追憶の夏 〜神社で出会った君とのこと〜(仮)

「初めて俺たちが出会った時って…」
「ああ、私が神社の木の上から落っこちたとき?あれが、ちょうどこの時代にやってきた瞬間だったんだ」
 翌日の明け方。昨日と同じ場所で、時音と会話をする。
 昨日家へ帰った後、俺は時音から聞いた話を反芻して、疑問点を列挙していった。そして今日は、その疑問点を解消しようという算段だ。
 20年も時間を越えるのはどうやるの?
 時間遡行のためには、時空石と呼ばれる特殊な石を使うの。細かい方法は割愛するけど、要は石に向かって祈るだけだよ。
 この時代ではどこで寝泊まりしてるの?
 神社の近くに使われてない古屋があるから、そこを勝手に借りてるよ。
 村の崩壊を防ぐために、どんなことをしてきたの?
 村人同士の繋がりをより強固なものにする。そのために、毎日散歩しながら挨拶したりとか、公民館で積極的にお年寄りの方に話しかけたりとか。小さなことだけれど、人の心を繋ぐには、こういう方法しかないんだと思う。
 それのおかげで未来が本当に変わってるのかどうかって分かるの?
 さっき話した、時空石が鍵になる。時空石は神社と密接に関係があるから、“時間遡行で未来の分岐が変わる度に”反応を起こすの。未来の分岐が変われば、理想の未来に一歩近づいてるってことだからね。それを指標にして努力してきたんだ。

 こんな感じだ。疑問に感じていたことが解決する度に、時音の話は段々と現実味を帯びてきた。一通りの話を終えた後、俺は時音のことを100パーセント信用していた。
「答えてくれて、ありがとう。それと…そんなに大きなものを背負っていたのに、気づけなくてごめん」
「気付かれないように振る舞ってたのは私の方だから。君は何も悪くない」
 時音は空を見上げる。ちょうど、日が登り始めていた。
「崩壊した村では、日が昇らない。崩壊した村で約3年過ごして、日が登らないことはいつしか当たり前になっていた。初めて時間遡行をして、日が登る世界に来た時…思わず泣いちゃったね。簡薙村が失ったものの大きさを思い知った」
 俺も空を見上げる。太陽が昇らない世界など、考えたこともなかった。数年後にそんな未来が訪れることなど、あってはならない。
「なぁ時音」
 隣の彼女の瞳を見据える。それは、独りで戦い続けた者の瞳だった。
「俺も、村の崩壊を防ぎたい。もしできることがあるのなら…手伝わせてくれないか?」
 すると時音は立ち上がり、はにかみながら俺の方を振り向いた。
「ダメって言っても、聞かなそうだもんねー」
「…ダメ?」
「なんてね、冗談!ここまで私のことを受け入れてくれるのが嬉しくってさ。それじゃ、改めて作戦会議しようか!」
「あの2人には、言わない?」
 時音は逡巡した後に答えた。
「あまり多くの人に話しちゃうとまた未来が変わる恐れがあるからねー。バタフライ効果って知ってる?」
 バタフライ効果。蝶の羽ばたきのような小さな出来事が原因となって、未来に大きな影響を及ぼすと言ったものだ。風が吹けば桶屋が儲かるという話とも似ている。
「気軽に未来のことを他の人に話すのは一見小さなことのように見えるけど、それが未来に大きな影響を及ぼしてるかもしれない…ってことか」
「さすが虹輝!理解が早くて助かるよ」
 確かに、未来を変えたくてこの時代に来ているのだから、未来に大きな影響を与えうる行動は避けたいのだろう。
「それで、具体的に俺は何をすれば良い?」
「うーんとね、まず最低限として、村で人とすれ違ったら絶対に挨拶を欠かさないこと!慣れてきたら世間話とかをするのもアリだよ」
「地味に俺が苦手なやつだな…」
 俊道や夢香のような、一度仲良くなった人の前では無問題なのだが、見知らぬ人と世間話をするというのは骨が折れる。しかし、これで村を救えるのならば多少は無理してでも頑張ろうと思う。
「あとはー、身の回りの人とのわだかまりを極力なくすこととか?」
「わだかまり…ねぇ」
 そう言われると1つ、思い当たる節がある。といっても俺のことでは無いのだが…
「俺じゃなくて、夢香のことなんだけど…」
「ほほぉ、友達の悩みは放って置けないね」
 最近の夢香は、たまに心ここに在らずといった様子を見せることがある。友達として、幼馴染として悩みを聞いてあげたい気持ちもあるのだが、夢香のプライベートにどこまで踏み込んで良いのかの分別が付かないままだった。
 このことを時音に伝えてみる。
「何か、思い当たる節はある?」
「残念ながら、まったく…」
 実は一度、何か悩みはないのかとそれとなく尋ねたことがある。しかしその時も、曖昧な返事が返ってきただけだった。
「でも、明らかに何かを俺たちに隠している気がするんだ」
「じゃあ、まずはそれを探るところから始めないとだね。どうすれば話してくれるのかな」
 時音が思いのほかやる気に満ちていることに驚く。おそらく時音は、夢香の異変に気付いていなかったはずなのに。
「やる気満々なんだな。村の崩壊を防ぐためだから?」
「もちろんそれもあるけど…友達が困ってるんなら助けてあげないとじゃん?」
 時音はそう言って、まぶしい笑顔を浮かべた。

