翌日、日曜日。探検期間でも、土日は学校で点呼が行われない。すなわち、休みの日だ。昨日も本来ならば休みの日なのだが、俺たちは自主的に活動を進めていた。
久しぶりに、1人で部屋の中でゴロゴロする。今はじいちゃんの家の奥の方にある部屋を借りているのだが、思ったよりも綺麗でとても住みやすい。
部屋の窓を開ける。夏風が通り抜ける。窓から顔を出してみると、夏草の向こう側に入道雲が見えた。何も考えずに夏を感じられるようなこの村が、俺は大好きだ。
「君はこの村のこと好き?」
昨日の言葉がリフレインする。そうだ、時音。今日の夕方、会う約束をしているのだった。
一度意識してからというもの、夕方になるのが待ち遠しくていても立ってもいられなくなる。
「じいちゃん、おはよう」
「おはよう虹輝!休みなのに早いのぅ」
一緒に朝食を取る。登校時間を気にせずにゆっくりと2人で食事できるのも久しぶりのように感じる。
「虹輝、探検の方は順調か?神社にも何回か行ってるようじゃが」
「ああ、一応進んではいるよ。最近、新しい探検仲間も増えてね」
「ほほぉ、転校生といったところかな?この村に転校だなんてよっぽど変わりモンだなぁ」
転校生であることまで見抜かれるとは。さすが、村で数十年生活している人だ。
「ま、思わぬ出会いと思わぬ別れがあるのが人生じゃからな。大切にするんじゃよ」
「うん。もちろんさ」
“思わぬ別れ”という言葉に無性に胸騒ぎがするのは、きっと気の所為だろう。
じいちゃんと将棋をしたり、村のあまり行ったことのないような部分を散歩したりしているとどんどん時間が過ぎ去る。そして迎えた、夕方。
家の外に出る。昨日と同じような夕焼け空。無意識に心臓が高鳴る。
道の方まで出ると…時音が佇んでいた。
「こんばんは。時音」
「こんばんは!来てくれてありがと」
時音もこちらを振り向き挨拶する。昨日よりも、憑き物が落ちたような表情を浮かべていた。きっと、覚悟が決まったのだろう。
「立ち話もあれだからさ、ちょっと付いてきてよ」
時音に促されるまま歩く。5分ほど歩くと、寂れた休憩所があった。休憩所といっても、人が3人くらい座れるベンチと申し訳程度の屋根しかない。おそらく一昔前までは使われていたのだが、バス停の停留所に新たな休憩所ができたため使われなくなったのだろう。
「ここなら、誰にも聞かれる心配ないからさ」
そう言って2人でベンチに腰掛ける。
「…私の説明をずっと聞いていると訳がわからなくなりそうだから、結論から言うね」
「うん」
「…私はね、未来から来たんだ。未来って言っても、たったの20年後」
「……」
脳が言葉を処理するまでにひどく時間がかかる。彼女は今何と言った?20年後の、未来?そこからやって来た?
