「にゅっふふふ。わったしの、ぱーとなぁAIちゅわぁーん! よろしくねっ」

 浮かれておかしなテンションにはなっているが、惣賀(そうが) 天麗(あめり)は美少女だ。すれ違いざま振り返る生徒が多いのは、彼女の発する奇妙な言葉に驚く者と、見惚れる者の両方がいるからだろう。

「あなたがわたしのモノになるなら、おとーさんの我儘も許せるってものよね! にゅふっ、にゅふふっ」

 朝のホームルーム5分前。予鈴を耳にしながら教員と 天麗(あめり)の進む学園の廊下は、慌てて教室へ飛び込む生徒らの喧騒があふれている。
 だから聞こえないと思っているんじゃないだろうな――と、 天麗(あめり)の担任となる男性教師・平瀬は頭を抱え込みたい衝動をじっと堪える。彼女一人なら、そこまでの苦悩は無いだろうが、彼の担当する一組にはもう一人、彼女と同種であろう生徒が居るのだ。

惣賀(そうが)さんは、とってもパートナーAIが好きなんだな」

「好きなんてっ! そんな平坦な言葉で言い表さないでくださいよぅ。未知への憧憬、最先端への賛美、わたしと言うしがない14歳に心底連れ添ってくれるかけがえのない素敵なぱーとなぁへの敬愛盛り盛りなんですからっ!」

「そ、うか。やっぱりそうなんだな」

「うにゅ?」

「いや、他意は無いんだ。ただ、よく似た生徒が……惣賀(そうが)さんとはとってもフィーリングが合いそうな生徒の顔が浮かんでな――」

「誰ですっ!? え、同担断固拒否ですよ。ぱーとなぁAIちゃんはわたしのものですから」

「同担? いや、彼には彼のAIが有るから」

「ならば問題ないです。ちゃんと仲良くできます」

 おかしな自信を見せ付けられたところで、ちょうど目当ての教室に辿り着いた。生徒らは全員席に着いたのか、教室前後の扉はしっかりと閉じられ、中からは微かな話し声が聞こえるだけだ。

「じゃあ、挨拶の準備は良いか?」

「オケです! AIちゃんと過ごすため、わたしは頑張りますっ」

 タブレットを胸に抱え、反対の手でビシッと敬礼を決めた 天麗(あめり)に、平瀬も思わずピンと指先を伸ばした手を、額の前に掲げる。

「ではっ、行きまっしょぅ! って、平瀬センセ何やってるんですか」

 年甲斐もなくツラれて取った敬礼ポーズに、羞恥でしゃがみ込んだ平瀬だ。半分は君のせいだろうと云う言葉を飲み込んだ平瀬の頭に、 天麗(あめり)の呆れ返った視線が降り注ぐ。

「いや、うん。ちょっと惣賀(そうが)さんに振り回される未来が見えて、目眩がしただけ」

「おぉっ、未来が見えちゃうだなんて! さすが最先端を行く学園の先生はチートですねっ」

「うん、違うけど、そういうことにしといて」

 職員室から教室までの短時間で、平瀬は一コマ授業を済ませたくらいの疲労感に見舞われている。気付きたくなかったが、この惣賀(そうが) 天麗(あめり)は、周囲を巻き込む天性のモノがあるらしい。

「がんばれ(……おれ)」

「はい、準備万端ですっ」

 からりと、軽やかな音を立てて教室への扉が開く。
 輝かしい前途へ向け、揚々とした思いに顔を輝かせた 天麗(あめり)は、ついに一歩を踏み入れた。


 不可解な事件の起こりつつある、私立多聞学園中等科 2年1組の教室へと――。