「誰だオマエ?」
「いや、こっちが訊きたいわ!」
 
 目の前の宇宙人が首を傾げながら問うのに対し、俺はツッコミを入れる。
 
「大体な、なんで仕事終わりに晩酌しようと思ってた矢先に、うちへ突っ込んでくるんだよ。こんな状況じゃ晩酌どころか、おちおち寝ることもできねぇじゃねぇか!」
「お、落ち着けよ……」

 目の前にいるソイツは、怒り狂っている俺を宥めようとしてくる。だが、到底そんなことで収まるはずもない。俺は持っていたポールを持つ手に力を込め、更に続ける。
 
「誰が落ち着いてられるか! お前、この惨状どう片付けるつもりだ!? 勿論、弁償してくれるんだろうな!?」
「す、すいません……」
 
 宇宙服を纏ったままのソイツは俺の圧に押されたのか、申し訳なさそうに謝ってきた。このまま怒鳴っていても、事態が解決するわけではない。俺は溜息を吐きつつ、怒りを鎮める。
 
 改めてリビングを見てみると、晩酌用のおつまみは皿が割れ、中身が床に散乱しており、缶ビールも中身が床にこぼれていた。

 勿論、テレビも故障していて、窓ガラスの破片も至る所に飛び散っている。だが、幸いなことに被害はリビングダイニングに収まっていた。

「で、なんで落ちてきたんだよ」
「あー、えっと……。ソレハダナ……」

 宇宙人はそれから長々とここに墜落するまでの経緯を語ってくれた。宇宙人の話を纏めると、こういうことらしい。
 
 全ての発端は1週間前のこと。星々の偵察が任務の宇宙人はその日、偵察を終えて自分の住む星である惑星・ルプネスに帰還している途中だったらしい。
 
 第六偵察隊の隊長である宇宙人を先頭に、数万光年先の故郷・ルプネスへ向かうためにワープしようとしたその時、先頭にいた宇宙人は突如として、UFOごと見知らぬ空間に飛ばされようだった。

 そう、宇宙人はワープ事故に巻き込まれてしまったのである。

「んで、その後、ワープの影響で通信機能がやられて、あてもなく飛ばされた空間を彷徨ってたらこの星――地球を見つけたわけか」
「ウム、理解が早くて助かる。それにしても、あの超音速で飛んできた物体には驚いたゾ」
「え……? どういうことだ?」

 またしても宇宙人は話し出す。彼(?)は、地球を発見し、せっかくだからと世界中をUFOで飛び回っていたらしい。多分、さっきのUFO特集で流れてたのが宇宙人の機体だったんだろう。

 そして、日本海上空を飛んでいたその矢先、超音速ミサイルが突如として、宇宙人の機体に激突。その反動でミサイルは日本海に落下。宇宙人の乗ったUFOはそのままこの俺の家に墜落してきたらしい。

「だからって、なんでこんなピンポイントに俺の家に墜落してくるんだよ!? こっちは良い迷惑なんだが!?」
「偶然そこにオマエの家があったからダロ」
「おい」
 
 また突拍子もない。でも言ってしまえば、宇宙人のおかげでミサイルが東京に飛んでくることもなかったわけだし。んー、良いのやら悪いのやら……。

 まぁ、それは一旦置いておいて。

「これからどうするんだよ?」
「ソウダナ……。この機体はミサイルとオマエの家にぶつかったせいでしばらく動かないし、通信を取ろうにも機能してないからナ。――住むところがないから、オマエの家に住まわせろ」
「いやなんでそうなるんだよ!?」

