反対側の校舎へ行くために階段を下りて左手にある渡り廊下を渡った。
新しく買ったゲームに飽きたうえ、ここら辺にあるゲームセンターは行きつくしている。家に帰っても何もすることのない俺は暇つぶしとして図書室に向かっていた。何か面白いものでもあればいいなぁなんて考えながら。
図書室と書かれたプレートの下にあるドアを開けると誰もいないのかとても静かだった。
少しずつ進みながらぐるりと辺りを見渡すと一人の後輩らしき小さな姿が目に入った。
本をテーブルの上に広げ頬杖を突きながら片手で次のページへとめくっている。後ろにあるカーテンの隙間から差す陽の光が当たってとても綺麗に見えた。近くで見てみたいと思い、適当な本を手に取って彼女の前の席にそっと腰を下ろす。
それでも俺が目に入っていないのか黙々と本を読み進めている。
肩より少し下に伸びた茶色の長い髪に白い肌、頬はほんのり桜色でいかにも女の子らしい見た目だった。
ふと、じぃっと観察する自分がいつの間にか数年越しの好奇心を抱いていることに気が付いた。
驚きで本を掴む手が緩み、本はするりと落ちてしまった。気付いてしまった時にはすでに遅く高さもない位置から落ち軽く音を鳴らして机の上に広げられた。
ちらりと彼女に目を移すと、俺の存在に気が付いたようでやっと視線が向けられた。
何か話しかけるべきだろうか。なんてボーっと考えている間、彼女はじっとこちらを見つめていた。
「なんていう本を読んでいるの?」
言葉を待ってくれているように感じて当たり障りのない質問をすると彼女は目を細めてふんわりと笑った。
まるで天使のような優しい微笑みに顔が熱くなった気がした。
「記憶を失くした女の子の恋愛小説だよ。」
澄んだ綺麗な声、いくら耳に入れても一切痛くないようなそんな声。
「あなたは、何を読んでいるの?」
ただ近くで見てみたいがために適当に取った本の内容なんて知っているわけがなく、一文字も読んでいない本をどう紹介しようか。
折角質問をして貰えたのだから一言でも言葉を返す為にとりあえず本を閉じて表に返すと、彼女は顔をぱあっと明るくした。
「その本、好きなの?」
恐らく彼女は俺がたまたま手に取ったこの本が好きなのだろう。
綺麗がぴたりと当てはまっていた微笑みは消え、代わりに無邪気で可愛らしい笑顔が浮かんでいた。
「初めて読むのかなあ。その本もすごく面白いんだよ。」
纏う雰囲気がガラリと変わった彼女に唖然としているが、そんなことに気付いていないのか本の良いところを語り始めた。
語っていた十数分、コロコロと変わる表情に笑いが零れていたが突然彼女は眉をハの字にして申し訳なさそうにした。
「それでねって、ごめん。話し過ぎちゃったね」
「いや、いいよ。もっと聞きたい。」
考えるよりも先に口が動いていた。好きなものを語る彼女があまりにも素敵だったから。
「そう?ネタバレとかたくさんしちゃってるけど大丈夫?」
軽く頷いた。すると嬉しそうに、どこか恥ずかしそうに頬を染めた姿を見て心がきゅっと締め付けられた。
「何度だって好きになる。瑠那は一生俺の初恋だってセリフが一番好きなんだ。」
彼女の表情を見ていて話をあまり聞けていなかった俺は、そこでやっと自分の手に取った本が恋愛小説なのだということに気付いた。
「その本もこの本もそうだけど、恋愛小説が好きなの?」
「うん。特にヒロインの子が記憶喪失になった恋愛小説が好きなの。」
えへへと笑いながら言われて本の裏表紙を見てみると、
記憶喪失になった女の子と幼馴染の男の子の切ないラブストーリーと大きく書かれていた。
そういえば彼女が読んでいた本も記憶喪失系だったなと思い返す。
記憶喪失なんてなってしまったなら思い出はすべて消えてしまうのだろう、好きになったって苦しいだけなのに小説はすごいな。
「そうだ、名前は?」
「私の名前は孤微 天音。」
筆記用具と紙を出して漢字も丁寧に教えてくれた。
孤微 天音。天使みたいな笑顔と透き通る声を持つ彼女にぴったりで綺麗な名前だった。
「天音って呼んでもいい?」
「・・・・・・うん。あなたは?」
何故だか物凄く悲しげな表情を浮かべ、一瞬の静寂が訪れたがすぐに返事をして聞き返してくれた。
今の表情や沈黙については聞いてはいけない気がしてあまり気にしないことにした。
「俺は碕 耐雅。」
ボールペンを借りいつもより一画一画を丁寧に書いて自己紹介をすると天音はあの優しい笑顔で言った。
「素敵な名前だね。」
