恋という感情が抜け落ちても、君にいつかこの想いを届けたい





 今日も清々しい朝が始まる。ベッドから下りてカーテンを開けると、青々とした空が真っ先に飛び込んできた。輝く太陽と青空のコントラストが今日も美しい。前は曇りのほうが好きだったけれど、青空も悪くないなと最近は思う。


 いつものように身支度をし、お父さんを起こしに行く。


 「お父さんおはよう!」


 「おはよう、夕愛。今日も元気だなぁ」


 ニコニコと嬉しそうに笑ってくれるお父さんと一緒にリビングに行って、朝食を作る。ひとりいなくなったリビングは前よりも少し静かになってしまった。でもそれがいい。私はお父さんとずっと一緒にいられるのが大事だと思うから。


 「夕愛の作るコンソメスープは美味しいなぁ」


 「お父さんの作るオムライスもすごく美味しいよ!卵トロトロで好き」


 ふたりで話しながら楽しい朝食を終えると、もう行く時間になってしまった。


 「後片付けはやっておくよ。海音君が待っているだろう?早く行ってきなさい」


 「ありがとう。行ってきます」


 通学鞄を背負って家を出ると、階段を下りた先にはもうすでに海音が待っていた。


 「おはよう、夕愛。体調はどう?」


 「おはよう!もう大丈夫だよ。あれからだいぶ経ったんだし、もう平気」


 「でも2回も倒れたんだし、まだ気は抜けないだろ?鞄持つよ」


 そう言ってひょいと鞄を取り上げられた。そうやってすぐ女の子扱いするから照れてしまう。


 退院してからお父さんにも紹介した私の彼氏。こうやって毎朝迎えに来てくれるし、帰りはいつでも一緒。嬉しいけれど、学年ではもう噂の的だ。


 「そんなに気を使わなくてもいいんだよ?自分で持てるんだから」


 最後の悪あがきとして鞄を取り返そうと奮闘したけれど、海音のほうが足が速くて追いつけない。諦めて持ってもらう。


 「俺のこと頼ってよ。だって、彼氏、なんだし」


 視線を彷徨わせながら顔を赤くする海音を見て、私も恥ずかしくなってしまった。こうやってすぐに照れさせてくる。さっきも照れたばかりなのに。


 「なんだよ夕愛、照れてんの?可愛い」


 「……うぅ」


 海音は付き合ってから、人がまるで変わったように私を甘やかすようになった。すぐに可愛いって言ってくるし、くっついてくる。前は真面目でクールな大型犬みたいな感じだったのに、今は見た目はクールだけれど、私の前ではデレデレな大型犬のチワワのようだ。矛盾しているけれど、実際そう。


 手を繋いでくる海音から逃れようと躍起になっている間、学校に着いた。靴を履き替えるという名目で逃げることができた。


 「夕愛、おは」


 「……おはよう」


 「彩音、夏実、おはよう」


 眠そうに欠伸をするふたりに挨拶をし、3人で教室へと向かう。後ろを振り返ると、海音は気を遣ってか、少し後ろの方からついてきている。普段はベタベタくっついてくるけれど、気遣いのできる人だ。


 ふたりとは今までのことをきちんと話し合って和解できた。海音から告白されて付き合うことも言った。夏実は受け入れ難かったからかすごく怒っていたけれど、最終的には応援してくれた。涙を目にいっぱい溜めて、3人で謝り合ったのはいい思い出だ。


 今はふたりと本音で話せるような関係になって、毎日を仲良く楽しく過ごしている。


 教室に入って3人で少し話した後、読みたい本を取り出して読むことにした。


 「ごめん、夕愛」


 5ページ読み進めたところで海音から声をかけられ、私は顔を上げる。


 「今日の帰りに寄り道しないか?」


 「いいよ?どうしたの?急に改まって」


 いつもなら帰りながら寄り道の提案をされるのに、今日は珍しく事前に約束することになった。首を傾げながら理由を聞いても、海音は教えてくれない。


 粘っていたら朝読書のチャイムが鳴ってしまい、海音は逃げるように自分の席へと帰ってしまった。


 放課後まで待ち切れない思いを抱えながら、今日も授業に集中しようと、まずは朝読書に専念する。





 *





 理科の授業で実験をしていたら、熱湯で指を少し火傷してしまった。放課後になってもまだジンジンとして痛い。氷嚢ですぐ冷やさず、流水だけで済ませたからだろう。まだ赤い指を撫でながら、海音と一緒に玄関まで行く。


