプロジェクトを任せたところで、同じことになるに決まってるじゃない』
一度の失敗で、自分は欠陥品のレッテルを貼られてしまった。それ以降は雑用係に徹し、懸命に働くもふたたびチャンスを与えられることはなかった。
『あとから入ってきた他の子はもういくつも製品任されてるのに。鳥海さんはね、努力が足りないの。言われたことをやってるだけじゃあ、認めてもらえないよ』
『あなたのために言うけど。もうマーケやめた方がいいんじゃないの?』
浴びせられた言葉が頭の中でぐるぐる回る。焦燥感が心を突き上げ、心臓がバクバクと鳴った。震える両手を握りしめ、必死に息をする。
——自分でやるって言ったんじゃない。ここで逃げたら絶対ダメ。また失望されちゃう。
「どうだい、鬼灯堂の進捗は」
誰かに声をかけられて、飛び上がった。刹那の席にいつの間にか永徳が座っていたのだ。
「笹野屋さん、いつから……?」
「十分くらい前からかな。ちなみに、声をかけたのは二度目だよ」
机に頬杖をつきながら、永徳はにこりと笑う。
「ええっ。す、すみません……」
「うん、全然いいんだけど」
すでに編集室にいるのは佐和子だけ。他のあやかしたちは皆帰宅して、自席のパソコンだけが煌々と光を放っている。
「もう夜の十一時だけど。泊まっていくのかい? 夕食も食べてないんじゃないの?」
「あ……あの、朝まで頑張ってみてもいいでしょうか……」
「君、人間の会社にいた時も、ずっとこんな感じで働いてきたの?」
責めるような目線を向けられてたじろいだ。いつものほほんとしている彼が見せたことのない表情に、思わず目を伏せる。
「私は……実力がないので。人の何倍も時間を使わないと、満足のいく成果が出せないんです」
「そうかな。俺は決して、君は仕事ができないとは思わないよ」
「でも。鬼灯堂の件も、モデル案の出し直しを要求されているわけですし」
「……鳥海さん。君は、なんでもかんでも自分で抱え込もうとする癖があるね。あとは、はっきり言ってしまえば視野が狭い。おまけに頑固だ」
永徳はそう言うと唇に笑みを宿した。
「いいかい。人でもあやかしでもそうだけど、『自分が優位になるように』皆仕事をしているんだということを忘れてはいけない。特にあやかしの広告クライアントなんてね、下請け相手のことなんか考えちゃいない。だから俺たちも、『自分が苦しまない範囲でできるように』仕事の線引きをしなければならない」
「はあ……」
「特に今回の鬼灯堂の件は厄介だねえ。納期が短い理由はなんだったっけ?」
「四月の、春のメイクのシーズンに間に合わせたいからだと……」
「四月の中旬で春メイク企画って遅くないかい?」
永徳の言葉に、佐和子は目を見開く。言われてみれば、雑誌などの特集も、少し早めの時期にこうした季節ものの特集を組んでいる。いくらオンラインといえど、春の話題として投稿するには時期が遅すぎる。
「……そう、ですね」
結果を求めるあまり、そんなことも見えなくなっていた自分を恥じた。
俯く佐和子を前に、永徳は言葉を続ける。
「これは単なる憶測だけど。たぶん既存の企画が潰れたとかで、予算があまったんじゃないかな。で、たまたま鳥海さんの記事を見て、『これだ』って。予算もったいないし、これに使えばいいじゃないかと。ちょっと春メイクにはぎりぎりだから、相手先に無理させて、と。だから俺は、こういうタイプの案件は基本受けない。社員に負荷がかかりすぎるからね」
永徳の考えが正しいとすれば、今回の案件は「ダメもと」で聞いてきた案件だったということ。それを佐和子はまんまと、先方の思惑に乗って進めてしまっているということだ。
——視野が狭い、か。
言われてみれば、そうなのかもしれない。
認められたい。その気持ちが自分の目を曇らせている気はする。
改めて冷静な分析を突きつけられ、自分の盲目さを浮き彫りにされ、佐和子はさらに深く項垂れた。
落ち込む佐和子の頭に、永徳の手が触れる。ポンポンと軽く叩くと、宥めるように話し始めた。
「鳥海さんは、よく『大丈夫』という言葉を使うねえ」
「はい……すみません」
「謝る必要はないよ。ただ、その『大丈夫』に、無意識に『自分が無理をすれば』という枕詞をつけているのはよろしくない」
「あ……」
永徳の言葉を噛み締め、自分のこれまでを振り返る。彼の言う通り、佐和子はどんな仕事においても、自分が無理をする想定で予定を組んでいた。受けもてる限界まで仕事をする上、変にプライドが高いために、人に助けを求めることもできず、結果として満足のいく仕事ができなかったり、途中で体を壊してスケジュールが押してしまうことがよくあった。
「余裕を作るのも仕事のうちさ。仕事は楽しいものだが、人生はそれだけではない。体が健康じゃなければ、いい仕事もできないしねえ……」
「で、でも……」
「君はもっと自分を大事にしないとダメだよ。そんなふうに無理やり結果を出すような仕事の仕方をしていたら、先方はどんどん無茶を要求してくる」
