「あ、しまった」

 金曜の夜、自室での読書タイム。
 ふと気づいた。
 体育館シューズを学校に置いてきてしまっていることに。

 文芸部での打ちあわせの結果、日曜は市立中央図書館と体育館にお出かけすることになった。
 どちらも市営で場所が近い。図書館は怜先輩の、体育館はくらら先輩の希望だ。

 体育館ではバドミントンをすることになった。
 市営体育館ではラケット、羽根、ネットをレンタルできるが、シューズだけは持参する必要がある。

 うちから市立体育館に向かうときには、ちょうど遠衛の前を通る。
 日曜の集合前に学校に寄れば体育館シューズは回収できる。

 だが日曜に学校は開いてるのだろうか。
 明日のうちに学校まで取りに行ったほうがいいかもしれない。

 でもさすがに面倒だ。
 そういえば西町さんはどうしただろう。
 ちゃんと持ち帰ったのかな。

 そんなことを考えながらLINEのトーク画面を開く。

 西町さんと連絡先を交換したのは文芸部に入部してすぐ、まだ西町さんの素顔を知らなかったころだ。
 くらら先輩に促されてのことだったが、西町さんが嫌そうな顔をしていたのはよく覚えている。
 以後、メッセージのやりとりはまだ一度もしたことがない。

 トーク画面を開いたところで指が止まる。
 特別な意味なんてないんだから、さっさと連絡すればいい。
 そうわかってはいても、最初の一回はどうしてもハードルが高くなる。

 と、そうこうしているうちにポコン、とメッセージが湧いて出た。

 西町さんからのメッセージだった。
 ちょうど開いていたので即既読になってしまった。


西町英梨:バドってどんな格好すればいいかな? スコートのほうがかわいい?』


 そんなメッセージの直後にスタンプ。
 謎のうさぎ風生物が『?』と首をかしげている。

 内容を見てちょっとだけ気が抜けた。
 西町さんは、怜先輩にどう見られるかしか気にしていない。
 初めてのメッセージも、即既読も気にすることなんてない。
 何しろ相手は西町さんだ。

 もしこれがくらら先輩だったら、即既読イコール即死だった。
 『え、環くんメッセージのやりとり一度もしたことがないのに何でトーク画面開いてたの?』なんて思われたら死。

 西町さんだったら別にいい。
 『もしかして環くんわたしのこと好き?』なんて考えはしない人だから。
 口に出してイジってはくるけれど、本気で勘違いはしない。
 だって西町さんは、僕が誰に片思いをしているか知っている。


前島環 :変にあざといのはどうかな

前島環 :目いっぱいスポーツ楽しむ素直な後輩スタイルがいいんじゃない?

前島環 :怜先輩、やる気に応えてくれる人だと思う

西町英梨:天才なの?


 メッセージ送信の直後、コンマ数秒で西町さんは返信を返してきた。


西町英梨:ところで

西町英梨:たまきくんも

西町英梨:連絡とろうとしてた?

西町英梨:なんかよう?

西町英梨:なにしてた?


 そして雨あられのように追撃が来る。とにかく打つのが速い!


前島環 :うつのはやいちょっとまって


 と、急いで返信。変換している暇もない。


西町英梨:(謎のうさぎ風生物がドヤるスタンプ)

西町英梨:ピアノやってたから

西町英梨:はやびきとくい

西町英梨:だうよ

前島環 :へんな音でてるよ


 と返信したところで、急に通話がかかってきた。

『もしもし。打つの面倒になったからかけちゃった。環くんのほうも何か用があった?』

「日曜の体育館ってシューズ持参でしょ? 僕、学校にシューズ忘れてきちゃってさ。西町さんはどうしたか聞こうと思って」

『わたしは自分のサルシュ持ってくつもりだよ。履き慣れてるし』

「フットサル・シューズか。そりゃ持ってるよね」

 フットサルは屋内のコートで行うスポーツだ。
 スパイクやトレーニング・シューズとは違い、シューズのソールはラバーになっている。
 要はゴム底だ。ショップでも見たことがある。

「この際だから僕も買っとこうかな。そのうち屋内コートでもやるかもしれないし」

『お街のショップに行くの? こないだのお店』

「イオンでいいかな。近いし」

『郊外のイオンって本当に大きいの? うちの近くにはなかったんだよね』

「市野のイオンだったら、一つの街がスッポリ入ってる感じだよ」

 僕の譬えに、西町さんは『へえ』とか『いいなあ』とかいった反応を示した。

 遊びに誘ってほしがっている小学生みたいな声音だった。
 もし目の前に西町さんがいたら、わざとらしく『チラッ』とか口で言いながらこちらを覗き見したに違いない。

「西町さんも、何か買いたいものある?」

『わたし? うーん……。あ、本屋さん。怜先輩が読んでた本、買いたいかも』

 ということで、明日土曜日は二人でイオンに買いものへ行くことになった。