「ここから順序立てて説明するから、最後まで聞いてほしい」
無言で頷く。今から伝えられる情報を、俺の頭で処理することはできるのか、不安ではあるが。
「私は、この時代から見て3年後にこの村で生まれた」
時音は今17歳。生まれるまでの3年+生まれてからの17年でちょうど20年後。時音がこの時代にやってくる前の未来と一致するわけか。…思ったよりも冷静に考えられるものだ。
「村で順調に育っていったんだけどね…未来の村では、今と明らかに違う点があった」
「違う点?」
「言ってしまえば…この時代の村ほど、人の繋がりが強くないんだよ。私が生まれた年、今から3年後に、人工知能が爆発的な進化を遂げたの。それを皮切りに人類の科学は破竹の勢いで発展していって、スマホとかも見違えるほど便利になって…わざわざ対面でコミュニケーションをする必要性は薄れていく一方だった。まあ多かれ少なかれ、この時代もそうなんだろうけどね」
確かに、スマートフォン等の普及でメッセージのやり取りを気軽にできる今、確かに対面で話す必要性は薄れている。更に、SNSトラブルは社会問題にもなっている。
「その影響は田舎の方でも凄まじくてね。科学の発展がもたらしたのは“効率化”の考え方。村で古くから行われてきた由緒ある行事も段々と蔑ろにされるようになって…。虹輝は、村の道路を元気いっぱいに走り回る小学生をたまに見かけるでしょ?私の時代ではそういうのもほとんど見なくなって…村自体の人口が減ってるのもあって、すごく寂しくなる一方だった…いや、寂しいだけならまだ良かったのかもしれないね」
時音の口調が変わる。きっと、ここからが本題なのだ。俺も改めて背筋を伸ばす。
「私が14歳くらいの時にね、“実害”が出始めたの」
「実害…?」
「村でだけ、様々な異常が起こるようになったの。村の近くを震源地とした地震の連続、不自然なほど多発する土砂災害、集中豪雨、農作物の不作…例を挙げたらきりがないね。この村でのみ、そんなあり得ないことが起こった」
…農作物の不作?どこかでその単語を目にしたような気がする。あれはどこだったっけか…?
「村の大人たちが原因を調査しても分からずじまい。不気味な現象も相まって、人は減っていくばかり。そんな時にね、両親が、土砂災害に巻き込まれて死んだ」
「…っ!」
時音の家庭環境について、何かしらの事情があるのかもしれないとは思っていたが…
「生まれて初めて感じた、膨大な悲しみに飲まれそうになって、それで…!」
「時音!!」
時音が胸を抑えながらうずくまる。これは…過呼吸だ。
「大丈夫だ、時音。俺が、いるからな…!」
幸い、過呼吸の対処法は親から教わっていた。命に関わるようなことにはならない。
…きっと、蓋をしていた記憶なのだろう。フラッシュバックした苦しみがどんなものなのか、俺には想像することもできない。
出会った時から、いつもニコニコ笑っているような人だった。笑顔の裏に隠された本当の顔を、俺は見抜けなかった。俊道や夢香よりも、時音に親身に寄り添えていると思っていた。しかしそれは、自惚れでしかなかった。
「…ふぅ、ごめんね。落ち着いてきた」
やがて時音は元の体制に戻る。顔色も戻っていた。
「話すのが辛かったら、もう話さなくていい」
「いや、ここまで言ったからには最後まで聞いてほしいんだ。私のことなら大丈夫」
こうして目の前の女の子に無理をさせる自分が、ひどく情けなく思えた。
「それでね…両親を失った悲しみを消化できないまま、村の崩壊が起こった」
「…崩壊?簡薙村は…無くなるのか?」
「無くなった、と言っても過言じゃないね。正確には…日が登らず、風も吹かない。植物は枯れて、人がまともに住める場所ではないというか、時の流れの概念が無い」
「は、この村だけが?どう考えたっておかしくないか?」
「私は、崩壊した村で無心で調べ続けた。そこで行き着いたんだ。あの、“神社”にね」
「神社…」
「話したことあるよね。この村の非科学的な事象にはあの神社が関係してるって」
あれは確か…タイムリープについての説明を受けている時だ。
「ここからは、これを見てもらったほうが早いかもね」
時音がリュックから取り出したのは、古びた紙束。これは…この前見せてもらった資料?
