あと三日。あと三日で指令が達成できなければ死亡と通達され、実際に一日にひとり亡くなっていくという中、紅沖矢はダラダラしていた。
 彼に与えられた指令はどう考えてもひとりで達成するのは無理なため、最低三人から中身を確認しなければいけなかったのだが、残っているのが四人中三人殺している殺人鬼、無表情でなにを考えているのか全くわからない大学生、そしてホストと知ってあからさまに避けて回っている今時女子高生となったら、「これもう俺死ぬしかなくね?」みたいなテンションになっていたため、相変わらず行いを改めることはしなかった。
 人間、三十年も生きていたら、そう簡単に行いを変えられることはない。
 ただラウンジで炭酸を飲んだ帰り、部屋に戻ろうとした際に、何故か美羽と立石が片っ端から死者の部屋を解体して回っているのが目に入り、絶句した。
 声をかけようかとも思ったが、結局は首を振って自室に戻った。どうもこのふたりは館内にある隠し部屋を探しているらしかったので、最悪の場合はそこにでも逃げ込めれば、自分の指令達成条件を満たせずとも助かるんじゃないかと楽観視したのである。
 そうと決まったら、紅は惰眠を貪りはじめた。
 人間、三十年も生きていたら、そう簡単に行いも、生き方も、ライフワークも変えられることはない。変えることができる人は、心身とも若さの特権だ。

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 紅はホストとして仕事で女や金持ちに媚を売るのは得意だったが、私生活はとにかく自堕落であり、面倒臭がりだった。しかし彼のひも体質は、駄目な男を世話するのが好きという性質の女たちを引き寄せ、自堕落な彼は自堕落なまま生活が成り立つようになってしまった。
 そうは言っても、紅が都会に出てきてホストをするようになるまでは、完全にひも一本で生計を立てていたが、よりによって世話してくれていた女を妊娠させた。
 紅は荷物をまとめて都会に逃げた。女に世話をされるのは好きだったが、彼は世話をするのが好きではなかった。
 しかし都会ですぐに紅をひもとして面倒見てくれる女が見つかる訳ではなく、ホストクラブで働くようになった。夜生活が好き、昼に動けない、そもそもひもだから口八丁手八丁以外でできることがない。それで働ける仕事がホストくらいだったのである。
 本来がっつくホストというものは、経営方面でも目端が利く。客にこまめにアプリで連絡を取り、同伴にも喜んで出かけ、プライベートでも適度にデートをしては店に売上を入れる。
 紅はほぼできなかった。本来、自分を売り込むことができないホストは、若さや初々しさでもない限りは埋もれていく一方なのだが、紅の天性のひもの才能は、ここで男に貢ぐのが好きな女たちを惹きつけてしまったのだ。
 自堕落、口八丁手八丁以外なにもできない。
 普通に生きている人間であったらまず関わりたくないと思うタイプの男が、ただ駄目な男が好きな女に愛される才能だけで、店の売上をどんどん上げていった。
 その内、客の中から彼の家を世話する女が現れ、食事を、服を、その他さまざまなものを世話するものが現れたところで「うちの店の店長をしない?」というところまで話が進んだ。
 ひも体質もここまでくると才能であり、彼はその女の同伴をしたあと、今働いている店を辞めて、女の世話になろうと思っていた最中で、誘拐されたのだった。
 紅は故郷に捨ててきた女と子供のことを、一度も思い出したことがない。
 面倒なことは全部捨てて置いてけぼりにしてきた人生だったために、彼女たちのことは面倒なカテゴリーの中に突っ込んで、そのまま忘却処分してしまったのだった。
 そしてその面倒が嫌いな彼が、面倒しかない指令をする訳もなく、ダラダラしていたら勝手に生き残ってしまった。このまま美羽か立石、どちらのものかわからない指令に便乗して生き残ろうと思っていたが、そうは問屋は卸さなかった。

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 昼食を食べ終え、紅はクワリ……と惰眠を貪りに行こうとした中。この数日で嗅ぎ慣れてしまったにおいがすることに気付き、嫌な顔をした。
 美羽と立石は部屋の解体作業から、続けて一階の端からなにやら探しているみたいだし、榛はまたふらふらしている。飽きたらまたどこかに来るだろう。
 だとしたら、これを見つけられるのは紅しかいないのだが。

(やだなあ……)

