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──人には見えないもの、俗に言う〝幽霊〟とやらが、幼い頃から私には見えた。
最初にそれに気付いたのは、小学生になる前。祖母の葬式でのことだった。
しんみりとしながらも厳粛な空気を醸し出す式場で、家族、親戚、さらには参列者までもが涙を流す中、私はそんな彼らが不思議で堪らなかった。
「ねえお母さん、どうしてみんな泣いてるの?」
くいっと母の喪服の袖を引っ張り、小さな声でそう尋ねた私に、母は怪訝そうな顔をした。
「おばあちゃんが死んじゃったのよ。もう逢えないの。悲しいでしょう?」
私と同じく小声でそう言って、母はほろりと零れた涙を人差し指で拭った。
「まだ小さいから、死んじゃったってことがよくわからないのかしらね。まあ、仕方ないわよね」
そうぼそりと呟いた母に、違うよ、と私は首を横に振った。
「だって、おばあちゃんなら、そこにいるでしょ?」
遺影の目の前、棺の方を指差して、私はそう言った。
──途端、空気が凍り付いた。
「は……? 何言ってるの、怜香。質の悪い冗談を言うのはやめてちょうだい。嘘なんてついちゃダメなの、わかるでしょ⁉」
小声で、という配慮はその時既に母の中から消え失せ、お経が唱えられ続けている厳粛な雰囲気をヒステリックな声がぶち壊した。
「嘘なんか吐いてないもん!」
何事かとざわめきだした参列者に構うことなく私は叫んでいた。
「だって、おばあちゃんはそこにいるもん! 何でみんなおばあちゃんを無視してるの⁉ おばあちゃんが可哀想だよ‼」
母はおかしなことを叫び出した娘に顔を青くした。
「なんてこと言うの、あんたって子は! 信じられないわ! そんな非常識な嘘吐くなんて‼」
「だって、おばあちゃんは死んでなんかないじゃんか!」
母の嘘吐き呼ばわりに耐え切れなくなった私は、とてとてと祖母の方に駆けた。思わぬハプニングに、お経を読む声すら止まっていた。
「ね、おばあちゃん。おばあちゃん、ここにいるもんね。死んでなんかいないもんね?」
縋るように祖母に話しかけた。だってそこには、少しだけ寂しそうな顔をした祖母が確かにいたのだ。確かに私には、祖母の姿が見えていたのだ。
「おや、レイちゃんにはおばあちゃんが見えているのかい? それはそれは、不思議なこともあるもんだ。もしかしたら、死んじまったおじいちゃんの力を継いだのかもしれないねえ」
祖母は柔らかく微笑んで、だけど少しだけ心配そうに私を見つめた。
「レイちゃん。その力はあなたを〝普通〟じゃなくするかもしれない。でも、その力を、自分を、嫌ってはいけないよ。生きるのが難しくても、おばあちゃんはレイちゃんにレイちゃんの生き方を諦めないでほしいんだ」
祖母の話は難しくて、何を言おうとしたのか理解できなかった。首を傾げた私を微笑ましそうに見つめてから、祖母は「じゃあね」と手を振った。
首を傾げたままで手を振り返した私にそっと微笑むと、祖母はくるりと後ろを向いた。その背中には、『47』という半透明の数字が浮かび上がっていた。
「──あなた、お待たせしました。今、いきますからね」
そう呟くと、祖母は白く光り出した。眩しくも優しいその光に圧倒され、私は一瞬だけ目を瞑った。そして、目を開くと、
「……え、おばあ、ちゃん?」
──そこにはもう、祖母の姿はなかった。
残ったのは、僅かな光の残滓と、私に向けられる畏怖の視線だけだった。
その日が、私が初めて〝幽霊〟を目にした日だった。
