クラスLIINEに一つのメッセージが投下された。
現実の騒ぎぶりとは反比例して、LIINEではいつも寡黙な美少女が、突然意味不明な依頼を発してきたのだ。
「学園タブレットの通信ツールに、とにかくデータを送ってください」
「各種告白大歓迎」
「色恋モチロン文句苦情もドシドシ」
「思いの丈を長文短文画像あーんど動画で表現してください」
「学園マザーコンピュータの限界チャレンジ」
「送り先はわたし 2年1組 ソウガアメリまで」
「2年学年主任 三浦先生監修企画 わたしのAI研究への情熱に是非協力を!」
学園生のみが、学園タブレットのみでアクセスできるアドレスを併記したメッセージだ。他クラス、他学年の学園生へも拡散して欲しいとの一文も添えて。
受け取ってすぐは半信半疑だった殆どの学園生だが、一部の生徒―― 一色 恵利花や来生 稜斗ら、亜美の状況を伝えられた一部の生徒が積極的に「送信したらアメリが喜んでた」と投稿の後押しとなる情報をも吹聴しつつ協力したため、数分後には大量のメッセージや画像データが学園マザーコンピュータに押し寄せた。
微々たる助力だが、専門的な戦い方の出来る薮やハテアイと同じには出来ない天麗の精一杯の《《広報》》射撃だ。
「オレも力になれてるか? やっぱオレが主体になった方が、良かったんじゃないか!? 生徒を矢面に立たせるなんて、やっぱり落ち着かんっ」
三浦がさすまたを手に、オロオロと徘徊する。
「そうだ! 今から送り先をオレのところに変えて、主催者をオレにした方が良いんじゃないか!?」
それが良い! と目を輝かせる三浦だが、天麗はクワッと両目を見開き、自身の胸を強く叩いて踏ん反り返る。
「わたしが良いんです! ミステリアスな転校生のわたしが、先頭に立ったインパクトは絶大です」
有無を言わさない自信に満ち溢れた一言だ。情熱はあるが、日々の教員仕事に忙殺されてアップアップしている三浦だ。自己肯定感はそれほど高くもないから黙り込むしかない。
「ミステリアスて……。まぁ、惣賀ちゃんのビジュの吸引力は否定しないけどさぁ」
「……」
笑う亜美の目の前では、ピタリと手を止めた薮が天麗を凝視している。そのまま「ミステリアス……ビジュ……かわい」と消え入りそうな声で呟くと、再びガバリと勢いを付けて画面に食い入る姿勢を取る。
「って、何で薮ちゃんが赤面してんの!?」
「気のせいだっ!! 惣賀さんに余計な奴がくっ付かないうちに、僕が何とかするからっ!!」
亜美の揶揄いに、ムキになって言葉を返す薮に、綾小路が微笑ましく目を細める。
「あーあ、もぉ。わかってるって」
「分かんなくて良い! 僕だけで充分だ!」
「何が分かってるんですか!?」
亜美、薮、天麗の通じている様で、微妙にずれている軽口は続く。
その間も、データは続々と送られてくる。けれど、素人が面白半分に送るデータ量などたかが知れている。依然として薮とハテアイの苦戦は続く。
「いいですね、こんな窮地なのに相手を思い遣りつつ、ケド素直に表せない歯痒いくらいにモドカシイ甘酸っぱさ。全力で取り組む若さって眩しいですわ。
私から見れば、出来ることを全力でやろうとしてる三浦先生も充分に素敵に映っていますからね」
綾小路が、空回り続きで落ち込みつつあった三浦に微笑を向ける。
「すぅぁっ!? す、すすすすすす、すっ、すてきっ、ですかぁっ!?」
分かりやすく動揺した三浦が、握りしめたさすまたを持ったまま挙動不審に手を上げ下げし、ギクシャクと計算機室内を歩き回る。「悪い奴はどこかなぁー」などと上擦った声で真っ赤になった顔を隠すべく、部屋奥へ歩いて行くのを天麗と亜美は生暖かい視線で見送る。
「大人でもこんなもんなのね」
「ですね」
言った途端、ガツンと音が響いた。三浦の手にしたさすまたが、CPUを積み上げた筐体に引っ掛かったのだ。二人があっと声を上げる間もなく、体勢を崩した三浦がガンメタリック色の筐体に全身で倒れ込む。
さすまたでの小さな範囲への強い衝撃と、成人男性三浦の全身での激しい衝突が筐体を襲った。
最愛の美魔女先生の前で無様を曝すことになった三浦には悪いが、思わず快哉を叫びそうになった天麗だ。だが、しっかりと固定された棚はびくともしない。がっかりと項垂れそうになったところで、薮とハテアイが揃って息を飲むのが伝わって来た。
一瞬、プログラムの動きに支障が現れたのだ。
目に見えた破損はなくとも、表に見えている積み重なったCPUには幾らか衝撃が伝わったらしい。
「「きた!!」」
声を揃えて、「1」「0」に立ち向かう二人のタイピングが一層速度を増す。
「これで、傍迷惑な自己愛に人間を巻き込むAIを黙らせられる!」
「これで、惣賀さんに集まる奴らを黙らせられる!」
思い思いの言葉を叫びながら、二人はこの機を逃すまいと知らず連携を高めて「眠り姫」を追い込んで行く。
『 た す け て 』
亜美の持つタブレット画面に、たった一行の文字が表示される。
興奮の高まりとともに、静けさを増して行く計算機室では、今や微かなタイピングの音のみが響く。
『 あ み 』
『 た す け 』
幾つかの音が、現れては消えを繰り返す。
それすらも掻き消えた画面は黒一色に塗りつぶされる。
終わったか。
そう思った次の瞬間、画面全体を覆って行く「0」「1」の群れが続々と現れ、見る間にタブレット画面の全体を埋め尽くす。
「え!? ちょっと、何よこれ!?」
「亜美さんのタブレットがバグってるんでしょうか!? 待ってください、LIINEでも何か変だってみんなが言ってます!」
恐慌状態に陥りつつも、AIが自身に助けを求める一言を遺した画面から目を離せない亜美に、天麗がスマホを手に状況を探る。
その僅かな間にも、亜美の手にした画面では、「0」と「1」が細密な印影を作り出して行く。
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断末魔の叫びを上げる口の形をとって、意味を成す像はふつりと消えた。
「碇さんを、ひとりぼっちにしようとした眠り姫の最期です」
天麗は呟くと、緊張に全身を強張らせた亜美の手をそっと上から握る。さらにゆっくりとその手に力を込めて、彼女の運命を狂わせようとしたAIからの呪縛から解き放つように、タブレットから離させて行く。
電源が入りながらも、黒一色に画面を塗りつぶされたタブレット。それを静かに床に置いたところでようやく亜美の視線が天麗を捕えた。
「終わったの?」
不安げな亜美の言葉に、天麗が力強い頷きで応えようとしたところで――。
真っ黒の画面が白い「0」で埋め尽くされた。