強い調子でそう言われて、佐和子は押しだまる。
「君は、『認められたい』という思いが強すぎて、自分で自分の首を締めているんだよ。本当にそんな働き方でいいのかい? 君が働く上での幸せは、本当に『人に認められる』ことなのか?」
まるで自分の心の奥底を暴かれたようだった。
居心地の悪さに、視線を思わずそらすと、永徳は佐和子の両肩に手を置いた。
「それにね」
急に距離を詰めてきた永徳に、佐和子はどきりとした。部屋の明かりを反射してか、青い瞳はオレンジ色の光を宿している。
双眸を細め、永徳は佐和子に向かって低い声で囁いた。
「今は下宿しているあやかしがいないからね。本気で嫁に来る気持ちが固まったならいいけど。迷っているなら独り身の男の家に遅くまでいてはいけないよ」
色気を含んだ言い方に、佐和子の顔は一気に赤くなった。
「さ、笹野屋さん……!」
佐和子の様子を楽しむように、永徳は爽やかに笑う。
「冗談だよ。無理強いをするような趣味はないからねえ。さあ、とにかく帰ろう。この件は、また明日の夕方話そうね。今日はゆっくり休んで。必要なら、明日の午前中も休んでもいいからね」
「候補に挙げたモデルさん、全員ボツですかあ……」
ため息まじりにそう言うマイケルに続き、佐和子も頭を抱えた。
「……極力先方の希望に沿った形に企画書はしているはずなんだけど」
鬼灯堂との打ち合わせの翌日。佐和子は話し合った内容をもとに、一気に企画書を書き上げた。要望通りの内容のはずだが、残念ながら先方からケチがついてしまった。
「雪女に、鬼、口裂け女でそれぞれ三人ずつ候補を出して、人間風メイクにもバリエーションを出せるようにしていますが。先方のコメントは『企画として目新しさがなく、モデルもバリエーションに欠ける』でしたねえ。電話しても詳しくは説明してくれないし。人間風メイクって企画自体が目新しいとは思うんですが。具体的になにがダメだったんでしょう」
「メイクアップアーティストは、先方で懇意にしている人がいるし。モデルが決まれば一気に進められるはずだったのに。とにかく、もう一度候補を考えてみるしかないか……」
「鳥海さん、大変申し上げにくいのですが……」
マイケルが時計を見る、すでにインターンである彼の拘束時間を過ぎていた。
「あ、ごめんなさい! あとは私がやっておくので。マイケルさんは帰ってください」
「すみません……。鳥海さんも、あまり遅くなってはダメですよ。夜道は危ないですからね」
心配顔でこちらを見るマイケルに弱々しく手を振りつつ、佐和子はパソコンの画面に視線を戻す。
——雪女と鬼、口裂け女って、全然違うあやかしだよね。どうしてバリエーションに乏しいっていう感想になるの?
過去に同じような企画をやったことがないか刹那に聞いてみたが、そもそも広告企画自体を積極的に受けて来なかったらしい。さすが地代収入が主たる基盤の媒体である。
改善に向けてヒントを探そうと、鬼灯堂のウェブサイトを開いてみた。自分のスマホやパソコンからアクセスしても見られないのだが、編集室のネット環境からアクセスすると、さまざまなあやかし界のホームページにアクセスすることができる。
黒と赤を基調としたランディングページを見ながら、佐和子はため息をついた。
なにも浮かばない。目を使う作業ばかりしていたせいか、頭も痛かった。眉間を指で揉みながら、肺の中の空気を一気に吐き出し平常心を取り戻そうとする。なんとか知恵を絞り出さなければと、あやかしのタレントデータベースを見つつ、椿からもらった資料を見つつ、企画書を見る。
それを繰り返しているうち、人間の世界で勤めていた頃を思い出していた。
『あんたが出した損失、わかってる? またプロジェクトを任せたところで、同じことになるに決まってるじゃない』
一度の失敗で、自分は欠陥品のレッテルを貼られてしまった。それ以降は雑用係に徹し、懸命に働くもふたたびチャンスを与えられることはなかった。
『あとから入ってきた他の子はもういくつも製品任されてるのに。鳥海さんはね、努力が足りないの。言われたことをやってるだけじゃあ、認めてもらえないよ』
『あなたのために言うけど。もうマーケやめた方がいいんじゃないの?』
浴びせられた言葉が頭の中でぐるぐる回る。焦燥感が心を突き上げ、心臓がバクバクと鳴った。震える両手を握りしめ、必死に息をする。
——自分でやるって言ったんじゃない。ここで逃げたら絶対ダメ。また失望されちゃう。
「どうだい、鬼灯堂の進捗は」
誰かに声をかけられて、飛び上がった。刹那の席にいつの間にか永徳が座っていたのだ。
「笹野屋さん、いつから……?」
「十分くらい前からかな。ちなみに、声をかけたのは二度目だよ」
机に頬杖をつきながら、永徳はにこりと笑う。
「ええっ。す、すみません……」
「うん、全然いいんだけど」
すでに編集室にいるのは佐和子だけ。他のあやかしたちは皆帰宅して、自席のパソコンだけが煌々と光を放っている。
