週が明けた月曜日、その日僕は午後になってから家を出た。土曜日はあのあと家に帰って、なにをするでもなくゴロゴロして過ごした。
日曜日は朝から家を出て、一日中歩き回った。やり残したことはなにか、そのヒントを探すべく外へ出たが、答えはどこにも落ちていなかった。唯一の収穫は、人間と幽霊の区別がつくようになったことだ。人間は光を浴びると影ができる。そして僕もそうだったように、幽霊には影がない。町中を歩いていると、影のない人と何度かすれ違った。僕のような幽体なのか、それとも霊体なのかは判然としないが、生気のない顔で歩いていたり、ただ呆然と突っ立っていたりと、僕と同じようにあてもなく彷徨している幽霊が多々見受けられた。
日の光を浴びることのできない彼らは、この世に存在してはいけないのだ。未練を断ち切り、在るべき場所へと旅立たなければならない。それはもちろん、十七日後に死んでしまう僕もそうだ。影のない僕たちと、今を生きている人たちは、それぞれ帰るべき場所がある。僕たちは、その帰るべき場所へ向かわなくてはならないのだ。一日中ひたすら歩き回って得たものは、そう思えたことだった。
その帰りに僕の肉体が入院している病院に寄った。しばらく呑気に眠っている自分の寝顔を眺めたあと、屋上へ足を運んだ。
例の赤いパジャマを着た、幽霊らしくない明るい女性がベンチに腰掛けていた。彼女になにかアドバイスをもらおうと思ったけれど、その日も彼女は話し相手に飢えていたようで、僕が話をする隙はなかった。一時間ほど話して、また歩いて家に帰った。
そして月曜日になって、鈴森さんに会うためにバスに乗って学校へ向かった。
ちょうど学校が終わる時間に合わせて、校門の前で待ち伏せた。
しばらく待っていると、鈴森さんがやってきた。彼女は今日も一人だ。
「あれ、今日も学校来たんだ」
僕を一瞥してから彼女は小声で言った。
「暇だからね。昨日は一日中歩き回ってたよ」
「ふうん。それで、答えは見つかったの?」
僕は返事をせず、下を向いて歩いた。二人並んで歩いているのに、影は一つしかない。わかっていても、影を見るたびに胸が痛む。
「やっぱり、見つからないかぁ」
僕の沈黙で悟ったのか、彼女はぽつりと呟いた。
「私さ、いろいろ考えてみたんだけど、神村って好きな人とかいなかったの?」
「好きな人? えっと……いないけど」
一瞬、浮かんだ顔があった。もうこの世にはいない、女の子の顔だ。
「……あ」
そういえば、と思い出す。僕は大切なことを忘れていたようだ。
「ん? やっぱり好きな人いるんでしょ? その子に告白したかったとか、そういうのが心残りなんじゃない?」
鈴森さんの言葉は、僕の耳には入らなかった。
僕の初恋の少女、早川夏希さんは自由を求めて自殺をした。 そして今、彼女の魂はどこへ向かったのか。彼女も自殺をしたのだから、きっと成仏できずに、自由にもなれずに彷徨っていることだろう。どうしてそのことに今まで気づかなかったのか。僕は踵を返して行き先を変更した。もともと行き先なんてなかったのだけれど。
「神村? どこ行くの?」
「ちょっと用事を思い出した」
「用事? もしかして、好きな人のところへ行くの?」
「……そんなんじゃないよ」
僕はバスに乗って隣町の駅へ向かった。好きな人というか、早川さんは僕が昔好きだった人だ。一人で行くと言ったのに、鈴森さんもバスに乗車した。
駅前のバス停で降りると、僕たちはさっそく駅舎へ入った。ここは早川さんが飛び込み自殺を図った駅だ。
「ねぇ、次は電車に乗るの?」
鈴森さんが僕に訊ねた。
「乗らないよ。ここにいるんだ。僕の捜してる人が」
「そうなんだ。いつもここの駅を利用してる人なんだね。待ってれば、その人は現れるの?」
「……いや、もういると思う」
鈴森さんは不思議そうに首を傾げる。僕はなにも言わずにホームに出た。
ホームには電車を待つ高校生が多く、これでは見分けがつかない。端から端まで歩いて、一人ひとり女子高生の顔を覗き込んでいく。鈴森さんもホームへやってきて、僕のあとについてきた。
