コンコンコン…

わたしが少し心残りのことを考えているうちに、誰かがドアをノックした。
時計を見ると、もう15分経っている。
はあ…憂鬱だなぁ。
「どうぞー」
わたしがそう声をかけると、男の子が入ってきた。
くっきりとした目。
透き通った鼻筋。
綺麗にセットされた髪。
爽やかな雰囲気。
なにもかも完璧すぎて、「ザ・イケメン」という感じの人。
そんなイケメン君が話しかけてきた。
「君、チア部の子?」
声まで透き通っている!
思わず胸がドキドキ、冷や汗ダラダラになってしまう。
「は、はいっ…!」
「俺は、ボランティア部の部長、細田武衡(ほそだたけひら)っていいます。よろしくね!」
これが例のボランティア部の部長…確かに、英語できそうな雰囲気。
この人と一緒にジンジャーエール作るのか…そんな苦痛じゃなさそうだな。
「よろしくお願いします!美沙希っていいます!」
わたしは勢いよく挨拶をする。
そんなわたしに対してふふ、と細田部長は笑う。
「そんな緊張しなくていいよ!ほら、笑って〜!」
細田部長はにこやかな顔のまま手で曲線を描く。
くっ…!こうなったら笑うしかない!!!
イケメン圧に圧倒されながら少しだけ笑う。
あ、なんだか力が抜けてきた。
「そうそう。いいね!じゃあ、今日はよろしくね!」
細田部長はニコニコしながら部長席の方に行ってしまった。
(すごいいい人だったな…)
心臓が、ドクン、と跳ねる。
あれ、もしかしてわたし────

「美沙希、はやすぎない⁉︎ヤバヤバ超えて激ヤバヤバ〜」

ドアが全力でガララ…と開き、メイク全開の女子が入ってきた。
根津陽香。確か同じクラスでチア部。そして少しだけギャル。
普段接点のない子だから、あんまりよくわかんない。
そんなギャルは、わたしの隣の席にドン、と大きい音を立てて座る。
「ねねー。ジンジャーエールって超ウケるよねーまじで!」
「えーっと…?」
何て返事したらいいんだろう。
そもそもギャル語ってなんだ…?
根津さんはわたしの返事なんて聞かずに話し続ける。
「てかさー、あの人イケメンじゃね?」
根津さんは細田部長を指す。
「そ、そうだねー。」
「ん?なんか美沙希、顔ひきつってるけど、どしたん?」
「え?」
わたしは思わず顔をペタペタ触る。
どっかのなんかに、顔を触りすぎると顔がカッコ悪くなる、とか書いてあったけど、無視無視。
「あはは、まじウケるー!顔触ってわかるわけないじゃんw」
そんな様子のわたしを見た根津さんは大爆笑。
そして、わたしの顔に根津さんの顔が近づいて─────
「ねえ、あんたってあいつ好きなの?」
真顔で問われる。
あいつ…?
この部屋にいるのは細田部長とわたしと根津さん。
じゃあ、あいつって…
「んなわけないじゃん!」
つい大きい声で叫んでしまった…
そんなわたしに対して根津さんは、「ふーん。そっか。」と納得のいかない顔をする。
なんかこの人めんどくさい…

「こんにちはー!」
「失礼しまーす」
気づいたら、どんどん人が集まってきた。
根津さんは集まってきた人に「こんー」「やほー」とかテキトーに言いながら、スマホを操作する。
なんか先行きが不透明だなー…


そうしてチア部とボランティア部のメンバーが続々と集まってきた頃。
「これより、第一回駅伝サポートチームの会議を始めます。」
細田部長が立って司会をする。
「まずは、ジンジャーエールについて。娵さんお願いします。」
細田部長が言った時、サラリとした綺麗な髪の女の子がたった。
あの子が…娵さん、か。
多分チア部…だと思うけど、見たことがない。
「はい、ジンジャーエールの試作品を作ってきました。みなさん、飲んでみてください!」
そして娵さんがポットからジンジャーエールを紙コップへ注ぐ。
そして、その紙コップを細田部長がみんなに配る。

コトン

わたしの机にも置かれる。

【何この人。なんかジロジロ見てくるんだけど〜】

どこかから文句の声がする。ジンジャーエールからだ。

実は、小学校の調理実習後、病院に行ったんだけど、その時のお医者さんに「えーと…美沙希さんは食べ物の会話が聞こえるそうです…」と言われた。
どうやら、わたしのおじいちゃんが食べ物と話せる「食話術師」らしくて、その伝統を引き継いでしまったのだとか…
食べ物の話が聞こえなくなる方法はないけど、悪口を言われなくなる方法はあるらしい。
それは、食べ物と友達になること。
食べ物には、「全食物会話委員会」と言うものがあるらしくて、そこでいろんな人の情報共有をしているそう。
だから、どれかの食べ物が全食物会話委員会で「美沙希はいい人」といえば、悪口を言われる確率は圧倒的に下がる。
だから、わたしは料理同好会に入った。
でも、いまのところ、ジンジャーエールにいわれたとおり、結構悪口を言われている。

【ねーねー?なんでわたしを飲まないの?いじめ?】
わたしが悩んでいると、ジンジャーエールがもっと話しかけてくる。
ちなみに、食べ物の声は他人には聞こえないから大丈夫。
…というか、そもそもこうやって喋るのを飲食するのもなんかなぁ〜
ふと周りを見渡すと、みんなごくごく飲んでいる。
…飲むか。
わたしは、紙コップをそっと持ち上げる。
【ちょっと!何してんの!酔っちゃうじゃない!】
基本食べ物はああ言えばこう言うから、無視しないとなにもできない。
そのままジンジャーエールを口に注ぐ。

ごくん

口の中に広がるピリッとした辛さ。
炭酸のシュワッとした泡の感触。
爽快感のある味。

────それはもう最高のドリンクだった。

「…どうかな?」
娵さんがわたしをチラリと見て話しかける。少し深刻そうな顔。
多分、わたしが遅く飲んだから、不満があると思っているのかな?
でも、めっちゃ美味しかった!
「美味しかったです!」
わたしが率直に伝えると、娵さんは安心したような顔をする。
「よかった〜!料理同好会の人に褒められると嬉しいよ!ありがとうー!」
「ど、どういたしまして!」
「ちなみに、辛さ加減とかどんな感じ?」
わたしの回答に喜んだのか、さらに質問が来た。
もちろん回答は1つ。
「めっちゃ良いです!疲れが全部抜け落ちました!」
またわたしが言うと、娵さんは何も言わなくなった。
…え、なんかわたし傷つけちゃった…?
すると、娵さんはポケットからテッシュを出して、目元を拭く。
「ありがとう…ありがとう!」
まさかの感謝責め。こんなことになるとは思ってなかったから、めっちゃ嬉しい!

キーンコーンカーンコーン

部活終了のチャイムが鳴る。
「飲み終わった人から自由解散ねー!」
細田部長がそういうと、わなわなとみんな出口に移動する。

…今日はなんか良い日だな。

わたしは、少しスキップしながら会議室を出た。
そして、心臓の鼓動が少しだけ早くなるのを感じつつ、家にルンルンで帰ろうとした。