「あの時見せた資料の、続き。もう言っちゃうけど、この資料も未来で手に入れたモノなんだ。これを見れば、全てが書かれているよ」
「分かった」
意を決して、真実の扉を開く。
弍
簡薙神社は、“守護の力”で村の安寧を守っている。村の人々が共に助け合い、高め合い、村をより良い場所にしようとする。このような村への温かな気持ち、人を思いやる気持ちこそが簡薙神社のエネルギーである。すなわち、村人たちが活気で溢れるほど、神社は力を得て、村で起こり得る災害から村を守るためにはたらく。それは人智を超えた力であり、我々にとって想像することすら難しいような次元で我々を守っている。
しかし最近、神社から観測される力が弱まってきている。理由はおそらく、ここ数年における科学の発展と、それに伴う村の活気の減少だ。また、村における突発的な災害が散見される。この二つに因果関係があると見て良いだろう。
このまま災害が続き村が荒廃していき、神社の守護の力がゼロになった時、この村で何が起こるのか、我々には予想できない。ただ一つ分かるのは、その最悪の未来は近いうちに訪れるということだけだ。
「これが書かれたのは、村で災害が起こるようになってからなのか?それにしては紙の材質が古すぎるような…」
「本来ならばもっと綺麗な紙なんだけど、私が過去に持ってきたせいでこんなに古びちゃった」
まさか、あれが未来で書かれた資料だったとは。あれだけ踏み込んだ内容が書かれているのも納得だ。
「それで…時音の時代で、守護の力がゼロになったのか?」
時音は力無く頷く。
「両親を失って、心が空っぽになったまま過ごしていたある日。尋常じゃない地鳴りが聞こえたかと思えば、いきなり気を失って倒れた。次に目を覚ました時には…村は、崩壊していた」
親を失い、故郷を失った。俺の人生如きでは、その悲しみを共に背負うことも、慰めの言葉をかけることもできなかった。
「昼時だったはずなのに、外が暗いの。足元を見ると草は枯れている。暗さに慣れた頃合いに遠くを見てみると、木も、山も、全て枯れ果てていた。村中駆け巡ると、何人かの人は私みたいに困惑していたけれど…殆どの人は、死んでいた。きっと、私と同じく気を失って、そのまま…って感じなんだろうね」
時音の目元が前髪で隠れる。どんな表情をしているのか、分からなかった。
「村の外に助けを求めようと思った。バスに乗れば村から出られるからね。でも、村の端っこまで来て、私は自分の目を疑った。村の外は、無限に奈落が広がっているの。本当は道路とかあるはずなのに。今になって思えば、守護の力がゼロになって、簡薙村だけがこの世から切り離されたんだろうね。神社によって、もう守られなくなったから」
「そんなのって…」
いくら神社の力を持ってしても、そんなことが起こるのだろうか。やはり…脳の処理が追いつかない。
「すべての流れが止まった村で、多くの人は自殺した。私もそれに倣いたかったけど、どうしてもこれ以上苦しい思いをしたくないって思っちゃって。だったらいっそのこと、この現象を調べ尽くしてから死のうかなと思った」
底抜けに明るい、死のうかなという言葉。彼女が無理をしていることが痛いほど伝わってくる。
「もう怖いものは無くなったからさ。立ち入り禁止の神社で貴重な資料を漁りまくって…その中の一つに、時間遡行の伝承があったんだ。さらに深く調べていくうちに…私は思い至った」
何となく、分かってしまった。時音がこの時代に来た理由。何かの冗談であってほしい。17歳の女の子がそれを背負うには、あまりにも重すぎるから。
「私が記憶を保持したまま“分岐点”まで戻って、未来をやり直す。これが時間遡行。だったらさ…村が崩壊する前の分岐点まで戻って、そこからやり直せば…村が崩壊しない未来を作れるんじゃないかって!」
「…この時代は、村の存亡を左右する大事な分岐点ってこと?」
「大きなスケールの事象だから、分岐点は他にもいっぱいある。この時代以外にも、いろいろな時代を飛び回って、未来改変の努力をした上でここに来てる。そしてここが、最後の分岐点」
「なっ…!」
時音の時間遡行は、初めてじゃなかったというのか。そして、何気なく暮らしていたこの時代が、まさか村の存亡を左右するとは。
「長くなっちゃったからまとめるね。私は…
村が崩壊する未来を防ぐために、20年後の未来からやってきたんだ」
「……時音」
「良いよ。何でも聞いて」
「一度、話を整理したい。また時間を取れる?」
「うん、いくらでも取るよ。すぐに信じてほしいとは言わない。だけど…」
時音がベンチから立つ。気づけば星が顔を出していた。
「私のこと、嫌いになったりしないでね…?」
それだけ言い残して、去っていった。その背中には、悲哀の色が満ちていた気がした。
