それから咲希は少しの期間、仕事を休んで離れで静養させてもらった。
元から宮は丘の上にあるが、その中でも特に高いところに緑に囲まれて白木造りの屋敷が佇んでいた。
静養の日々は、毎日がゆっくりとした時間で流れているようだった。少し冷たい空気を感じながら、日々広い庭を仰いでいた。ここは聖域のように、侍従や侍女も限られた者しか立ち入れないところらしく、出仕する街の者たちの声もめったにしなかった。
その日はほんのりと温かく、かぐわしい花の匂いがしていた。季節はもう冬に近づいているのに色鮮やかに緑は茂り、風さえ柔らかいように思えた。
咲希は今日、宮仕えの医師から大事な話を聞かされることになっていた。それを聞いて、宮様も同席すると言っていた。
咲希は身支度を整えて、座して待っていた。宮様もやって来て、静かに咲希の隣に腰を下ろす。
向き合った壮年の医師は、厳かに言葉を切り出す。
「……咲希様は妊娠されています。まだ極めて初期の状態です」
その答えは、ある程度予想していた。妊娠の兆候は、咲希も感じていた。
あふれたのは喜びだったが、中には不安もあった。一人だったら、泣いていたかもしれない。
宮様と二人で過ごした時間は、まだ半年に届かない。しかも身分違いで、彼が望まない事態ではないかと不安に駆られた。
咲希は隣に座る宮様にその思いを打ち明けようとして、ためらった。半分は彼の血を引く存在を、彼はどう受け止めるだろう。
けれど宮様の反応は、咲希が予想もしていなかったほど激しかった。
宮様の両手が咲希の手を包んだ。いつになく強い力に咲希が息を呑むと、彼は泣くように笑っていた。
「本当か。本当に……僕たちの間に、子どもが授かったんだな?」
宮様は彼にしては性急に、医師に言葉を投げかける。
「こうしてはおられない。住処を整えて、よく栄養を取って。咲希が少しでも健やかに過ごすにはどうしたらいい?」
医師は宮様の熱に、優しく言葉を返した。
「まだ日常生活を変える必要はありません。ゆっくり静養されながら、体調を整えていかれるといいでしょう」
わかったと宮様はうなずいて微笑んだ。彼は少し震えているようにも見えた。
医師が部屋を後にすると、咲希はいきなり宮様に抱きしめられた。息が詰まるくらいで、咲希は彼の興奮に反射的に身を固くしたほどだった。
「咲希……咲希。そうだ、君は天女だった。これ以上幸せになるなんて考えてなかった。夢じゃないだろうな」
「み、宮様、は」
咲希はまだ追いつかない実感の中で、探すように言葉を口にする。
「喜んでくださる……の?」
宮様は体を離して咲希の目を見返すと、彼自身が咲希に仕える身のように、彼女の手に頬を寄せた。
「どんな子でも、君との子ならば愛すと誓う。もう誰も僕たちを引き離せない」
咲希を見上げて、宮様は彼女の腹部にそっと手を当てる。
「だから僕の妃となって、生きてくれ。……咲希、君がくれる未来も、愛している」
咲希の中の不安がとろりと溶けて、お腹の中に宿った命に愛おしさを感じた瞬間だった。
元から宮は丘の上にあるが、その中でも特に高いところに緑に囲まれて白木造りの屋敷が佇んでいた。
静養の日々は、毎日がゆっくりとした時間で流れているようだった。少し冷たい空気を感じながら、日々広い庭を仰いでいた。ここは聖域のように、侍従や侍女も限られた者しか立ち入れないところらしく、出仕する街の者たちの声もめったにしなかった。
その日はほんのりと温かく、かぐわしい花の匂いがしていた。季節はもう冬に近づいているのに色鮮やかに緑は茂り、風さえ柔らかいように思えた。
咲希は今日、宮仕えの医師から大事な話を聞かされることになっていた。それを聞いて、宮様も同席すると言っていた。
咲希は身支度を整えて、座して待っていた。宮様もやって来て、静かに咲希の隣に腰を下ろす。
向き合った壮年の医師は、厳かに言葉を切り出す。
「……咲希様は妊娠されています。まだ極めて初期の状態です」
その答えは、ある程度予想していた。妊娠の兆候は、咲希も感じていた。
あふれたのは喜びだったが、中には不安もあった。一人だったら、泣いていたかもしれない。
宮様と二人で過ごした時間は、まだ半年に届かない。しかも身分違いで、彼が望まない事態ではないかと不安に駆られた。
咲希は隣に座る宮様にその思いを打ち明けようとして、ためらった。半分は彼の血を引く存在を、彼はどう受け止めるだろう。
けれど宮様の反応は、咲希が予想もしていなかったほど激しかった。
宮様の両手が咲希の手を包んだ。いつになく強い力に咲希が息を呑むと、彼は泣くように笑っていた。
「本当か。本当に……僕たちの間に、子どもが授かったんだな?」
宮様は彼にしては性急に、医師に言葉を投げかける。
「こうしてはおられない。住処を整えて、よく栄養を取って。咲希が少しでも健やかに過ごすにはどうしたらいい?」
医師は宮様の熱に、優しく言葉を返した。
「まだ日常生活を変える必要はありません。ゆっくり静養されながら、体調を整えていかれるといいでしょう」
わかったと宮様はうなずいて微笑んだ。彼は少し震えているようにも見えた。
医師が部屋を後にすると、咲希はいきなり宮様に抱きしめられた。息が詰まるくらいで、咲希は彼の興奮に反射的に身を固くしたほどだった。
「咲希……咲希。そうだ、君は天女だった。これ以上幸せになるなんて考えてなかった。夢じゃないだろうな」
「み、宮様、は」
咲希はまだ追いつかない実感の中で、探すように言葉を口にする。
「喜んでくださる……の?」
宮様は体を離して咲希の目を見返すと、彼自身が咲希に仕える身のように、彼女の手に頬を寄せた。
「どんな子でも、君との子ならば愛すと誓う。もう誰も僕たちを引き離せない」
咲希を見上げて、宮様は彼女の腹部にそっと手を当てる。
「だから僕の妃となって、生きてくれ。……咲希、君がくれる未来も、愛している」
咲希の中の不安がとろりと溶けて、お腹の中に宿った命に愛おしさを感じた瞬間だった。