放たれた言葉は再び胸を締め付けた。きゅうっと苦しいはずなのに嫌だなとは少しも思わなくて、誰に何を褒められた時より嬉しいと思ってしまうのはなぜだろうか。
「ありがとう。」
照れくささを感じつつも笑ってそういうと天音はさらに優しく笑った。
「ごめんね碕くん。そろそろ帰らなきゃいけないから帰るね。」
そう言ってすっと席を立ちあがり近くにあった本棚に本をしまった。
そのまま去ろうとする背中に慌てて「またな。」と声をかける。こちらを向いたと思ったらすぐにドアのほうに向き直ってしまった。
「さよなら」
小さく返された言葉は俺の言葉とは違って少し冷たさを感じさせた。気のせいだろうと思いつつも胸がざわざわしてままならない。
自分を落ち着かせるためにとりあえず今日は俺も家に帰ろう。
天音が絶賛していた本は借りることなく元にあった場所へ戻すことにした。持って帰ったらずっともやもやしてしまう気がして。
「気のせいだよな。」
自分に言い聞かせながら、空を見上げる。
図書室を出たら世界が全て変わっているかもなんて思っていたけれど好奇心をくすぐるものは一つもなく味気ないものに戻ってしまっていた。いや寧ろ、天音を知ってしまったせいで一層つまらなくなっていた。
鳥や蝙蝠が飛んでいるけれどやっぱりそれまでで、天音のように綺麗だなとは嘘でも思えなかった。
いつもよりはまだ明るい帰り道は、今まで見えなかったものもたくさん見えたけれど何も感じなかった。
道端に生えた花や堂々と道の真ん中に転がった石ころも、茜色の空や人の話し声もどうでもよかった。
普段そんなものがここにあったんだという発見をしただけで辿り着いた玄関のドアを開ける。
そのまま自分の部屋に荷物を置き、着替え持って風呂場に入る。
髪や体を洗って湯船に浸かると、天音のことで頭がいっぱいになっていた。
なぜ今日は、様々な感情が現れたのか。天音が原因になっているのか図書室か、はたまた両方か。分からないことがたくさんで段々考えることに疲れを覚えてきた。
ただ一つ分かっていることがあるとすれば今、俺はすごく天音に興味を持っているということ。
一つ物事が分かってしまえば謎の達成感で睡魔に襲われる。急いで風呂をあがり、ベッドへダイブする。
夕食を食べるように俺を下から呼ぶ声も徐々に小さくなっていった。
新しく買ったゲームに飽きたうえ、ここら辺にあるゲームセンターは行きつくしている。家に帰っても何もすることのない俺は暇つぶしとして図書室に向かっていた。何か面白いものでもあればいいなぁなんて考えながら。
図書室と書かれたプレートの下にあるドアを開けると誰もいないのかとても静かだった。
少しずつ進みながらぐるりと辺りを見渡すと一人の後輩らしき小さな姿が目に入った。
本をテーブルの上に広げ頬杖を突きながら片手で次のページへとめくっている。後ろにあるカーテンの隙間から差す陽の光が当たってとても綺麗に見えた。近くで見てみたいと思い、適当な本を手に取って彼女の前の席にそっと腰を下ろす。
それでも俺が目に入っていないのか黙々と本を読み進めている。
肩より少し下に伸びた茶色の長い髪に白い肌、頬はほんのり桜色でいかにも女の子らしい見た目だった。
ふと、じぃっと観察する自分がいつの間にか数年越しの好奇心を抱いていることに気が付いた。
驚きで本を掴む手が緩み、本はするりと落ちてしまった。気付いてしまった時にはすでに遅く高さもない位置から落ち軽く音を鳴らして机の上に広げられた。
ちらりと彼女に目を移すと、俺の存在に気が付いたようでやっと視線が向けられた。
何か話しかけるべきだろうか。なんてボーっと考えている間、彼女はじっとこちらを見つめていた。
「なんていう本を読んでいるの?」
言葉を待ってくれているように感じて当たり障りのない質問をすると彼女は目を細めてふんわりと笑った。
まるで天使のような優しい微笑みに顔が熱くなった気がした。
「記憶を失くした女の子の恋愛小説だよ。」
澄んだ綺麗な声、いくら耳に入れても一切痛くないようなそんな声。
「あなたは、何を読んでいるの?」
ただ近くで見てみたいがために適当に取った本の内容なんて知っているわけがなく、一文字も読んでいない本をどう紹介しようか。
折角質問をして貰えたのだから一言でも言葉を返す為にとりあえず本を閉じて表に返すと、彼女は顔をぱあっと明るくした。
「その本、好きなの?」
恐らく彼女は俺がたまたま手に取ったこの本が好きなのだろう。
綺麗がぴたりと当てはまっていた微笑みは消え、代わりに無邪気で可愛らしい笑顔が浮かんでいた。