久しぶりに、1人で部屋の中でゴロゴロする。今はじいちゃんの家の奥の方にある部屋を借りているのだが、思ったよりも綺麗でとても住みやすい。
部屋の窓を開ける。夏風が通り抜ける。窓から顔を出してみると、夏草の向こう側に入道雲が見えた。何も考えずに夏を感じられるようなこの村が、俺は大好きだ。
「君はこの村のこと好き?」
昨日の言葉がリフレインする。そうだ、時音。今日の夕方、会う約束をしているのだった。
一度意識してからというもの、夕方になるのが待ち遠しくていても立ってもいられなくなる。
「じいちゃん、おはよう」
「おはよう虹輝!休みなのに早いのぅ」
一緒に朝食を取る。登校時間を気にせずにゆっくりと2人で食事できるのも久しぶりのように感じる。
「虹輝、探検の方は順調か?神社にも何回か行ってるようじゃが」
「ああ、一応進んではいるよ。最近、新しい探検仲間も増えてね」
「ほほぉ、転校生といったところかな?この村に転校だなんてよっぽど変わりモンだなぁ」
転校生であることまで見抜かれるとは。さすが、村で数十年生活している人だ。
「ま、思わぬ出会いと思わぬ別れがあるのが人生じゃからな。大切にするんじゃよ」
「うん。もちろんさ」
“思わぬ別れ”という言葉に無性に胸騒ぎがするのは、きっと気の所為だろう。
じいちゃんと将棋をしたり、村のあまり行ったことのないような部分を散歩したりしているとどんどん時間が過ぎ去る。そして迎えた、夕方。
家の外に出る。昨日と同じような夕焼け空。無意識に心臓が高鳴る。
道の方まで出ると…時音が佇んでいた。
「こんばんは。時音」
「こんばんは!来てくれてありがと」
時音もこちらを振り向き挨拶する。昨日よりも、憑き物が落ちたような表情を浮かべていた。きっと、覚悟が決まったのだろう。
「立ち話もあれだからさ、ちょっと付いてきてよ」
時音に促されるまま歩く。5分ほど歩くと、寂れた休憩所があった。休憩所といっても、人が3人くらい座れるベンチと申し訳程度の屋根しかない。おそらく一昔前までは使われていたのだが、バス停の停留所に新たな休憩所ができたため使われなくなったのだろう。
「ここなら、誰にも聞かれる心配ないからさ」
そう言って2人でベンチに腰掛ける。
「…私の説明をずっと聞いていると訳がわからなくなりそうだから、結論から言うね」
「うん」
「…私はね、未来から来たんだ。未来って言っても、たったの20年後」
「……」
脳が言葉を処理するまでにひどく時間がかかる。彼女は今何と言った?20年後の、未来?そこからやって来た?
「ここから順序立てて説明するから、最後まで聞いてほしい」
無言で頷く。今から伝えられる情報を、俺の頭で処理することはできるのか、不安ではあるが。
「私は、この時代から見て3年後にこの村で生まれた」
時音は今17歳。生まれるまでの3年+生まれてからの17年でちょうど20年後。時音がこの時代にやってくる前の未来と一致するわけか。…思ったよりも冷静に考えられるものだ。
「村で順調に育っていったんだけどね…未来の村では、今と明らかに違う点があった」
「違う点?」
「言ってしまえば…この時代の村ほど、人の繋がりが強くないんだよ。私が生まれた年、今から3年後に、人工知能が爆発的な進化を遂げたの。それを皮切りに人類の科学は破竹の勢いで発展していって、スマホとかも見違えるほど便利になって…わざわざ対面でコミュニケーションをする必要性は薄れていく一方だった。まあ多かれ少なかれ、この時代もそうなんだろうけどね」
確かに、スマートフォン等の普及でメッセージのやり取りを気軽にできる今、確かに対面で話す必要性は薄れている。更に、SNSトラブルは社会問題にもなっている。
「その影響は田舎の方でも凄まじくてね。科学の発展がもたらしたのは“効率化”の考え方。村で古くから行われてきた由緒ある行事も段々と蔑ろにされるようになって…。虹輝は、村の道路を元気いっぱいに走り回る小学生をたまに見かけるでしょ?私の時代ではそういうのもほとんど見なくなって…村自体の人口が減ってるのもあって、すごく寂しくなる一方だった…いや、寂しいだけならまだ良かったのかもしれないね」
時音の口調が変わる。きっと、ここからが本題なのだ。俺も改めて背筋を伸ばす。
「私が14歳くらいの時にね、“実害”が出始めたの」
「実害…?」
「村でだけ、様々な異常が起こるようになったの。村の近くを震源地とした地震の連続、不自然なほど多発する土砂災害、集中豪雨、農作物の不作…例を挙げたらきりがないね。この村でのみ、そんなあり得ないことが起こった」
…農作物の不作?どこかでその単語を目にしたような気がする。あれはどこだったっけか…?
