ダラダラ歩いているうちに店に着いたようで、先輩がこっちこっちと手招いた。
え、店どこだ。入口が分からんぞ。
「そこの灯り見える?」
と、先輩が指さした先には立派な格子戸。その戸口に灯りがあった。
「灰かぶり」と毛筆の文字。
「料亭みたいっすね」
「ああ、こっちはな。オレたちが行くのはその上」
と玄関口の上を指す。
先輩の言う会員制のお店はこの料亭の二階にあった。
入口でチェックされる事もなく、普通に入れた。何だか拍子抜けだ。
「いらっしゃいませ。久しぶりね、平川ちゃん。こちらは?」
年配の着物を着た女性が出迎えてくれた。ふくよかな体形で和装がよく似合うきれいな人だ。
「ご無沙汰、ママ。あ、紹介するよ、今オレの下で働いてもらってる日向亘だ。まだ院生だが優秀だぞ」
「日向亘さん、いらっしゃいませ。クラブシンデレラのママの絹子です」
と名刺をもらう。僕も出そうと背中に回していたバッグを慌てて外した。
「お名刺は後ほど頂くから、慌てなくても大丈夫ですよ」
にこやかにそう言うと、ママはカウンターに向かって声をかけた。
「お二人様」
直ぐお席用意しますからお待ち下さいね、と僕らにカウンターの椅子を勧める。
カウンターにはおしぼりを持った女の子と、所謂黒服と呼ばれるボウタイにベストを着た若い男が立っていた。
「え?」
「あれ?」
僕とほぼ同時に立っていた黒服が声を上げる。
「わーちゃんじゃん!!」
「樹?」
破顔した樹がカウンターに身を乗り出して抱きついてきた。
先輩は女の子からお絞りを受け取りながら、何事だと僕を見る。
「知り合い?」
「ええ、幼馴染の一人」
「そうそう。わーちゃんとは小学校からの付き合いなんだ。崇ちゃんの大親友」
崇直のねぇ、などと先輩が言っている。そっちこそ崇直知ってるのかよ、その方がびっくりだよ。
仲の良さをアピールかのように興奮気味の樹が僕と肩を組む。そこへママの声が入ってきた。
「え、イギリスから来たあの坊やもしかして」
は? お会いしたことありましたっけ。
「ほら、紅緒が退院した年の運動会、みんなで一緒にお弁当食べたの覚えてないかな」
うわっ、紅緒の叔母さん!
「し、失礼しました。ご無沙汰しております。近くに住んでいながら……」
慌てて席を立ち頭を下げたら、ママさんがまぁどうしましょうと走り寄ってきて僕を席に戻す。
「そんな恐縮させてしまって、ごめんなさいね。懐かしくってつい」
そう言ってママは頭を下げた。またまた恐縮してしまう。
「いえ、こちらこそ」
「むこうにお席用意できましたから、行きましょうか」
そう言って微笑む。
うわぁ、やべぇ笑った目元が紅緒そっくりだ。
「紅緒は今父と下に行ってるから、直ぐ呼びますね」
と先輩と僕に言う。
何だって? まてまて、ちょっと待って。
紅緒って言ったよな今。紅緒って。
どーゆーこと?
父って、まー爺まで来てるのか。あ、自分の娘の店なら来るか。って、それより何で紅緒まで居るんだよ。
うわっ、すげーやばい。顔が熱くなってきたぞ。あーっ、また涙出たらどうしよう。
それより、どんな顔すりゃ良いんだ。
あ、いつの間にか持っていたウエルカムドリンクが空になってる。
「わーちゃんそれ、モヒート。それも平川さんばーじょんだから、……濃いよ」
そんな呑気な樹の声にハッとなり我に返る。
「日向、おまえもそんなにテンパることあるんだ」
ふぅ〜んと先輩が鼻を鳴らし、意味深な笑みを浮かべ僕の肩を叩いた。
「先、行くな」
穴があったら入りたい。もう、消し炭だっていい。
「わーちゃん」
と樹が僕を呼ぶ。
口に手を当てて囁いた。
「紅緒も僕もカウンター専門で、ママの許可でないと外に出れないんだ」
うん、と頷く。
「まだ学生だからね。でも、平川さんは別格」
「?」
「変なことしないから」
「はぁ?」
へんなことぉ。思わず先輩を見たら背中に回した手でピースサインされた。
「あいつもわーちゃん見たら驚くぞ。嬉しくって泣いちゃうかもな」
泣くってまさか、はは。
はーーーっ。帰ってもいいだろうか。
「今夜、まーちゃんいいかな」
席に行くと先輩がママと話してる。
「どうぞ、好きなだけ使ってください」
「良かったぁ、こいつを紹介したくて連れてきたんだよ」
と僕の腕を掴み、隣に座らせる。
ママが笑顔で僕を見る。
「伝えとくわ。食べ終わったら直ぐ来ると思うから」
ゆっくりしていってくださいね、と僕にまた微笑んだ。