 宇宙人の返答に光の速さでツッコミを入れる。こいつ、何食わぬ顔でとんでも無いことを言い出したな。何がどうなったらそういう思考になるんだよ。
 
 呆れた表情を浮かべていると、宇宙人がこう言いだした。

「だって他にアテがないからナ」
「いやそうだとしても、そんなの無理だ」

 今よりもさらに面倒なことになるのはごめんだし、この宇宙人放っておいたら何するか分かったもんじゃないからな……。

 けど、宇宙人は他に頼れる人がいないのは事実で、このまま放っておけば問題になるのはほぼ間違いない。そうなったら困るのは俺だけじゃないだろう。

 仕方ない。今まで面倒ごとに遭遇しては何とかしてきたんだ。今回も何とかしてやるか。

「はぁ……。仕方ないから面倒見てやる」
「よっしゃ!」

 宇宙人は拳を握りしめてガッツポーズをする。
 
「おっと。但し、条件が3つある」
「条件……?」

 宇宙人は首を傾げる。

 まぁ、流石に唯で住ませるわけにはいかんからな。宇宙人に勝手気ままに動き回られて、更に問題を持ち込まれちゃ困る。

 こっちは唯でさえ、毎日のように仕事で忙殺されてるんだから。んで、3つ条件を提示したは良いが、詳しいこと何にも考えてなかったな。

 取り敢えず、この状況をどうにかしてもらうとするか。それで、人前で姿見せるのもアウトだし、それで正体がバレたりしたら大事になる。

 「よし、それじゃあまず1つ目。そのでっかいUFOを何とかして隠せ。このまま俺の家(ここ)に突っ込んだままじゃ、色々と問題になるからな」
「ワカッタ。なら、どこか人があまり立ち寄らないとこってあるカ?」
「立ち寄らない場所か……。それなら裏山だな。窓の外から見えるだろ? あれだ」
「なるほど。あそこカ」

 俺が壊れた窓の方向を指差すと、突然UFOが浮き始め、裏山の方へふわふわ飛んでいった。

 え、何だ今の……。疲れすぎて、幻覚でも見ちまったのか?
 
 1度目を擦って、再度窓の方を確認してみる。だが、幻覚ではなく、本当にUFOがひとりでに裏山の方へと飛んでいた。
 
 ま、マジか……。
 
 目の前の光景に唖然としていたら、宇宙人がこちらに向き直った。

「どうかしたか?」
「い、いや……。今、何したんだ?」
 
 俺が訊くと、宇宙人は頭を捻る。だが、すぐに思い当たったようで、宇宙人は口を開く。
 
「今のは念力って言って物を浮かして操れるんだ。ちなみにUFOには迷彩機能がついてるから誰にも見えない」
「え、凄いな」

 宇宙人って超能力とか持ってるイメージがあったけど、本当にあるんだなそういうの。SF映画の中だけと思っていた。

 ということは、念力以外にもテレパシーとか使えたりするのか? 仮に、もしそうだとしたらだ。

「もしかして、このリビングも元に戻せたりできるのか?」
「おう」
「マジか。てか、それができるんなら早く言えよ」
「あー、すまん。この星の生命体もそういうの使えるのかなって思って、つい言うの忘れてた」
 
 いや、流石にそれは無理だと言いたいところだが、俺たち人間の中にも祟魔(すいま)と呼ばれるあやかしが見えたり、その祟魔を祓力(ふりょく)という浄化作用を持った力を使って祓えたりするやつらがいる。

 でも、みんながみんなそういう力を使えるわけではない。俺は祟魔を視ることができたり、祓力を用いて祓えたりはするが、祓式(ふしき)――いわゆる異能力は持ってないタイプの人間だ。

 そのことはひとまず置いておいて、リビングの修理は宇宙人に任せる形で大丈夫だろう。これで第1の条件はクリアだ。

「それで、他の2つは何なんだ?」
「2つ目は、他の人にお前の正体が宇宙人だって知られないようにすること。何があっても誤魔化せ。もし他の人に見つかったら面倒事が増えるからな」
「分かったゾ!」