「村の大人たちが原因を調査しても分からずじまい。不気味な現象も相まって、人は減っていくばかり。そんな時にね、両親が、土砂災害に巻き込まれて死んだ」
「…っ!」
時音の家庭環境について、何かしらの事情があるのかもしれないとは思っていたが…
「生まれて初めて感じた、膨大な悲しみに飲まれそうになって、それで…!」
「時音!!」
時音が胸を抑えながらうずくまる。これは…過呼吸だ。
「大丈夫だ、時音。俺が、いるからな…!」
幸い、過呼吸の対処法は親から教わっていた。命に関わるようなことにはならない。
…きっと、蓋をしていた記憶なのだろう。フラッシュバックした苦しみがどんなものなのか、俺には想像することもできない。
出会った時から、いつもニコニコ笑っているような人だった。笑顔の裏に隠された本当の顔を、俺は見抜けなかった。俊道や夢香よりも、時音に親身に寄り添えていると思っていた。しかしそれは、自惚れでしかなかった。
「…ふぅ、ごめんね。落ち着いてきた」
やがて時音は元の体制に戻る。顔色も戻っていた。
「話すのが辛かったら、もう話さなくていい」
「いや、ここまで言ったからには最後まで聞いてほしいんだ。私のことなら大丈夫」
こうして目の前の女の子に無理をさせる自分が、ひどく情けなく思えた。
「それでね…両親を失った悲しみを消化できないまま、村の崩壊が起こった」
「…崩壊?簡薙村は…無くなるのか?」
「無くなった、と言っても過言じゃないね。正確には…日が登らず、風も吹かない。植物は枯れて、人がまともに住める場所ではないというか、時の流れの概念が無い」
「は、この村だけが?どう考えたっておかしくないか?」
「私は、崩壊した村で無心で調べ続けた。そこで行き着いたんだ。あの、“神社”にね」
「神社…」
「話したことあるよね。この村の非科学的な事象にはあの神社が関係してるって」
あれは確か…タイムリープについての説明を受けている時だ。
「ここからは、これを見てもらったほうが早いかもね」
時音がリュックから取り出したのは、古びた紙束。これは…この前見せてもらった資料?