だから、その笑顔はやばいんですって。
え、店どこだ。入口が分からんぞ。
「そこの灯り見える?」
と、先輩が指さした先には立派な格子戸。その戸口に灯りがあった。
「灰かぶり」と毛筆の文字。
「料亭みたいっすね」
「ああ、こっちはな。オレたちが行くのはその上」
と玄関口の上を指す。
先輩の言う会員制のお店はこの料亭の二階にあった。
入口でチェックされる事もなく、普通に入れた。何だか拍子抜けだ。
「いらっしゃいませ。久しぶりね、平川ちゃん。こちらは?」
年配の着物を着た女性が出迎えてくれた。ふくよかな体形で和装がよく似合うきれいな人だ。
「ご無沙汰、ママ。あ、紹介するよ、今オレの下で働いてもらってる日向亘だ。まだ院生だが優秀だぞ」
「日向亘さん、いらっしゃいませ。クラブシンデレラのママの絹子です」
と名刺をもらう。僕も出そうと背中に回していたバッグを慌てて外した。
「お名刺は後ほど頂くから、慌てなくても大丈夫ですよ」
にこやかにそう言うと、ママはカウンターに向かって声をかけた。
「お二人様」
直ぐお席用意しますからお待ち下さいね、と僕らにカウンターの椅子を勧める。
カウンターにはおしぼりを持った女の子と、所謂黒服と呼ばれるボウタイにベストを着た若い男が立っていた。
「え?」
「あれ?」
僕とほぼ同時に立っていた黒服が声を上げる。
「わーちゃんじゃん!!」
「樹?」
破顔した樹がカウンターに身を乗り出して抱きついてきた。
先輩は女の子からお絞りを受け取りながら、何事だと僕を見る。
「知り合い?」
「ええ、幼馴染の一人」
「そうそう。わーちゃんとは小学校からの付き合いなんだ。崇ちゃんの大親友」
崇直のねぇ、などと先輩が言っている。そっちこそ崇直知ってるのかよ、その方がびっくりだよ。
仲の良さをアピールかのように興奮気味の樹が僕と肩を組む。そこへママの声が入ってきた。
「え、イギリスから来たあの坊やもしかして」
は? お会いしたことありましたっけ。
「ほら、紅緒が退院した年の運動会、みんなで一緒にお弁当食べたの覚えてないかな」
うわっ、紅緒の叔母さん!
「し、失礼しました。ご無沙汰しております。近くに住んでいながら……」
慌てて席を立ち頭を下げたら、ママさんがまぁどうしましょうと走り寄ってきて僕を席に戻す。
「そんな恐縮させてしまって、ごめんなさいね。懐かしくってつい」
そう言ってママは頭を下げた。またまた恐縮してしまう。
「いえ、こちらこそ」
「むこうにお席用意できましたから、行きましょうか」
そう言って微笑む。
うわぁ、やべぇ笑った目元が紅緒そっくりだ。
「紅緒は今父と下に行ってるから、直ぐ呼びますね」
と先輩と僕に言う。
何だって? まてまて、ちょっと待って。
紅緒って言ったよな今。紅緒って。
どーゆーこと?
父って、まー爺まで来てるのか。あ、自分の娘の店なら来るか。って、それより何で紅緒まで居るんだよ。
うわっ、すげーやばい。顔が熱くなってきたぞ。あーっ、また涙出たらどうしよう。
それより、どんな顔すりゃ良いんだ。
あ、いつの間にか持っていたウエルカムドリンクが空になってる。
「わーちゃんそれ、モヒート。それも平川さんばーじょんだから、……濃いよ」
そんな呑気な樹の声にハッとなり我に返る。
「日向、おまえもそんなにテンパることあるんだ」
ふぅ〜んと先輩が鼻を鳴らし、意味深な笑みを浮かべ僕の肩を叩いた。
「先、行くな」
穴があったら入りたい。もう、消し炭だっていい。
「わーちゃん」
と樹が僕を呼ぶ。
口に手を当てて囁いた。
「紅緒も僕もカウンター専門で、ママの許可でないと外に出れないんだ」
うん、と頷く。
「まだ学生だからね。でも、平川さんは別格」
「?」
「変なことしないから」
「はぁ?」
へんなことぉ。思わず先輩を見たら背中に回した手でピースサインされた。
「あいつもわーちゃん見たら驚くぞ。嬉しくって泣いちゃうかもな」
泣くってまさか、はは。
はーーーっ。帰ってもいいだろうか。
「今夜、まーちゃんいいかな」
席に行くと先輩がママと話してる。
「どうぞ、好きなだけ使ってください」
「良かったぁ、こいつを紹介したくて連れてきたんだよ」
と僕の腕を掴み、隣に座らせる。
ママが笑顔で僕を見る。
「伝えとくわ。食べ終わったら直ぐ来ると思うから」
ゆっくりしていってくださいね、と僕にまた微笑んだ。
だから、その笑顔はやばいんですって。