「初めて読むのかなあ。その本もすごく面白いんだよ。」
纏う雰囲気がガラリと変わった彼女に唖然としているが、そんなことに気付いていないのか本の良いところを語り始めた。
語っていた十数分、コロコロと変わる表情に笑いが零れていたが突然彼女は眉をハの字にして申し訳なさそうにした。
「それでねって、ごめん。話し過ぎちゃったね」
「いや、いいよ。もっと聞きたい。」
考えるよりも先に口が動いていた。好きなものを語る彼女があまりにも素敵だったから。
「そう?ネタバレとかたくさんしちゃってるけど大丈夫?」
軽く頷いた。すると嬉しそうに、どこか恥ずかしそうに頬を染めた姿を見て心がきゅっと締め付けられた。
「何度だって好きになる。瑠那は一生俺の初恋だってセリフが一番好きなんだ。」
彼女の表情を見ていて話をあまり聞けていなかった俺は、そこでやっと自分の手に取った本が恋愛小説なのだということに気付いた。
「その本もこの本もそうだけど、恋愛小説が好きなの?」
「うん。特にヒロインの子が記憶喪失になった恋愛小説が好きなの。」
えへへと笑いながら言われて本の裏表紙を見てみると、
記憶喪失になった女の子と幼馴染の男の子の切ないラブストーリーと大きく書かれていた。
そういえば彼女が読んでいた本も記憶喪失系だったなと思い返す。
記憶喪失なんてなってしまったなら思い出はすべて消えてしまうのだろう、好きになったって苦しいだけなのに小説はすごいな。
「そうだ、名前は?」
「私の名前は孤微 天音。」
筆記用具と紙を出して漢字も丁寧に教えてくれた。
孤微 天音。天使みたいな笑顔と透き通る声を持つ彼女にぴったりで綺麗な名前だった。
「天音って呼んでもいい?」
「・・・・・・うん。あなたは?」
何故だか物凄く悲しげな表情を浮かべ、一瞬の静寂が訪れたがすぐに返事をして聞き返してくれた。
今の表情や沈黙については聞いてはいけない気がしてあまり気にしないことにした。
「俺は碕 耐雅。」
ボールペンを借りいつもより一画一画を丁寧に書いて自己紹介をすると天音はあの優しい笑顔で言った。
「素敵な名前だね。」
放たれた言葉は再び胸を締め付けた。きゅうっと苦しいはずなのに嫌だなとは少しも思わなくて、誰に何を褒められた時より嬉しいと思ってしまうのはなぜだろうか。
「ありがとう。」
照れくささを感じつつも笑ってそういうと天音はさらに優しく笑った。
「ごめんね碕くん。そろそろ帰らなきゃいけないから帰るね。」
そう言ってすっと席を立ちあがり近くにあった本棚に本をしまった。
そのまま去ろうとする背中に慌てて「またな。」と声をかける。こちらを向いたと思ったらすぐにドアのほうに向き直ってしまった。
「さよなら」
小さく返された言葉は俺の言葉とは違って少し冷たさを感じさせた。気のせいだろうと思いつつも胸がざわざわしてままならない。
自分を落ち着かせるためにとりあえず今日は俺も家に帰ろう。
天音が絶賛していた本は借りることなく元にあった場所へ戻すことにした。持って帰ったらずっともやもやしてしまう気がして。
「気のせいだよな。」
自分に言い聞かせながら、空を見上げる。
図書室を出たら世界が全て変わっているかもなんて思っていたけれど好奇心をくすぐるものは一つもなく味気ないものに戻ってしまっていた。いや寧ろ、天音を知ってしまったせいで一層つまらなくなっていた。
鳥や蝙蝠が飛んでいるけれどやっぱりそれまでで、天音のように綺麗だなとは嘘でも思えなかった。
いつもよりはまだ明るい帰り道は、今まで見えなかったものもたくさん見えたけれど何も感じなかった。
道端に生えた花や堂々と道の真ん中に転がった石ころも、茜色の空や人の話し声もどうでもよかった。
普段そんなものがここにあったんだという発見をしただけで辿り着いた玄関のドアを開ける。
そのまま自分の部屋に荷物を置き、着替え持って風呂場に入る。
髪や体を洗って湯船に浸かると、天音のことで頭がいっぱいになっていた。
なぜ今日は、様々な感情が現れたのか。天音が原因になっているのか図書室か、はたまた両方か。分からないことがたくさんで段々考えることに疲れを覚えてきた。
ただ一つ分かっていることがあるとすれば今、俺はすごく天音に興味を持っているということ。
一つ物事が分かってしまえば謎の達成感で睡魔に襲われる。急いで風呂をあがり、ベッドへダイブする。
夕食を食べるように俺を下から呼ぶ声も徐々に小さくなっていった。
