追憶の夏 〜神社で出会った君とのこと〜(仮)

「おうおかえり虹輝。どこか行くのか?」
「うん、ちょっとね」
「晩飯までには戻ってくるんだぞ」
「はーい、いってきます」
 じいちゃんの家に戻り、支度を済ませてから再び家を出る。
 アイスを食べた後3人で話し合って、すぐに神社に行ってみようという結論に至った。
 流石に立ち入り禁止の場所に行くというだけあって、一旦それぞれの家に戻って準備することになったのだ。
 万が一、山で事故に遭っても大丈夫なように色々な道具を入れたリュックを背負い、山の麓までの道を急いだ。
 汗だくになりながら麓まで辿り着くと、既に2人が来ていた。
「来たな、虹輝」
「それじゃあ行こっか」
 こうして俺たちは山を登り始めた。やはり田舎の山道は険しく、普段運動不足というのもありそうだが、少し歩いただけで足が悲鳴を上げた。
 歩くこと8分。少しずつ道が平坦になっていった為、山の中腹まで辿り着いたのだろうと推測する。
「確かそろそろ見えてくるはずなんだが…」
 先程からずっと見渡す限りの緑色が続いており、神社らしきものは見当たらない。
「あれ、あっちじゃない?」
 夢香が反対方向に歩いていく。山の中の1人行動は危険だと言うのに…心の中でため息を吐きながらも夢香の後についていく。
「あれ、これって…!」
 木々の間に張り巡らされた黄色いテープ。立ち入り禁止の看板。間違いない、ここから先が立ち入り禁止…つまり神社へと続く道がある。夢香はこれに気付いたようだ。
「…よし。行こう」
 覚悟を決めた俺は2人の顔を見てそう告げた。

 黄色いテープをくぐった後も、似たような山道が続いた。
 最低限の一本道が整備されているから遭難の心配はほとんど無い。それにも関わらず
いつの間にか迷子になるのではないかという不安を募らせながら一歩一歩進んでいく。
 5、6分も歩いただろうか。少しずつ道が広くなり、古びた石段が見えてきた。かなりの急勾配だ。
「落ちないように気をつけようね」
 夢香の注意喚起を聞きながら慎重に石段を登っていく。
 幸い、3人とも高所恐怖症では無い。早いうちに上まで到達できた。
「これは…?」
「ここが、神社?」
 目の前に、荘厳な雰囲気を放つ神社が聳えていた。対峙するだけで萎縮してしまうほど
威圧的ですらあった。
「なんか、すごい雰囲気だね…」
「絶対何かあるよ。虹輝、先陣を切って中に入ろーぜ?」
「なんで俺なんだよ…」
 そんなやり取りをしながらも一歩一歩、神社に近づく。それに比例するようにして心臓の鼓動も早くなっていく。
 あと数歩で神社の扉を開けられる、と思ったその時。
「おい」
 背後から一言。今の気温と不釣り合いなくらいに冷たい声が耳に入った。恐る恐る振り返ると、1人の青年が立っていた。
「ここで何をしている」
 その青年は凍てつくような目つきで俺たちを見据えて、そう言った。
 この人は…誰だ…?
「私たち、探検でここに来ました」
「立ち入り禁止と書いてあるのが分からなかったのか?」
 夢香の返答も虚しく、再び問い詰められる。
「そ、そう言うあなたこそ立ち入ってるじゃないですか!」
 青年はため息を吐いて続ける。
「オレはこの神社の関係者だ。お前らは違うだろう。不法侵入で捕まりたくなければ帰りな」
「ううっ…すみません」
 立ち入り禁止を破っている身として、ここは引くしかない。せっかく来たのに…とは思うが、そそくさと引き返すことにした。
 青年の冷酷な態度に対する怒りとか、何も言い返せなかった悔しさとか、立ち入り禁止を破った罪悪感とか…いろんな感情がお腹に溜まり、俺たちは終始無言で山を下った。
 麓のすぐ近くまで来た時。
「…ねぇ2人とも」
 ずっと俯き加減で歩いていた夢香がぽつりと溢した。
 どういう感情を含んでいるのだろうか。俯いているため表情が分からない。
「私!!めっちゃ悔しい!!!」
 叫んだ。夢香が、全ての力を振り絞って、叫んだ。
「び、びっくりした…夢香、そんな大声出せるのかよ…?」
 夢香の叫びに肝を抜かれながらも夢香に尋ねる。
「だって悔しかったもん…」
「僕も、夢香に同じく」
 すると、ずっと黙っていた俊道も口を開けた。
「そりゃあさ、立ち入り禁止エリアに入った僕たちに非があるよ?でも注意の仕方ってものがあると思うんだ。なんだよあの言い方。絶対アイツ友達いねーよ」
「俊道、ちょっと落ち着け…?」
 明らかに機嫌が悪い俊道を宥めながら考える。
 何とかして、あの青年の目を盗んで神社付近に行けないか。
「確かに俺もむかついた。だからさ、あの人の目を掻い潜って神社に行って、あの人に一泡吹かせたくないか?」
 俺の提案に2人は目を輝かせた。
「僕も、泡吹かせたい」
「良いとは思うんだけど…どうやってあの人の目を掻い潜るの?」
 夢香の問いに、俺は満面の笑みで答える。
「夜だ。あの人が本当に神社の関係者だったとしても、流石に夜中まで見張っていることはないと思う。だから夜に神社に行けばやりたい放題だ」
「なるほど…!でもなぁ、夜に出歩くと流石に親に怪しまれちゃうかも。田舎の夜は街灯も少ないから、私の親は結構夜の出歩きについては厳しいんだよね」
「…しかもこんな田舎だと高校生は地域の人に顔を覚えられてるからなぁ。親の目を盗むのは流石にきついかも」
 行き当たりばったりで夜に出歩くなんて提案をしたが、流石に現実的ではないのか…

