始発電車に乗り、学校の最寄り駅に着く。物陰に隠れて、陽菜子が到着するのを待った。一時間ほど待つと、陽菜子が現れた。予想通りだ。金曜日の帰りに、バスに乗る時間を遅らせて私に会わないようにしたのだから、朝も時間をずらしてくると踏んでいた。
 陽菜子に近づき、逃がさないように腕を掴む。
「こんなに朝早くから、どうしたの? 今、学校に行っても開いてないでしょ」
「……なんで」
 どうして私がここにいるのか分からないといった様子だった。まだまだ陽菜子は私のことを理解し切れていない。私はあなたのためなら、いくらでも無茶をする。
 彼女の顔にはクマができていた。あまり寝ていないのだろうか。
「私の質問に答えてもらっていないんだけど」
「ごめん」
「金曜から様子がおかしい。帰りだって私を避けるようにしていた」
「避けてないよ」
「嘘。何も言わずに一時間も私を待たせたくせに、何を言っているの」
「ごめん」
「……ごめん、違うの。そんなことを怒っているわけではなくて。今思えば金曜の午後から陽菜子の様子はおかしかった。挙動不審というか。もしかして、体育の授業で早川さんに何か言われたの?」
「違う。千尋は悪くない。私が悪かったの」
 ……やっぱり、早川さんにも何か言われたのか。ただ、陽菜子が憔悴している原因にはそれ以上のものがあるように思えた。
「じゃあ、何? 何で私を避けているの?」
「避けてない。いつも通りだよ。今日だって、ちょっと早く学校に行きたい気分だっただけで。ごめんね、何も連絡していなかったのは謝る。ほら、バスも来たし行こう」
 早々に私との会話を切り上げた。
 城ヶ崎と早川さん。早川さんがどのような人かは分からないけれど、私が五十メートル走で早く走ったことに嫉妬すると言うことは、陽菜子が自分を捨てて、私と仲良くしていると思っているかもしれない。教室での様子を見ても、明るい性格に間違いは無いので、陽菜子に対して陰湿な方法で手出しはしていないだろう。やはり、問題は城ヶ崎。辺りには愛崎高校の生徒は見当たらない。早朝なので当然ではあるが、城ヶ崎がどの程度、私や陽菜子のことを監視しているかは計り知れない。視線に敏感になる。
 バスの中では互いに無言だった。
 いつも通り、他に乗客はいなかった。そういえば、五月に一度だけ、陽菜子が「誰か乗っていなかった?」と言ったときがあった。陽菜子を心配させないために「何のこと?」と答えたけれど、バスから降りていったのはクラスメイトの大槻だった。身長や傘の色、窓越しにこちらを確認した際には顔も見えた。あの頃から陽菜子への攻撃が始まっていたとは思えない。何かあったのは金曜日。それは間違いない。つまりひと月もの間、放置されていたことになる。向こうも、私達が仲良くしている証拠を集めてから動き始めたと言うことか。
 やっぱり、臆病だね。城ヶ崎は。
 バスを降りて、傘を差す。空のような水色が私の頭上に広がる。一歩、二歩進んだところで、後ろからバシャバシャと大きな音が聞こえ振り向くと、陽菜子が走り去っていた。
「マジかよ」
 ここで逃げる? 私を避けることに徹底していて、驚くことしかできず、彼女を追うことは出来なかった。陽菜子がそこまでしなければならないということは、強く圧力が掛けられている。早めに決着を付けるのが良さそうだ。
 雨の日がまた楽しめるように、私達の大切な時間を取り戻さなければならない。

 昼食を終えると、陽菜子が珍しく食堂にいることに気がついた。そして、その隣にいるのは大槻だ。二人が仲良くしているところは見たことがない。
 声を掛けようかとも思ったけれど、二人が立ち上がったので、そのタイミングを逃してしまった。
 多目的室に二人が入っていく。授業でも使ったことのない教室に何か用事があるのか? 嫌な予感がした。扉に耳を近づける。中に誰がいる?
「間瀬に何か言った?」
 城ヶ崎の声だ。陽菜子は城ヶ崎に呼び出されたのか。陽菜子と城ヶ崎、大槻の他にも数人が部屋にいるに違いない。用意周到な城ヶ崎のことだから、陽菜子が逃げられないような人数を揃えているだろう。
「何も言ってない」
「本当に?」
「信じないの?」
「だってさ、あんたは私との約束、破ったでしょ? 金曜日の帰り、高瀬と一緒に帰ったらしいね。本当に仲が良いんだ、あんた達。そういうのさ、私ムカつくんだよね。約束を守らないやつって」
 約束と言っているけれど、一方的に城ヶ崎が突きつけた条件でだろう。
 金曜日の帰りに陽菜子がバスの時間をずらした理由は分かった。大方予想通りだ。
「まあ、いいよ。あんたはやっぱり高瀬の仲間だし、私はあいつをこれ以上自由にさせたくない。……そうだ、あんたが高瀬に何かしなよ。大切なものを盗るでもいいし、手をあげてもいい。どう? やりなよ。仲良しのあんたがそんなことをすれば、高瀬も懲りるでしょ」
 ああ、あのときと同じ。
 小学校の時と同じだ。
 みんな自分のことが大切だ。それは仕方が無い。
 陽菜子も、そうなのかな。そうだとしたら、私はどうする。きっとまた、以前のように受け入れるのだろう。
 だが、陽菜子は美佳とは違った。
 私は彼女の答えを聞いて、その場をあとにした。
 本当は乗り込んで、怒りに任せて城ヶ崎のことを殴り飛ばしてやろうかと思ったけれど、それでは何も解決をしない。私が教師に取り押さえられるだけだ。一過性の感情を晴らすだけでは私の怒りは収まらない。
 陽菜子を助け、城ヶ崎を懲らしめる。
 そのために私は何だってやってやる。