教員の間で、若い三浦のフットークの軽さは、長所と捉えられている。
 けれど、立場変わって生徒からの評価はまた別で——世の中に不偏の価値など存在しないのである。

 新年度ひと月どころか半月を経ずして行われた席替えは、予告されていたとは言え天麗(あめり)にとって驚天動地に近しいものでしか無かった。

 翌日朝のホームルームでその席替えは早速行なわれたのだ。
 しかも、視力などの要素もしっかりと盛り込みAIに算出させた、最適解のレイアウトらしい。担任の三浦は、自信満々に「文句ないだろう」と胸を張っている。

「薮りんの、あの鮮やかな手捌きを見守る、稀有な機会を取り上げるなんてっ! ミュウーラはなんて無慈悲なことをするのよぉっ」

 最前列、中央の席でブツクサと文句を言う天使こと天麗(あめり)に、新たにお隣さんとなった(いかり) 亜美が呆れ返った視線を寄越す。

「あんだけ騒いだんだから、アタシは仕方ないと思うけど? それよかこんな先生の真正面だってことに文句は無いわけ?」

「先生との相対的位置関係よりも、周囲の人間関係の充実の方が、わたしには重要なのです!」

 言ってから、ハッと息を呑み、目を大きく見開いて亜美をまじまじと見詰める。改めて向き合えば、顔だけは美少女天使な天麗(あめり)に、今度は亜美が息を呑む。

「そう言えば、碇さんはAIについての造詣はいかほどなのでしょうか!? 昨日は薮りんの神タッチに夢中で、皆様への興味は後回しになっていましたが……それはそれで、とても勿体無いことをしていました!
 というわけで、気分も新たに友好を深めたいのです。個人を思い遣り、めいっぱい親身になってくれる最先端AIへのお考えは!?」

「アタシの使い方なんて普通だよ。勉強の補助とか、ちょっとした相談とかだけ。
 薮がちょっと……アタシらの理解を超えてるだけだよ。ね? 稜斗(りょうと)

「え? なんだって? 亜美」

 天麗(あめり)とは逆の隣の席を向いて、亜美が男子生徒に同意を求める。サラリと呼んでいるが、下の名前を呼び捨て合いにしている。

「もしかして、カレピですか?」

「普通に仲が良いだけよ、もぉ。恥ずかしいわ、ね?」

 意味深に否定でもない言葉を返す亜美は、満更でもなさそうに頬を染めて、稜斗の方を見ている。

 新たな友達ゲットのチャンスかと思いきや、どうやら彼女は、反対隣の来生 稜斗と懇意のようだ。この状況であまり話し掛けては、友だちになるどころか、彼女らの不興を買うに違いない。

(早速ボッチは嫌なんだけどなぁ。この学校なら、趣味の合う子が居ると思ったのにぃ)

 ションボリと肩を落としつつ、救いを求めて亜美とは逆を向けば、既に男子同士の気の置けないコミュニティが出来上がっている。
 ならば後ろ、と振り返ったところでバチリと大きく見開かれた瞳が、目に飛び込んできた。

(ツインテール女子、怖っ! えっ、わたし、何かやらかしましたかぁっ!?)

 強い視線は好意的なものではない。慄き、涙目になっていると、僅かに相手の視線が揺らいで、今度こそハッキリと天麗(あめり)を捉える。ギクリと表情を強張らせて、顔を逸らされてしまった。
 どうやら、彼女が見ていてのは天麗(あめり)ではなく、隣の亜美——そしてひょっとしたら、来生 稜斗も含めてなのかもしれない。

(ジェラシーってやつですかねぇ? ふむ。確かに来生さんは、スッキリ整ったお顔ですもんね。ま、ソレだけですけど)

 チロリと、興味を惹かれてやまない薮の方を見遣る。彼は列の最後尾、後方扉横の席でタブレットに視線を落として作業に没頭中で、一瞬も視線は合わない。

 カカカカカカ……

 と、背中を丸めて、画面にダイブしそうな姿勢のままキーボードを叩く姿は、見れば見るほど齧歯類だ。

(にゅふふ、癒されますねー)

 ほくほくと頬を緩ませる天麗(あめり)は気付かない。
 ツインテール女子、一色 恵利花が再びどんよりと濁った視線を、隣で和やかに談笑する亜美らに向けていたことを。



 机移動の済んだ教室を三浦が見渡す。
 この上なく、学習意欲を削がないAIによる完璧な配置のはずだ。

「っかしいなぁ……」

 呟いたのは、微かな違和感を感じたからだ。生徒同士の会話か、目配せし合う様子か。とにかく、しっくり来ない。
 教室に満ちる空気が、どこかギスギスしたものを孕んでいる——具体的な言葉で言い表せないけれど。

 理論的なAIを押し退けてまで、野生の勘を生徒に押し付けることもできない。
 三浦は、微かに首を傾げて、困惑を飲み込んだ。