 結局、その後は疲れたからといって別れた。俺もじいちゃんの家に帰る。
「ただいまー」
「おかえり虹輝」
 縁側でくつろいでいるじいちゃんが笑顔で迎えてくれた。
「ねえじいちゃん」
「なんじゃ?」
「探検のことでさ、どうしても夜に出歩かなきゃならない…ってなったら俺のこと止めるよね?」
 随分と遠回しな言い方になってしまったが、俺が確かめたかったのはこのことだ。
「止める?儂が虹輝を?なんでじゃ」
 じいちゃんは不思議そうにおでこのシワを深めながらそう言ってのけた。
「いや、夜に出歩くのは危険だからって言って止めたりしないの?」
「お前が儂の孫だから甘やかしてるってわけではないが、誰であろうとも、若者の探究心を削ぐようなことはしないわい。仮に危険に晒されたとしても、それが人生経験になるから悪いことばかりでもないぞ」
 そう言ってじいちゃんはカラカラと笑う。
 どうやら俺はじいちゃんの破天荒っぷりを甘く見ていたようだ。ここでじいちゃんの破天荒に乗らないわけにはいかない。
「じゃあ今夜少し出かけても良い?」
「構わんよ。ただし、あまり人様に迷惑をかけるでないぞ」
「うん分かった。ありがと」
 一筋の希望を見出した俺は、すぐに2人に連絡した。
『俺、夜に出歩けそう』
 3人のグループラインに打ち込む。すぐに既読がついた。
『おおおすげえ。僕は相変わらず無理そうだな』
『まじかーすごいね!』

『俺しか動けないのかー。どうする?別の日の昼間とかにする?』
『でもあの人、絶対見張ってるよー泣』
『うーん…』

『虹輝…僕たちの願いを託しても良いか?」
『俊道、それってまさか?」
『3人の代表として、夜の神社に行ってくれないか!?』
『1人で!?!?』
『私からも頼む!今度アイスいっぱい奢るから!』
『僕も。お菓子買ってあげるから』
『はぁ…分かった。今夜行ってみる。電話なら繋げられるよな?流石に1人じゃ辛いから3人で電話繋ぎながら行こう』

 そんなわけで…
 午後9時。薄気味悪い夜の山の麓で俺は1人立ち尽くしていた。生温い夜風が葉を揺らす音を聞くだけで冷や汗が出てくる。
 田舎の夜の山に1人きりは、どう考えたって怖い。2人と通話を繋いでいるとしてもだ。
『虹輝くん大丈夫?さっきからあんまり喋ってないけど』
 電話口で夢香が呑気にそんなことを言う。事情が事情だから仕方ないとはいえ、安全圏にいる彼女のことを羨ましく思ってしまう。
「ああ、大丈夫さ…じゃあ今から登り始めるぞ」
 電話越しにそう宣言し、懐中電灯で前方を照らしながら進んでいく。昼間に一度歩いていたおかげで、懐中電灯の灯りさえあれば思いのほかスムーズに進むことができる。
 特に事故に遭うこともなく石段の前に辿り着いてしまった。
「例の石段まで来たぞ」
『おお早いね!じゃあここからは見つからないように慎重にね…?』
『虹輝、頑張れ』
 そう。ここから先は例の青年に見つからないように行動しなければならないのだ。1日で2度も見つかってしまってはどんな目に遭うか分からない。
 一段ずつ慎重に登る。背中を冷たい汗がじっとりと流れる。頼む、見つかるな!
 石段を登り終えて辺りを見回す。夜の静寂に、微かな虫の鳴き声がこだまする。
「…誰もいないのか?」
 人の気配は微塵も感じられない。
『じゃあ神社の周りを一周してみよーぜ』
「…ああ。分かった」
 俊道に言われた通り近くを歩いてみる。赤塗りの鳥居にそこそこの大きさをしている奉拝所。ぱっと見は普通の神社なのだが、放っている雰囲気が他所とはまるで違う。
 順調に神社周りを一周できた。しかし、特に探検に使えそうな要素は無い。
「神社以外には何もないぞ」
『もしもし虹輝くん?』
「もしもし。神社以外には何も見当たらなかった」
『あれ、聞こえてないのかな…虹輝くん?』
 どうやら電波が悪いようだ。こんな山奥だから回線は確かに不安定だろう。
『…く…聞こ…る?』
「も、もしもし夢香?俊道?」
 筆舌に尽くしがたい恐怖が湧き上がる。こんな状況だと考えてしまうのだ。もしこれが神社の不思議な力によるものだったら?と。
 ガサッ
「ひえぇッ!?」
 刹那。右の方に生えてる木が揺れた。情けない声が漏れる。
 落ち着け落ち着けと、自分に言い聞かせる。きっと風が吹いたから揺れたんだ。それ以外考えられない。
 この恐怖を拭うには、自分の目で確かめれば良い。あの木に何もいないことを証明すれば良い。
『しば…そこに…の?』
 まだ回線は復旧しない。
 恐る恐る木に近付く。上を見上げた瞬間。

 黒い塊が落ちてきた。

「うわああああッ!?」
 落ちてきたそれを凝視する。黒い塊などでは無い。人だ。しかも同年代くらいの女の子だ。
 その人は長い黒髪を揺らしながら起き上がる。恐怖で動けない俺を、水晶みたいに透き通ったその人の目が射抜く。
 言葉が、交差した。

「「君は…誰?」」