 紅は心底嫌な顔を浮かべる。本人は怠惰で自堕落で、物事に対してやる気がない。甲斐性のある女に飼われる以外になにもやりたくない。
 これでも店に出ていたときは、それ相応にホストらしいこともできたのだが、この数日の自堕落生活のせいで、すっかりと天性のひも体質に逆戻りしていた。男と身持ちの固い女しかいないせいで、彼の性質に誰ひとり気付かなかっただけで。
 だから見なかったことにしてさえいれば、残り時間を部屋に引きこもって過ごして終えられたんだろうが。
 そこに「フンフンフ~ン」と鼻歌が聞こえてきたのだ。あっちこっちフラフラしている榛が来たのである。
 もしもこれで榛に変なスイッチを入れたら殺されてしまう。つまらないと判断されても殺されてしまうし、面白いと判断されても殺されてしまう。つまり榛に出会ったら最後、彼なりの理論に沿っていたら簡単に殺されてしまう上に、それで三人ほど血祭りに上げられてしまっているのだから、なるべく一対一で関わりたくはない。
 それだったら誰の死体かわからない死体と向き合ったほうがいい。

「……うん? ちょっと待て」

 そこでようやく紅は、計算が合わないことに気が付いた。
 今二階の廊下を鼻歌歌っている榛。一階でなにかしら作業をしている美羽と立石。二階の廊下で死体らしきものを見つけようとしている紅。
 ……仮にここで遺体があるとしても、そんなのもう、ひとりしかいないはずなのだ。
 紅が歩いていき、思いっきり「ギャァァァァァァァァァ!!」と叫んだ。
 耳をつんざくような声を上げたとしても、元々が自堕落な男の叫び声だ。間延びしていてどうにも緊張感が欠けている。それに鼻歌を歌っていた榛が「どったの?」と寄ってきた。
 下手に刺激して殺意の矛先を向けられないよう、紅は腰を抜かしたまま、指を差した。

「ぜ……」
「ぜ?」
「全裸の男が……死んで……る……」
「えぇー? コンシェルジュ死んじゃったのぉ? でも数合わなくね?」

 容疑者。榛。紅。立石。美羽。
 立石と美羽はなにやら作業をしている。榛は今来たところ。発見したのは紅。
 そして遺体。
 いつも仮面で覆われ、機械で声を替えていたコンシェルジュの顔を見るのは初めてだったが、肉付きが必要最低限で、鶏がらほど細くもないが、肉付きがいいほうでもないという、陸上タイプの筋肉の付き方をしている全裸の男が、目を剥いて倒れていた。
 榛は「はあはあ……」と言いながら、死体に触れた。

「うん。死んでるぅ」
「そ、そりゃこんなところで、全裸で寝てても息してないから、死んでるけど……でも……」
「というかさあ。これいつ死んだの? 既に死後硬直はじまってんじゃん」
「……は? なんでそんなこと……」
「死んだばっかだとねえ。ぐでぇーってしてんだけどねえ。時間経ってくとどんどん死体の筋肉凝り固まってくのぉ。ほら、ビーンビーン」

 そう言いながらコンシェルジュらしき男の腕を無理矢理上げようとするが、すぐに姿勢が正されて元に戻ってしまう。これでは形状記憶合金と変わらない。
 すぐに殺したがる殺人鬼は、死体についてもそこそこ詳しかったのに、紅は唖然としていた。
 そこでひとつ、嫌なことに気付いた。

「……死後硬直って、いつからはじまるんで?」
「ん-? 寒かったらもっと時間かかるけどー。ここはそこそこ適温だから二時間前後?」
「……昼食、俺らコンシェルジュから出してもらったんじゃ? あれ誰?」

 現在は昼食が終わって解散したばかり。そうなった場合、殺されたコンシェルジュでは、食事を出しようもないのだが、自分たちは普通に食事を済ませていた。
 紅はぞっとした顔をしていたが、榛はポン。と手を叩いていた。

「あ。そっかあ」

 途端に榛がにこやかな顔になった。この数日間の内に、紅は既に榛が「おもちゃを見つけたら笑顔になる」ということくらいは理解している。脈絡のない行動を取る男だが、おもちゃを弄ぶときには途端に満面の笑みになる。

「誰かコンシェルジュと入れ替わってんだあ。じゃあ次はそいつと追いかけっこだ」

 紅はドン引きしながら、「そうっすね」と引きつった声で言った。片やこの館内に閉じ込められた人間の過半数を殺した快楽殺人鬼、片やコンシェルジュを殺して成り代わった何者か。

(もう勝手に殺し合ってくれよ……)

 そう思っても許されるだろうと、紅はそっと溜息をついた。