そして友達になってから二週間たったころ、一緒にお出かけすることになった。場所はハンバーガー屋さんだ。

 「はあ、美味しい」

 私はチーズバーガーを食べる。

 「おいしいよね。やっぱりファストフード店って偉大だー」

 そう十和子は言った。幸せそうな顔で。私も「ねー」と、返す。
 こんなに安い値段で満足に食べられるなんて、こんないい店はない。
 十和子と一緒に楽しく話していると、隣から、声が聞こえた。

 「あの刺傷事件の犯人はくそだな!! 何人もの人の人生を奪って」

 びくっとなった。私も無関係ではないし。
 でも、そのことを十和子に気づかれたくない。
 そう思い、気づかないふりをする。

 十和子が「どうしたの?」と訊いてきたので、「隣の声がうるさかったからびっくりした」と返した。

 「本当、精神鑑定とかいらんからさっさと死刑にしてくれないかな。本当司法は何をやってるんだよ。弁護士いらねえだろ。もう死刑でいいんだよ死刑で」

 十和子には見せないように頑張ってはいるが、やっぱりいい気持ちはしない。
 死刑にしてほしい。それは私も同感だが、あんなのでも一応は私の父親だった人だ。
 私が言うのはいいが、他人が言うのはやっぱり許せない。

 「どうせ、子ども屑に育っているだろうさ。だって、虐待されて育っているって言ってたし、それにくずの子どもはクズに決まってるしな」
 「たしかにーははは」

 その言葉で私はノックアウトした。心臓が変な鳴り方をしている。
 これはストレスとは一概に言えない気がする。そ
 れとはまた別の感情、別の苦しみな気がして、もう十和子の前でも笑顔でいるのは無理になった。

 「うぅ」

 私は腹を抱えて、その場に倒れてしまった。

 「だいじょうぶ!?」

 十和子の声が聞こえる。どうやら私は失敗したみたいだ。
 ふと目を開けると、私はソファ席に寝転がっていた。

 「うぅ、大丈夫」
 「でも大丈夫には見えないけど」
 「でも心配かけられないから」

 そして私は何とか立ち上がる。その間にも隣のおじさんたちは私の異変に何も気づいてないのか、そのまま話をつづけた。しかし、運のいいことに、

 「移民はもう国に帰れと思うんだよ!! あいつらなんていらねえ。日本は日本のものだ」などという思想の強い話に変わったので、良かった。

 でも、私の心の傷は何も晴れてはいない。クズの子どもはクズ、私はクズ。その言葉がずっと脳裏で聴こえる。
 クズクズクズクズ、そう何度も反芻してしまう。

 「クズ?」

 ああ、それも聞かれてしまった。
 もう、さっきの会話と結び付けられてしまっているのだろう。

 ああ、私は何をしているんだ。今ここにいる価値なんてない。


 「ごめんね」

 私はそう、作り笑いをし、家に走って逃げた。食べかけのハンバーガーをもって。
 十和子には不審がられただろう。
 きっと、もう、嫌われてるのだろう。
 そして学校でも――
 でも、もうどうでもいい。

 家に帰って、ベッドに寝ころんだ。

 茂の電話番号をふと見つける。

 電話がしたい。でも、する勇気がない。

 どうしたらいいんだろう、私また自分をクズって思っちゃっているよ。
 ああ、私はだめだ。もうだめなんだ。
 マイナス思考ばかり脳を巡る。

 本当、私は。

 「ぷりゅりゅりゅりゅ」

 十和子だ。心配してかけてきてくれたのだろうか、いや、それは私が思いたいだけだ。
 どうせ私を責める言葉が出てくるのだろう。「私だって恥ずかしかったんだからね」だとか、「あの事件の犯人の娘だったの? 最低」だとか、そう言われることをゆうに想像できる。

 私は出るわけには行かない。出るわけにはいかないのだ。

 私は卑怯者なんだから。

 「愛香?」

 今度はお母さんが声をかけてきた。お母さんはあの時以来ほとんど問題発言をしていない。
 お母さんになら言ってもいいかな。
 そう思い、私の今日のことを話した。
 

 「仕方ないわ」

 そう開口一番に言われた。慰めてほしかったのに。

 「でも、どうせそんな人たちすぐに忘れるわ。大丈夫。しんどいのも二か月だけ」
 「うん」

 そう聞いて少しだけ気持ちが楽になった。


 「ごめん!!」

 次の日、学校についてすぐに十和子に謝った。昨日のことを、着信拒否したことを。

 「え?」
 「本当にごめん」

 十和子はあまりの私の熱量に若干引いていたが、それでも私は謝罪の言葉を伝えたい。

 「それはいいんだけど。大丈夫だった?」
 「大丈夫じゃなかったけど、今はたぶん大丈夫。昨日は本当にごめんね、急に飛び出してしまって」
 「それは別にいいよ。愛香にもなりの愛香なりの事情があったんでしょ」
 「……うん」

 十和子は本当にいい人だ。私を責めることなく、慰めてくれる。

 「ありがとう、心配してくれて」
 「いいのよ、別に」

 そう、十和子は微笑んだ。それを見て、私も少しほっとした気持ちになった。

 「もし嫌だったらいいんだけど、昨日何かあったが教えてくれない?」
 「え? うーん」

 話しても十和子なら嫌ったりしないだろう。
 でも、私は話す勇気が出ない。話さなければならないのに。

 「じゃあ、私ももう訊かない。人にはいくつでも秘密があると思うから」
 「……いや、」

 私は決心した。その十和子のやさしさによって。

 「話すよ」




 「でも今じゃあ、周りの目もあるから、二人きりになった時でもいい?」
 「うん。わかった」

 そして昼休み。私たちは二人で屋上に行った。私の秘密を打ち明けるために。

 「じゃあ……話すね」

 そう言って息を吸うと吸った。そして、

 「私のお父さんは鈴村竜介なの。知ってる?」
 「……」

 「あの人は私にひどいDVをしていた。何か嫌なことがあるたびに殴らせろなんていう親だった。私はそんなお父さんが本当に嫌いだった。でも、私はある時ある人に出会った。山村茂君っていう人。私の元カレ。茂は私にたくさんのことをくれた。笑顔、幸せ、普通の暮らし、お金、お茶の美味しさ、歌の歌いかた。もうたくさんのことをくれたの。最初は茂の片思いだったけど。だんだん私も好きになって、両想いになった。でも、そんな日にあの事件は起きたの。私のお父さんが電車で人を刺した。そして、その被害者に茂のお母さんも含まれていた。私は、それで、私のことを嫌いになったの。犯罪者の娘として。その後は、茂君に許されて、何とかなったんだけど、でも引っ越さなきゃいけなくなって、今ここにいる訳。長くなってごめんね」

 「いや……だから昨日」
 「うん。そう言う訳。嫌いになった?」

 嫌われる覚悟をもって今ここにいる。

 「大丈夫!!」

 そう言って十和子は私を抱きしめた。

 「大丈夫だよ。愛香は何も悪くない」
 「ありが……とう」

 そう言って私も抱き返した。

 「私、うれしかったの。十和子が私の友達になってくれて。前に言った通り、私茂と出会う前は友達いなくて、友達出来るのかわからなかったから」
 「うん。愛香はいい子だから」
 「ありがとう」

 私はそう言って笑った。
 本当に私は恵まれている。
 また、こんなにもいい友達を持つことが出来るなんて。