「もう夜の十一時だけど。泊まっていくのかい? 夕食も食べてないんじゃないの?」
「あ……あの、朝まで頑張ってみてもいいでしょうか……」
「君、人間の会社にいた時も、ずっとこんな感じで働いてきたの?」
責めるような目線を向けられてたじろいだ。いつものほほんとしている彼が見せたことのない表情に、思わず目を伏せる。
「私は……実力がないので。人の何倍も時間を使わないと、満足のいく成果が出せないんです」
「そうかな。俺は決して、君は仕事ができないとは思わないよ」
「でも。鬼灯堂の件も、モデル案の出し直しを要求されているわけですし」
「……鳥海さん。君は、なんでもかんでも自分で抱え込もうとする癖があるね。あとは、はっきり言ってしまえば視野が狭い。おまけに頑固だ」
永徳はそう言うと唇に笑みを宿した。
「いいかい。人でもあやかしでもそうだけど、『自分が優位になるように』皆仕事をしているんだということを忘れてはいけない。特にあやかしの広告クライアントなんてね、下請け相手のことなんか考えちゃいない。だから俺たちも、『自分が苦しまない範囲でできるように』仕事の線引きをしなければならない」
「はあ……」
「特に今回の鬼灯堂の件は厄介だねえ。納期が短い理由はなんだったっけ?」
「四月の、春のメイクのシーズンに間に合わせたいからだと……」
「四月の中旬で春メイク企画って遅くないかい?」
永徳の言葉に、佐和子は目を見開く。言われてみれば、雑誌などの特集も、少し早めの時期にこうした季節ものの特集を組んでいる。いくらオンラインといえど、春の話題として投稿するには時期が遅すぎる。
「……そう、ですね」
結果を求めるあまり、そんなことも見えなくなっていた自分を恥じた。
俯く佐和子を前に、永徳は言葉を続ける。
「これは単なる憶測だけど。たぶん既存の企画が潰れたとかで、予算があまったんじゃないかな。で、たまたま鳥海さんの記事を見て、『これだ』って。予算もったいないし、これに使えばいいじゃないかと。ちょっと春メイクにはぎりぎりだから、相手先に無理させて、と。だから俺は、こういうタイプの案件は基本受けない。社員に負荷がかかりすぎるからね」
永徳の考えが正しいとすれば、今回の案件は「ダメもと」で聞いてきた案件だったということ。それを佐和子はまんまと、先方の思惑に乗って進めてしまっているということだ。
——視野が狭い、か。
言われてみれば、そうなのかもしれない。
認められたい。その気持ちが自分の目を曇らせている気はする。
改めて冷静な分析を突きつけられ、自分の盲目さを浮き彫りにされ、佐和子はさらに深く項垂れた。
落ち込む佐和子の頭に、永徳の手が触れる。ポンポンと軽く叩くと、宥めるように話し始めた。
「鳥海さんは、よく『大丈夫』という言葉を使うねえ」
「はい……すみません」
「謝る必要はないよ。ただ、その『大丈夫』に、無意識に『自分が無理をすれば』という枕詞をつけているのはよろしくない」
「あ……」
永徳の言葉を噛み締め、自分のこれまでを振り返る。彼の言う通り、佐和子はどんな仕事においても、自分が無理をする想定で予定を組んでいた。受けもてる限界まで仕事をする上、変にプライドが高いために、人に助けを求めることもできず、結果として満足のいく仕事ができなかったり、途中で体を壊してスケジュールが押してしまうことがよくあった。
「余裕を作るのも仕事のうちさ。仕事は楽しいものだが、人生はそれだけではない。体が健康じゃなければ、いい仕事もできないしねえ……」
「で、でも……」
「君はもっと自分を大事にしないとダメだよ。そんなふうに無理やり結果を出すような仕事の仕方をしていたら、先方はどんどん無茶を要求してくる」
強い調子でそう言われて、佐和子は押しだまる。
「君は、『認められたい』という思いが強すぎて、自分で自分の首を締めているんだよ。本当にそんな働き方でいいのかい? 君が働く上での幸せは、本当に『人に認められる』ことなのか?」
まるで自分の心の奥底を暴かれたようだった。
居心地の悪さに、視線を思わずそらすと、永徳は佐和子の両肩に手を置いた。
「それにね」
急に距離を詰めてきた永徳に、佐和子はどきりとした。部屋の明かりを反射してか、青い瞳はオレンジ色の光を宿している。
双眸を細め、永徳は佐和子に向かって低い声で囁いた。
「今は下宿しているあやかしがいないからね。本気で嫁に来る気持ちが固まったならいいけど。迷っているなら独り身の男の家に遅くまでいてはいけないよ」
色気を含んだ言い方に、佐和子の顔は一気に赤くなった。
「さ、笹野屋さん……!」
佐和子の様子を楽しむように、永徳は爽やかに笑う。
「冗談だよ。無理強いをするような趣味はないからねえ。さあ、とにかく帰ろう。この件は、また明日の夕方話そうね。今日はゆっくり休んで。必要なら、明日の午前中も休んでもいいからね」