「あの時見せた資料の、続き。もう言っちゃうけど、この資料も未来で手に入れたモノなんだ。これを見れば、全てが書かれているよ」
「分かった」
意を決して、真実の扉を開く。
弍
簡薙神社は、“守護の力”で村の安寧を守っている。村の人々が共に助け合い、高め合い、村をより良い場所にしようとする。このような村への温かな気持ち、人を思いやる気持ちこそが簡薙神社のエネルギーである。すなわち、村人たちが活気で溢れるほど、神社は力を得て、村で起こり得る災害から村を守るためにはたらく。それは人智を超えた力であり、我々にとって想像することすら難しいような次元で我々を守っている。
しかし最近、神社から観測される力が弱まってきている。理由はおそらく、ここ数年における科学の発展と、それに伴う村の活気の減少だ。また、村における突発的な災害が散見される。この二つに因果関係があると見て良いだろう。
このまま災害が続き村が荒廃していき、神社の守護の力がゼロになった時、この村で何が起こるのか、我々には予想できない。ただ一つ分かるのは、その最悪の未来は近いうちに訪れるということだけだ。
「これが書かれたのは、村で災害が起こるようになってからなのか?それにしては紙の材質が古すぎるような…」
「本来ならばもっと綺麗な紙なんだけど、私が過去に持ってきたせいでこんなに古びちゃった」
まさか、あれが未来で書かれた資料だったとは。あれだけ踏み込んだ内容が書かれているのも納得だ。
「それで…時音の時代で、守護の力がゼロになったのか?」
時音は力無く頷く。
「両親を失って、心が空っぽになったまま過ごしていたある日。尋常じゃない地鳴りが聞こえたかと思えば、いきなり気を失って倒れた。次に目を覚ました時には…村は、崩壊していた」
親を失い、故郷を失った。俺の人生如きでは、その悲しみを共に背負うことも、慰めの言葉をかけることもできなかった。
「昼時だったはずなのに、外が暗いの。足元を見ると草は枯れている。暗さに慣れた頃合いに遠くを見てみると、木も、山も、全て枯れ果てていた。村中駆け巡ると、何人かの人は私みたいに困惑していたけれど…殆どの人は、死んでいた。きっと、私と同じく気を失って、そのまま…って感じなんだろうね」
時音の目元が前髪で隠れる。どんな表情をしているのか、分からなかった。
「村の外に助けを求めようと思った。バスに乗れば村から出られるからね。でも、村の端っこまで来て、私は自分の目を疑った。村の外は、無限に奈落が広がっているの。本当は道路とかあるはずなのに。今になって思えば、守護の力がゼロになって、簡薙村だけがこの世から切り離されたんだろうね。神社によって、もう守られなくなったから」
「そんなのって…」
いくら神社の力を持ってしても、そんなことが起こるのだろうか。やはり…脳の処理が追いつかない。
「すべての流れが止まった村で、多くの人は自殺した。私もそれに倣いたかったけど、どうしてもこれ以上苦しい思いをしたくないって思っちゃって。だったらいっそのこと、この現象を調べ尽くしてから死のうかなと思った」
底抜けに明るい、死のうかなという言葉。彼女が無理をしていることが痛いほど伝わってくる。
「もう怖いものは無くなったからさ。立ち入り禁止の神社で貴重な資料を漁りまくって…その中の一つに、時間遡行の伝承があったんだ。さらに深く調べていくうちに…私は思い至った」
何となく、分かってしまった。時音がこの時代に来た理由。何かの冗談であってほしい。17歳の女の子がそれを背負うには、あまりにも重すぎるから。
「私が記憶を保持したまま“分岐点”まで戻って、未来をやり直す。これが時間遡行。だったらさ…村が崩壊する前の分岐点まで戻って、そこからやり直せば…村が崩壊しない未来を作れるんじゃないかって!」
「…この時代は、村の存亡を左右する大事な分岐点ってこと?」
「大きなスケールの事象だから、分岐点は他にもいっぱいある。この時代以外にも、いろいろな時代を飛び回って、未来改変の努力をした上でここに来てる。そしてここが、最後の分岐点」
「なっ…!」
時音の時間遡行は、初めてじゃなかったというのか。そして、何気なく暮らしていたこの時代が、まさか村の存亡を左右するとは。
「長くなっちゃったからまとめるね。私は…
村が崩壊する未来を防ぐために、20年後の未来からやってきたんだ」
「……時音」
「良いよ。何でも聞いて」
「一度、話を整理したい。また時間を取れる?」
「うん、いくらでも取るよ。すぐに信じてほしいとは言わない。だけど…」
時音がベンチから立つ。気づけば星が顔を出していた。
「私のこと、嫌いになったりしないでね…?」
それだけ言い残して、去っていった。その背中には、悲哀の色が満ちていた気がした。