日曜日は朝から家を出て、一日中歩き回った。やり残したことはなにか、そのヒントを探すべく外へ出たが、答えはどこにも落ちていなかった。唯一の収穫は、人間と幽霊の区別がつくようになったことだ。人間は光を浴びると影ができる。そして僕もそうだったように、幽霊には影がない。町中を歩いていると、影のない人と何度かすれ違った。僕のような幽体なのか、それとも霊体なのかは判然としないが、生気のない顔で歩いていたり、ただ呆然と突っ立っていたりと、僕と同じようにあてもなく彷徨している幽霊が多々見受けられた。
日の光を浴びることのできない彼らは、この世に存在してはいけないのだ。未練を断ち切り、在るべき場所へと旅立たなければならない。それはもちろん、十七日後に死んでしまう僕もそうだ。影のない僕たちと、今を生きている人たちは、それぞれ帰るべき場所がある。僕たちは、その帰るべき場所へ向かわなくてはならないのだ。一日中ひたすら歩き回って得たものは、そう思えたことだった。
その帰りに僕の肉体が入院している病院に寄った。しばらく呑気に眠っている自分の寝顔を眺めたあと、屋上へ足を運んだ。
例の赤いパジャマを着た、幽霊らしくない明るい女性がベンチに腰掛けていた。彼女になにかアドバイスをもらおうと思ったけれど、その日も彼女は話し相手に飢えていたようで、僕が話をする隙はなかった。一時間ほど話して、また歩いて家に帰った。
そして月曜日になって、鈴森さんに会うためにバスに乗って学校へ向かった。
ちょうど学校が終わる時間に合わせて、校門の前で待ち伏せた。
しばらく待っていると、鈴森さんがやってきた。彼女は今日も一人だ。
「あれ、今日も学校来たんだ」
僕を一瞥してから彼女は小声で言った。
「暇だからね。昨日は一日中歩き回ってたよ」
「ふうん。それで、答えは見つかったの?」
僕は返事をせず、下を向いて歩いた。二人並んで歩いているのに、影は一つしかない。わかっていても、影を見るたびに胸が痛む。
「やっぱり、見つからないかぁ」
僕の沈黙で悟ったのか、彼女はぽつりと呟いた。
「私さ、いろいろ考えてみたんだけど、神村って好きな人とかいなかったの?」
「好きな人? えっと……いないけど」
一瞬、浮かんだ顔があった。もうこの世にはいない、女の子の顔だ。
「……あ」
そういえば、と思い出す。僕は大切なことを忘れていたようだ。
「ん? やっぱり好きな人いるんでしょ? その子に告白したかったとか、そういうのが心残りなんじゃない?」
鈴森さんの言葉は、僕の耳には入らなかった。
僕の初恋の少女、早川夏希さんは自由を求めて自殺をした。 そして今、彼女の魂はどこへ向かったのか。彼女も自殺をしたのだから、きっと成仏できずに、自由にもなれずに彷徨っていることだろう。どうしてそのことに今まで気づかなかったのか。僕は踵を返して行き先を変更した。もともと行き先なんてなかったのだけれど。
「神村? どこ行くの?」
「ちょっと用事を思い出した」
「用事? もしかして、好きな人のところへ行くの?」
「……そんなんじゃないよ」
僕はバスに乗って隣町の駅へ向かった。好きな人というか、早川さんは僕が昔好きだった人だ。一人で行くと言ったのに、鈴森さんもバスに乗車した。
駅前のバス停で降りると、僕たちはさっそく駅舎へ入った。ここは早川さんが飛び込み自殺を図った駅だ。
「ねぇ、次は電車に乗るの?」
鈴森さんが僕に訊ねた。
「乗らないよ。ここにいるんだ。僕の捜してる人が」
「そうなんだ。いつもここの駅を利用してる人なんだね。待ってれば、その人は現れるの?」
「……いや、もういると思う」
鈴森さんは不思議そうに首を傾げる。僕はなにも言わずにホームに出た。
ホームには電車を待つ高校生が多く、これでは見分けがつかない。端から端まで歩いて、一人ひとり女子高生の顔を覗き込んでいく。鈴森さんもホームへやってきて、僕のあとについてきた。