 ふたりで揃って歩いていると、周囲の目が気になって仕方がない。付き合った当初は噂が絶えなくて、海音に迷惑をかけてばかりいたけれど、最近はそれも減ってきた。イケメンとブサイクが付き合うなんてと悪口を言われていたのも懐かしいくらいだ。海音が激怒して、その女の子に絶対零度くらいの冷たい言葉を浴びせていたこともあった。


 私が海音と釣り合うわけないと思って、当初は可愛くなろうとたくさん努力した。ダイエットをして細くなろうとしたり、メイクの練習を頑張ったり、苦手な料理に取り組んでみたり。料理は多少上手くなったけれど、あとのふたつはさらに謎が深まったような気がする。ダイエットはどのくらいの負荷をかけたらいいのかわからなくなったし、メイクは動画を参考にしていろいろ試してみたけれど自分に合うものがわからなくてやめてしまった。


 それでも少しずついろんなことに挑戦して、どんどん綺麗になっていったと思う。そう思えるようになったのは、成長した証だ。


 隣を歩く海音も段々とイケメンになっているような気がする。元々イケメンだったのだが、さらに磨きがかかったというか、冷たさが減ったというか。私に対しては柔らかい印象を見せてくれることが多くなったように思う。気のせいかもしれないけれど。



 ふたりで思い出のクレープ屋さんまでつくと、いつも通りにふたりとも別のクレープを注文した。海音はコーヒークレープ、私はキャラメリゼクレープにする。


 クレープを食べながらふたりで他愛のない話をするのがいちばん好きだ。お互いに授業中、手紙を投げ合ったのがきっかけだったっけと懐かしく思っていると、ふいに海音がずいとクレープを差し出してきた。