 俺がそう言うと、宇宙人は元気よく返事をした。
 
 特に『キテレツ荘』の住民に見つかってしまったら、絶対にこれでもかと問い詰められる。それだけは何としてでも避けたいところだ。
 
「3つ目は2つ目と直結してる部分はあるが、正体がバレないように家から絶対に出ないこと。守れるか?」
「それぐらいならお安い御用だ」
「よし、なら決まりだな」

 宇宙人の返事を聞き、握手をしようと右手を出す。

 だが、ここで宇宙人の名前を聞いていなかったことを思い出した。俺は宇宙人に名前を尋ねる。

「名前……? なんだそれは?」
 
 すると、宇宙人はきょとんと首を傾げながら、訊き返してきた。
 
 な、なるほど。宇宙人だから、そもそも名前の概念が無い感じか。てっきり、俺たち人間と同じように名前があるのかと思っていたけど、そういう訳でもないらしい。

 俺は宇宙人に名前とはどういったものかを説明する。
 
「ふむふむ。ボクたちの間でいう識別番号みたいなモノカ」

 宇宙人は納得したように首を縦に振った。
 
 ひとまず、名前の概念は説明できたから、次はコイツの名前をつけなきゃならないな。他人(?)に名前なんて付けたことないし……。どうすりゃいいか分からんけど、適当につけてみるか。

 んー、そうだな。宇宙人だろ……。あ、識別番号から取ってみるのはどうだ?

「お前の識別番号ってどういう感じのやつだ?」
「CH-001ダ。乗って来た機体にもそう書いてある」
 
 そう機体の方に目を向けて見るが、まるで読めそうにない。こりゃ識別番号から取るのは無理だな。もっと他のを考えないと。

 んー、宇宙人。宇宙人……。あ、そうだ。

「う・ちゅうじんとかどうだ?」

 ……いや、いくら頭が回ってないとはいえ、流石に安直すぎるよな。やっぱ今のなしにして、もっとまともなの考えよう。
 
「う・ちゅうじん……良いな、気に入ったゾ!」
「え、そんなので良いのか?」
「あぁ、ボクはこれからう・ちゅうじんダ!」

 宇宙人は嬉しそうに笑みを浮かべている。

 ま、本人が気に入ったようだし、これでいっか。またなんかあったら、考え直せばいい話だしな。

「ところで、オマエの名前は?」
多田(おおた)太郎(たろう)だ。これからよろしくな、ちゅうじん」
「おう!」

 俺はちゅうじんと握手をする。
 
 これからはちゅうじんがうちに居候することになるのか。宇宙人と一緒に生活なんて不思議な感覚だ。だが、1人で過ごすよりかは賑やかになるだろう。

 欠伸をしながら、ふと時計の方に目を向けてみたら、もう深夜1時を回っていた。そろそろ寝ないと明日に響きそうだ。

「それじゃあ、夜遅いし明日も仕事だから風呂入って寝るわ。後、よろしくな」
「あぁ、オータが起きるまでには直しておくゾ」
 
 ちゅうじんに後を任せて、一旦風呂に入る。シャワーを浴びて、浴槽に溜まっているお湯に浸かって、深く息を吐いた。

 一時はどうなることかと思ったけど、この調子なら何とかなりそうだ。明日起きたらリビングが直ってますように。

 で、俺が仕事行ってる間、ちゅうじんにはここで留守番してもらうとしよう。

 風呂から上がって髪を乾かし終わると、疲れが溜まっていたのか、すぐに睡魔が襲ってきた。さっさと自室に移動して、ベッドに潜る。目覚ましをセットし終わると、俺は眠気に抗うことなく目を閉じるのだった。
 
 ◇◆◇◆
 
 そして、朝。眠たい目を擦りながら、寝室から出てリビングへ向かう。

「おいおい、何だよこれ……」
 
 中へ入ると、お菓子の袋や漫画、電化製品に至るまでありとあらゆるものが浮いていた。

 そのままソファの方に視線をやってみれば、ちゅうじんが寝転がって漫画を読みながらお菓子を頬張っている。

「あぁ、起きたか」
「あぁ、起きたか。じゃねぇよ! 何勝手に家の物散らかしてくれてんだ!?」

 朝から俺の怒号が部屋中に響き渡るのだった。