「3人ともいらっしゃい」
 玄関の戸を開けると、夢香が出迎えてくれた。その表情に疲れが見えるのは、気のせいではないのかもしれない。
「まだみんなを私の家に入れたことなかったもんね。ささ、入って入って」
 あの後、俺たちは色々と話し合い、夢香の家に行けば何か掴めるのではないかという結論に至った。まだ夢香の家に行ったことが無いからという理由で時音が交渉すると、あっさりと夢香の家に招かれることとなった。
 靴を脱いで夢香の家の中に初上陸する。見たところ、普段入り浸っている俊道の家と似ている一般的な一軒家だと思った。夢香に促されるようにして階段を上ると、部屋に案内された。
「ジュース持ってくるから、ちょっと待っててね」
 そう言うや否や、夢香はそそくさと一階へ降りて行った。
「…めっちゃ部屋きれいだ。僕のとは大違い」
 不意に俊道が呟くものだから、思わず笑ってしまった。実際、俊道の部屋は少し散らかっているのだけれど。
「俊道も本気出せば部屋綺麗にできるもんな!」
「…任せとけ、虹輝」
 あの俊道のことだから、部屋の掃除を実行するのはいつになることやら…。
 そんな会話を交わしていると、横から時音に肩をちょんちょんと叩かれた。時音の言わんとしていることは分かる。
 先ほどから、夢香が何かを心配しているのかのような素ぶりを見せている気がしたのだ。時音も違和感を感じていたらしく、安心する。

 その違和感の正体を中々探ることのできないまま、時間が過ぎていった。少しだけ探検活動を進めたが、ほとんどは4人での雑談やゲームで時間が過ぎた。昼ご飯には夢香の母から素麺をご馳走になった。
 気が付けば時刻が夕方4時を回っている。
「そろそろ解散にする?」
 夢香が言った。
「…僕もそろそろ帰って宿題やりたいかも」
 探検活動期間でも定期的に宿題が出るのである。確かに直近の宿題の締め切りが近かったような気がする。
「じゃあお開きだね」
 時音の声を皮切りに、部屋から出て一階へと降りる。外に出て見送ってくれるらしい夢香が玄関の戸を開けた。外に出ると、すぐそこに見知らぬ男の人がいた。その人は俺たちの姿を見ると酷く驚いた様子を見せた。
 その後の夢香の言葉を聞いて、俺も驚きを隠せなくなった。
「…父さん」
 その男は、夢香の父さんなのだという。俺が何故こんなにも驚いているのかというと…
 その人に、夢香の面影がほとんど感じられなかったからだ。
「この子たちは、夢香のお友達?」
「そう…です」
 よそよそしい声で答えたのは、驚くことに夢香だった。
「そうかいそうかい、今日は夢香と遊んでくれてありがとうね」
 夢香の父に声を掛けられ、「いいえこちらこそ…」とそれぞれ曖昧に返事をする。
「今日の夕ご飯はお友達と食べる?それとも家で食べる?」
「家で、食べたいです」
「分かった、お母さんにも伝えておくよ」
「ありがとうございます」
 夢香の父は俺たちと入れ違うように家の中に入っていった。
「なぁ、ゆめ…」
「ごめんね、ちょっとだけ一人にさせて」
 夢香は走ってどこかへ行ってしまった。
 …三人の間に沈黙が訪れる。
「夢香の父親ってもしかして…」
「うん、そうかもしれない」
 これが、最近の夢香の悩みだったのだろうか。家族とうまくいっていないという、悩み。
「俺、夢香のこと追いかける!」