 「前は食べてもらえなかったけど、今なら躊躇なく食えるよな?」


 悪戯っぽく笑う海音の頬を軽くつねって抵抗してみせる。別に間接キスが恥ずかしいわけでは断じてない。勝ち誇ったような海音の様子が気に食わないだけで。


 「今絶対、間接キス恥ずかしいな〜とか考えてるだろ?」


 「な、なんでわかって……」


 しまった。カマかけだ。にやりと口角を上げる海音を見て、過剰反応だったと内心で頭を抱えた。


 「別に気にしないよなー?恋人だもんなぁ?」


 さらに煽ってくる海音にむかついて、仕返しとばかりに彼の手からクレープに大きく齧り付いた。頬をもふもふと動かしながら、別に恥ずかしくないぞとドヤ顔をしてみせる。


 海音の手には見事な歯型のついたクレープが握られていて、その顔は赤く染まっていた。


 「あ、ご、ごめん……」


 不格好になってしまったクレープについて謝りながらその顔色を窺うと、顔はまだ赤くて、怒りで赤面したわけではなさそうに見えた。


 「どうしたの?海音、顔赤い」


 「え、えええと」


 視線を右往左往させながら、海音は小さな声でポツリと呟いた。


 「夕愛の顔が思ったより近くて、その、食べたときの顔が可愛くて……」


 「……」


 ふたり揃って無言で見つめ合う。顔が焼けるように熱い。私の顔も茹でタコみたいになってしまったようだ。海音が変なことを言うから。



 通りすがりの女の子が「お兄ちゃんたち、へんなのー」と指を指しているところを見て、我に返った。持っていたクレープは体温でアイスが溶けて、手に垂れそうになっている。


 「はは早く食べよっか」


 「そ、そうだな」


 気まずさを振り払うように、ふたりとも無心でクレープを口に運び続けた。前回より甘く感じるのは、果たして気のせいなのだろうか。


 「海音って相当なツンデレだよね」


 「え?夕愛でしょ。可愛いって言ったらすぐ顔隠すし」


 「かかか海音だって!すぐ顔赤くなるじゃん」


 「それは、別に照れてるわけじゃ……」


 「私、照れてるなんて言った?」


 「……あ」


 お互い顔を見合わせて同時に吹き出した。青空の下で私達の笑い声が弾けて、澄んだ空気に溶けていく。


 食べ終えたクレープの包み紙をゴミ箱に捨て、自然と手を繋いで歩き出した。海音の手の温もりに安心するのと同時にドキドキしてしまうだなんて、不思議なことだ。


 クレープも食べ終えたことだし、行くところもないだろうから後は帰るしかない。少し名残惜しく思いつつも、いつものバス停で手を離した。


 「またね、海音」


 「家まで送るよ」


 「でも、海音の家反対方向だし……」


 まだ一緒にいたいという気持ちと海音に迷惑をかけたくないという気持ちが、ぐるぐると頭の中を巡る。


 「俺の我儘聞いてくれる?」


 そんな顔されたら、私は頷くしか選択肢がなくなる。海音に甘えたくなってしまう。


 「うん……いいよ。私も、もう少し一緒にいたかったの」


 変な顔をしているのがバレないように海音の手を引いて、私の家の方へと歩き出す。


 後ろの方で海音が笑いを堪えているのが聞こえたけれど、絶対に振り返ろうとはしない。


 私の高鳴る心臓の音が聞こえてしまいそうで。私の想いが全部、海音に知られてしまいそうで。


 溢れ出る感情を制御するのに必死だった。




 *





 10分程歩くと、家の近くの公園が見えてきた。ここでいよいよお別れだ。


 ふたりでよく来る公園のベンチの前で、改めてまた手を離す。


 「今度こそ、またね。今日はありがと。楽しかった」


 「ちょっと待って」


 海音に手を掴まれ、優しい声が上から降り注いでくる。


 「少しだけ、目を瞑って」


 不思議に思いつつも、言われた通り瞼を下ろす。髪を優しく上げられ、首に腕を回される感覚がした。くすぐったくて思わず笑みが溢れる。


 「いいよ。目を開けて」


 瞼を上げると、思ったより街灯が明るくて、顔を下に向けた。その拍子に首元からシャラリと金属音が鳴る。そうっと持ち上げてみると、それはシルバーのハートの形に、淡いピンク色のジュエリーが嵌め込まれたネックレスだった。


 「わあ、可愛い」


 「それ、あげるよ。プレゼント。今日誕生日だろ?サプライズしたかったんだ」


 付き合う前の私のひと言を覚えてくれていたなんて。仮に覚えていたとしても、今日はクレープ食べに誘ってくれただけで幸せだった。海音はいつも私の想像を超える幸せをくれる。


 「ありがとう。とっても嬉しい!大切にするね」


 海音は愛おしげな目で私を見つめ、額にそっとキスを落とした。私も海音に愛を伝えたくて、額にキスをあげた。


 「これからもいろんなところにふたりで行こうね」


 「もちろん。夕愛、改めて誕生日おめでとう。ずっと愛してる」


 「ありがとう。私も、愛してるよ」


 優しげな瞳、笑った顔、真剣な表情、すらっと長い手足、身長の割に細い身体、誰にでも分け隔てなく接する姿、好奇心旺盛なところ、自由なところ、悲しげな瞳、苦しそうな顔、話の通じないところ、ズボラなところ、面倒くさがり屋、心配性、寂しがり、たまに少ししつこいところ。


 周りが好きかわからないけれど、私が知っている彼のこと。全部全部、好きなところ。たまに嫌なときもある。目を背けたくなることも。


 それでも、私は彼を愛しているから。理屈じゃない、感情が、彼を欲しているから。


 いつまでも、どこまでも、彼の隣で笑っていたい。ふたり一緒に、笑い合いたい。


 彼に愛されて、優しくしてもらったことを、私もこれから全てを返していく。彼にもらった幸せを返していく。


 ふたりで一緒に幸せになろう。片方の幸せと悲しみはいつでも半分こ。


 「ずっと、ずーーーーっと愛してるよ」


 海音は笑って、キスの雨を降らせた。祝福の雨は、とても甘くて、幸せな味がした。