時刻は午後六時半。
「駄目だ。碇さんのお父さん、夕方には家を出たから彼女とは会っていないって」
「お母様もですね。いつも碇さんが帰宅する頃に家を出るから、その時に会えなければ、翌朝帰宅するときまで会えないって」
三浦と、綾小路が電話を片手に深刻な面持ちで、言葉を交わす。
場所は職員室。教員の三分の二は既に帰宅しているが、残った教員らは三浦から碇 亜美の身に起きているであろうAIトラブルの説明を聞き、事態の把握に乗り出している。迅速に。粛々と。
教職員の半分は学校周辺の見回りに。残る半分は、手掛かりを探して構内の確認に。そして、技術職員らは薮に指摘されたゾンビプログラムの駆逐に。
今回のAIによる拉致疑惑は、情報の広がり方によっては、もし何の問題もなかったとしても、女子生徒の醜聞として面白おかしく伝えられてしまう危惧がある。下手に騒ぎ立てることも出来ないが、初動の遅れで防げるものを手遅れとしてしまってもまずい。
そんな細心の注意を必要とする状況だった。
「碇さんが学校を出るところは、誰か見てるんですか? 本当に、学校の中には居ないんですか?」
薮が焦った様子で問うが、生徒一人一人の動向など学校側が逐一詳細に把握などしているはずもない。
ヴヴゥー ヴ・ヴゥー
天麗のポケットの中で、着信を知らせるスマホのバイブ音が響く。その音に、天麗はハッと瞳を輝かせた。
「あ! クラスLIINEですよ!! そうです、碇さんの仲良しグループやカレピなら何か知ってるかもです!」
もしかしたら既に気を利かせた誰かからの連絡かも、などと期待を膨らませつつスマホを取り出す。
「どうだ?」
三浦の問いに、天麗はあからさまな渋面をつくり「違いました」と低い声で呟く。
「例の、Switehのバトルゲームの《《出会い厨》》さんでした」
「はぁ!?」
亜美への心配がどこかに吹き飛んだ勢いで、薮が殊更大きな動きで全身を天麗に向けた。
「それ、どいつ!? 惣賀さんが困ってるなら、僕がガツンと言ってやるから! 貸して!!」
スマホに向けて手を突き出してくる。
「いえいえ、大丈夫ですよ。ずっと距離感変わらないですし。わたしがAIを満喫できる学園に転校するって言ってから、えらく声を掛けられるようにはなりましたけど。オフ会とかリアルに会うことは、リクして来てきませんから。
今も、クエストの時間になってもわたしが現れないからメッセを送って来ただけです」
言いながら、両手で持ったタブレットの画面に、親指で何事かをトトトと入力してゆく。
「問題児AIさん対策のリアルクエスト参加中だから、ゲームはあとでって送っときました」
問題なし、と力強く言いたげな天麗だが、教員らは勿論、薮も何か言いたげな視線を向けている。ただ、どこから突っ込むべきか悩んでいるだけだ。
教師らは、主にゲームを介して、知らない誰かと個人的な遣り取りをどこまで行っているのか。情報リテラシーに関して。
薮は、出会い厨と思われる者と、普通にかかわり続けることに関して。嫉妬だ。
「それでもってクラスLIINEにしっつもーん!」
再び親指で軽やかに入力する。「とうっ」と天麗が掛け声を上げた途端、薮のポケットの中からも着信を知らせるバイブ音が響いて来た。画面を見れば、簡潔な質問が記されている。
【いかりさんを見た人いますか?】
【かえったあとで】
見る見る既読の数字が増え、ぽつぽつと返信が流れ出す。
けれどほとんどが「おつ」「しらん」「家もしらんし」「見てない」など素っ気ない一言だ。
そんな中。
【気になってアミの家の前を通ってみたんだけど】
【誰も居ないみたいだったよ】
【行きそうなとこも見たけど居なかった】
一色 恵利花からだ。
すれ違いや衝突があったにしても、小学生時代からの付き合いのある彼女は、様子のおかしくなった旧知の仲の亜美を見捨てることは出来なかったのだ。
対して、彼ピこと来生 稜斗やオトモダチ一同は既読スルーを決め込んでいる。
「まだ、校舎内に居る可能性も出てきましたね。AIさんからの挑戦。本気の学園かくれんぼを、受けて立ちましょう!!」
スマホを片手に握り締め、天麗が雄々しく宣言する。
勇気と思い切りの良さが乗った力強い一歩を踏み出そうとしたところで――。
すかさず上がった「ちょっと待って!」の薮の声が、彼女を引き留めた。