 終わった頃には、すっかり夕方になっていた。夕焼けを見ながら歩くのも悪くない。ゆったりと帰ろう。
 歩きながら考える。最初は近所の人に挨拶するのも億劫だったが、いざ挨拶してみると向こうから会話を振ってくれたり、たった一言の挨拶だけで笑顔になってくれたりする人がほとんどだった。
 俺が思っている以上に、言葉の力は絶大なのだと思い知らされた。言葉の力もそうだが、村の人々の優しさというのも大きいのだろう。住んでる人が優しいから村が素敵な場所になるのか、村が素敵な場所だから人々が温かくなるのか、因果の順序は分からないが、やっぱり俺はこの村が好きだ。
 悦に浸っていると、視界の端に蠢くモノが写った。
「あ、猫だ」
 全身に黒い毛を生やした、柔和な目つきをした猫が脇道に座っていた。この村では、人だけでなく、猫でさえも優しくなるのだろうか。
「時間あるし…遊んでくか」
 俺はしばらくの間、猫と戯れていた。途中で近所のおじいさんが通りかかったため、猫の話題で盛り上がった。前までの俺だったら、こんなに隣人との会話を楽しむことは無かっただろう。
 気がつくと星が顔を出している。少々遊びすぎたか。
「そろそろ帰るかー」
 何気なく山の麓の方に目を向けると…
「あれって…!?」
 髪は黒くて目は吊り目。首に巻かれた赤いスカーフ。凍てつくような視線。
 俺たちが初めて神社に入ろうとした時に俺たちを追い払った…神社の関係者。
「久々に見たな…」
 男は、ひたすら山の中へと進んでいく。
「そろそろ日が暮れるっていうのに…なぜ?」
 俺の心の中で、二つの思いがせめぎ合っていた。男を追いかけるか、諦めるか。
「…行こう」
 山には何度も入ったことがある。夜の山もある程度は歩ける。半ば好奇心のようなものだったが、何か大事な収穫があるんじゃないかと思い、俺は例の男を尾行することにした。
 男と5メートルほどの距離を保ち、極力足音を消しながら歩く。気づかれたら一巻の終わりだ。
 10分ほど歩いただろうか。気がつくと、男は例の神社の敷地内に足を踏み入れていた。
 音を立てぬよう、一段一段に神経を集中させながら石段を上り、近くの木陰に隠れる。奇しくもその木は、時音があの日落っこちてきた木だった。
 荒廃した未来世界を救うために、大きな使命を背負って過去に舞い戻った時音。初めて出会った時にやたらと明るく振る舞っていたのは、そんな重い使命を悟らせないようにするためだったのだろうか。今となっては、そんなことまで考えてしまう。時音は、本当に強い人だ。
 やはり俺は…時音の力になりたい。この男の正体を探れば、もしかしたら何か有益な情報が得られるかもしれない。
 背中に嫌な汗がじっとりと伝う。あの男は、神社で何をしようとしているのだろうか。
「…なぁ、来たぞ」
 男が発した短い一言。それが誰に向けられたものなのか、それはすぐに分かった。
 神社の柱の影から、1人の女の子が現れたからだ。
(時音!?何故ここに…!)
 柱の影から姿を現した時音は、男の元へと歩み寄っていく。

「お疲れ様、剛(ごう)。そっちはどう?」
「まあそれなりってところだ。時音はどうだ?」
「まあ、悪くは無いよ。けれどね…」
「どうかしたのか」
「前に言ってくれたよね。大切なものを作っても苦しくなるだけだって。私ね、その気持ちが、少しだけ分かったかもしれない」

 ……。
 何故、時音があの男と面識があるのか。そして今の会話の内容は何なのか。分からないことだらけだが、1つ、直感的に感じていることがあった。
 これ以上、この会話を盗み聞きしてはいけないと。このまま盗み聞きを続ければ、今知るべきで無いことを知ってしまうと。

 俺は息を殺して、来た道を戻った。後ろを振り返っても、例の男や時音が追ってきているような気配は無い。ひとまずは安心だ。
 祖父の家まで帰る途中、思い出したくなくても、先程の2人の会話がリフレインする。
 あの口振りからして、2人はずっと前から知り合っているように思える。ということは、もしやあの男も…
「おう、虹輝!遅いから心配したぞい!」
 ふと気がつくと、家の前に祖父がいた。流石に夜遅くまで出歩きすぎたかもしれない。
「ごめんじいちゃん、心配かけちゃって」
「ま、若者はこれくらい元気でいないとな!」

 風呂と夕飯、寝る準備を済ませて部屋に戻る。布団に横になると、先程の光景が頭をよぎる。思考を回転させようとするが、失敗に終わった。たちまち睡魔が体を襲ったからだ。
 このときはまだ、翌日、あの男と急接近することになるとは思ってもいなかった。

 翌日。
「おはよう、みんな!」
 夢香の溌剌とした声が、山の麓に響く。
 早いもので、探検活動が始まったあの日から2ヶ月が経とうとしていた。
「今日は何するの…?」
「良い質問ですねとしみー君!もう聞き取り調査は十分な量できたから、今日からは4人全員で本格的に山の調査に乗り出すよ!」
「分かりました〜夢香先生!」
 何故か先生口調で話す夢香と、それに便乗する時音を横目に見ながら、俺は別のことを考えていた。
「あれ、どーしたの虹輝くん。もしかして寝不足?」
 夢香の声で我に帰る。
「あぁ、ごめん。ちょっと考え事してた」
「昨日夜更かししてたんじゃないのか…?」
「いや違うって…」
「まあいいや。早いうちに調査始めちゃおつか!山を登った回数が多いことに定評がある虹輝くんには上の方の調査をお願いしても良い?」
「そんな定評知らないけども、それで良いよ」
 だが、あの神社には人智を越える力…時間を操る力がある。神社周りに慣れていて、尚且つ時音の正体を知っている俺が適任だろう。
「じゃあ、私も上の方行っていい?山の安全は保証できないし、虹輝1人だと危ないと思うから」
「おっけー!