言えなかった“ごめんね”と、言いたくなかった“さよなら”を


*      *       *

 夕暮れは、嫌いだった。
 昔から嫌いだったわけじゃない。でも、ある時を境に好きじゃなくなった。夕日を見るのも嫌になって、カーテンを閉め切ったこともあった。
 でも今は、そんな夕暮れが美しく思える。観覧車の中、夕日に照らされて橙に染まった彼の整った横顔に、あたしは見惚れていた。
 このまま、時間が止まってしまえばいいのに。
 そんなこと、土台無理な話だが、そう思ってしまうくらいには、この時間が終わってほしくなかった。
「……あの」
「どうかしたか?」
 外の景色を見ていた一樹さんがこちらを向く。
「──キス、してもいいですか」
「…………………は」
 突然の言葉に、一樹さんはぎょっとしたように目を見開いた。十秒、二十秒、三十秒。重い沈黙の後に、彼は口を開いた。
「……ごめん、それはできない」
 突き放すでもなく、茶化すでもなく、真剣な瞳が、あたしを真っ直ぐに捉える。
「由利香ちゃんがそういうことをしてみたかったってのはわかる。成仏しなきゃいけないんだったら、誰でもいいから最期にやってみたいっていう気持ちも、否定する気はないんだ。……だけど」
 彼は、泣きそうに顔を歪める。まるで自分が悪いとでも言うような表情だった。
「──そういうのは、本当に好きな人にしかしちゃいけないと思う」
 君の好きな人じゃない、こんな間に合わせのデート相手でごめんな。
 彼が落とした申し訳なさそうなその言葉に、「……本当、鈍感なんだから」と心の中だけでぼやいた。
「──冗談ですよ。からかってみただけです。それにあたし、負け試合って嫌いなんですよね」
「負け試合?」
「だって一樹さん、この人のこと好きなんでしょ?」
「はっ⁉」
 ぐい、と親指であたしの身体(小松怜香)を指し示すと、彼は一気に狼狽えて顔を赤く染め上げた。
「そっ、そんなんじゃ……」
「隠しても無駄ですよ。バレバレですもん」
 あっけらかんと言うと、彼は誤魔化せないと悟ったのか片手で顔を覆った。
「……別に、好きとか、そういうんじゃないんだ。ただ、怜香はずっと昔から友達で、危なっかしいし、心配だったし、またいつか昔みたいに話せたらいいなって、そう思ってただけなんだ」
 言い訳のようなその言葉に、「それを好きって言うんだよ」と心の中で突っ込む。……まあでも、あの女子力ゼロハイパー鈍感女には、一ミリも気持ちは伝わっていないと思うが。
「まあ、せいぜい頑張って下さい。正直、女のセンスはどうかと思いますけど」
「由利香ちゃん、結構毒舌だな……」
 へへっと笑って、あたしは景色を見るふりをして横を向く。気が付かれないように必死に瞬きをして、浮かんでくる涙を散らした。
 天辺まで来た二人きりの箱が、ゆっくりと終わりに向かって降下し出す。
 夕日が、ゆっくりと沈んで──あたしの苦い初恋が、そっと終わりを迎えた。