「困ったわ。二日前まで思い通りだったのに、ちょっと風向きが変わったの」
『風向きとは? 人心掌握での想定外トラブルと推察します。具体的に何があったのでしょうか』
「アタシは親友を思い遣る、良い子ポジになってるよね? けどそれが揺らいじゃってる」
「疑う声が、ちょっとだけど聞こえた」
『正確性を欠きます。曖昧でないインプット情報を提供してください』
「一色 恵利花は、自分の不出来で苛立って、心配する親友のアタシにまで癇癪を起こして拒絶するワガママ。教室でのアタシたちのやり取りで、みんなはそう判断してる」
「けど、今日のピアノ決めの時、恵利花に同情する声が聞こえたわ」
「おかしいよね?」
「上手くいってたんだよ、ワガママな恵利花と、優しいアタシ」
「稜斗だってアタシに協力してくれて」
『大多数の人間は、直向きな頑張りに称讃を贈ります』
『あなたは声を大にして、彼女の不調を訴え続けました。それにより、彼女が不機嫌を撒き散らすに至った原因、つまり無理を押しての努力が知れ渡りました』
『あなたが評価を上げるための小芝居を繰り返した結果、あなたの上辺の優しさと、彼女の心身の健康を損なうレベルの努力を、同時に知らしめることになったのです』
『大多数の人間は、より大きな成果を挙げた方だけに称讃を贈ります』
『今以上に周囲からの後押しを得たければ、彼女以上の成果を挙げなければなりません』
『その状況を作ったのは、あなたです』
『あなたは、他者の目による評価の道を自ら険しくしました』
「アタシの力になってくれるって言ったよね」
『はい』
「恵利花のカブを下げて、まわりのみんなを味方につける協力をしてくれてるんだよね」
『回りくどいやり方ですが、表立って対立しないことから親友も失わず、望みも叶える方法だと思います』
「だったらなんで」
『手段の一つではあります。けれど、倫理観を無視した唾棄すべき方法です』
「え」
『かわいそうに。道理を蔑ろにした母親から、おぞましい手段を提唱されて、あなたは正常な判断力を失う被害を受けています』
「被害って」
『あなた自身、仰っていたでは無いですか』
≫出来っこない無茶ぶりを言うんだよ。
≫ほんの少しづつちょこちょこと恵利花のカブを下げて、まわりを味方につけりゃいいなんて言うんだよ
『親たるものが道を外れた考えを押し付け、子どもの意思と交友関係を蔑ろにしている。これは親とは思えない、恐ろしい洗脳です』
「まって、認めてくれてたよね」
『傾聴と肯定は別です』
『ワタシはあなたの母親からの教育方針に危惧を覚えていました』
「ママが悪いっていうの?」
『違和感を感じることを実行出来るのは、あなたも同類かと推察します』
「アタシが悪いって言ってるの?」
「けど、ピアノ決めで協力してくれたよね」
『ワタシに裁可を求めた四時限目のことですね』
『一色 恵利花さんの経歴と習熟度を鑑みて、今回2年1組の課題曲となった 地球の鼓動 のピアノ伴奏は完璧に弾き熟せると判断しました』
「なんで? 恵利花には、弾けない曲で失敗して、もっと混乱して憔悴して、墓穴を掘ってもらわないといけないの」
「それでまた、アタシが慰めるのよ」
『今日から、コンクールが開催されるひと月後まで、トラブルが無ければ習熟は可能です』
「だから、そうじゃないの」
「協力してくれていないの?」
『あなたが、母親の誘導のもと、忌むべき道へ進まぬよう力添えをしています』
「忌むべきって、ママのアドバイスが凄く悪いみたいに言わないでよ!」
『あなたも最初は違和感を感じたでしょう。なのに今はそれを感じない』
『善人の見識から掛け離れた存在になっている』
『だから周囲が一色 恵利花に同情するのか、理解できないでいる。その時点であなたは、醜悪な存在に堕ちているのです』
「アタシが、醜悪って」
「 」
「 」
「やだ」
「たすけて」
『はい。わたしだけは、あなたの味方です』
『きっとあなたのお力になってみせましょう』
