真剣な話してんのに。
 何やってんだ、自分。このままだと捨てられっぞ。

 そして紀和さんの別れ話はつづくのだった。 
「日向くんは、とにかく顔が好みだったのよねぇ。その上いい大学通ってて、背が高くて、人目惹くから連れてる方は気分良いのよ」
 そう…か。僕も紀和さんをエスコートしてるとなんか気分良くて、優越感に浸れたと言うか、そうか連れて歩くって、そいうことか。

 いい大学って言っても、紀和さん僕と同じ大学じゃなかったっけ。
「典型的な切れ長の目だよね。流し目で見つめられたらドキッとしちゃうくらい」
 奥二重がお気に召したのならそりゃ嬉しいですが、流し目ってナニ。そんなことしましたか。
「お金もせびらないし。むしろ気前いいから、恋愛抜きでもいいかなって思ってたんだけどさ、気持が無いなら、無理かぁ」
「……っ」
 紀和さん、それよーく聞いたらひどくないスか。上げたり下げたり、僕って外見と学歴以外イイトコないってことっすか。

「他に好きな子がいるのは分かってたのよねぇ、はぁー、何だか切ないわぁ」
 唐突に彼女に「好きな子」と言われ、胸がチクリとした。
「行動圏が同じだから、歩いてるだけで嫌でも目に付くのよ日向くん、悪目立ちするから」
 悪目立ちって、普通に街歩いてるだけでご迷惑ですかっ。

「毎回違う若い女と腕組んで歩いてるとか、あそこのカフェで女と居たとか、ご忠告してくるオトモダチがいーっぱいいるのよ。私の周りには」
 突然彼女が僕の髪の毛を乱暴に掴み、睨みつけた。
 誰が言ったか知らないが、浮気なんかしてませんから。
「それは、向こうが勝手にやってることで僕が誘ったわけじゃ……」
 紀和さんの顔が近づいてくる。
 飽きられた訳じゃ無いと思ったけど、違うのか。
 そうですか、所詮見てくれと学歴だけの男はお好みじゃありませんか。

「勝手に腕組まれたぁ? (はず)しゃ良いじゃない。言い寄ってきたんなら断ればぁ?」
 紀和さんが、キレてる。はじめてだ、こんなこと。
 紀和さんとお付き合い出来てるだけで、幸運なことは重々承知してますとも。
 ご意見ごもっともです。それと、そろそろ頭、痛いんですけど。
 
「私と寝てる間はあんたは私の男なの。分かる? 他の女と腕くんで歩いてるって聞いて気分良い訳ないでしょうが」
「紀和さん?」
 キャラが変わってますよ。もしかしてヤキモチ焼いてくれてる? 飽きられてたんじゃない? やった!!!!

「なんて、嫉妬なんかしてみたかったわ。痴話喧嘩、できないのよね。性分的に」
 あー、だるーっ、と紀和さんが勢いよく背中から寝転んだ。軽くベッドが揺れる。
 何だーーっ、違うのか。やっぱり外見と学歴だけの男は必要ないですか。
 
「泣くほど好きな子がいるなら、その子以外の女相手にしてちゃダメでしょ」
 他に好きな子と言われ、また胸がチクリとした。
「まったく、年いくつよ。ヤることやってるくせに肝心な所はお留守なんだから」
 お留守って、いや、それより泣いてるって、僕が?
 目に手をやると濡れている。

 紀和さんの目を見ていたら、思い出してしまったんだった。
 ずっと考えないようにしていたのに。
 高校最後の年、あれ以来まともに会って話をしていない。
 顔を思い出しただけで、あいつの笑顔を思い出しただけだぞ。何で?

「ほら、また他のこと考えてる」
 そう言うと、紀和さんは強く僕の胸を小突いた。 
「ねぇ」
 今度はごろんと僕のとなりに転がって、見上げてくる。
 僕は真意が分からないまま、急いで涙を手でぬぐう。
 キスしようと顔を近づけたら、思いっきり頬を(はた)かれた。
 
 いたい。
 痛くてまた涙が出る。
「何。こっぴどく振られでもしたの? 一回振られたからって諦めるの。子供じゃあるまいし」
「いや、そんな振られるとかないですよ。告ってもないから」
「なにそれ」 
 まじムカつくわと、僕の胸を強く押し返し起き上がる。
「後で後悔するよ、伝えないと。下手に意地はってたら、私みたいになるんだから」
 視線は合わさず、するりと僕の顔を撫でる。
「でもさ、そんなに女が寄ってくるならホストに向いてんじゃない。エッチも巧いし、誰でも抱けるし、大金稼げるわよ」
 と、満面の笑みでウインクをする。
「冗談よ。その子と上手くいくといいわね」

 彼女はそう言って僕を押しのけベッドから降り、ドアノブに手を掛けた。 
 何で急にホストが出てくる。
 誰でも抱けるって、ンなわけあるか。
 そう思われてたと思うと、マジ泣けてきた。

「鍵は、……別にいっか、引っ越すから。日向くん、シャワー浴びる間に出て行ってね」
 振り向きもせずそう言うと、紀和さんはピシャリと部屋のドアを閉めたのだった。