「環!」
鋭い声に応えるように、インステップで強いボールを縦に入れる。
フットサルのボールは、サッカーボールに比べると飛びにくい。
重い感触が足の甲に残る。
ボールは、トップに張ったコーイチの足元へ。
しかし、うまく収まらない。
トラップが大きい。
相手に奪われるほどのミスではないけれど、ボールを拾いに行った分のタイムロスで、速攻の目は消えた。
僕と同じくコーイチもフットサル・ボールには不慣れだし、ポジションも普段とは違っている。
サッカーのときは最後尾でCBを務めるコーイチだけど、今日はピヴォの位置にいる。
ピヴォというのは、最前線でポストプレーをするポジションだ。
サッカーのCFと違い、自分で得点を取ることは少ない。
自分自身は後ろを向き、供給されたボールを収め、前を向いた味方に落とすのが主な仕事。
フットサルではボディ・コンタクトが禁止されている。
しかし、実際問題コンタクトがないわけではない。
サッカーに比べたら厳しくファウルを取られる、というのが実態だ。
特にコンタクトが多いのがピヴォのポジションだ。
自分から派手に体をぶつけることなく、うまいこと体を入れて相手からのプレスに耐える技術とフィジカルが求められる。
ということで僕らのチームではコーイチがピヴォを務めている。
流石はCB。体幹も、体を入れる技術もコーイチは優れている。
しかしボールを収めて散らすポストプレーには慣れていない。
何しろ普段は前を見てパスを出す側なのだから、仕方がない。
「コーイチ、戻していいよ!」
いまコーイチにチェックを掛けているのは、大学生か社会人かといったくらいの若い男性。
僕らよりは年上で、なかなかにガタイがいい。
何しろ一般参加のフットサル大会だ。
いろいろな参加者がいる。
少し無理な体制から、コーイチは僕の方にボールを戻した。
ロストしないだけ上出来だ。
僕のポジションはフィクソ。
フィールド・プレーヤ四人のうち、一番後ろに構えるポジションだ。
ベッキとか底とも呼ばれる。
守備的なポジションではあるけれど、より求められるのはボールの展開力だ。
長短のパスを織り交ぜ、ときには自らドリブルでも運び、ゲームをつくっていくポジションだ。
だから、一番後ろのポジションではありながらも、サッカーでいえばCBよりボランチのほうが近かったりする。
コーイチからのボールを慎重にトラップ。
今日のコートは屋外の人工芝。
足許もボールもよく滑る。
フットサルは本来屋内の体育館でやるスポーツだ。
でも一般参加の大会は屋外コートで開催されることも多い。
相手のピヴォが僕の前に立った。
縦を切られる。
コーイチへは出せない。
サイド二人のうち、希恵ちゃんが降りてくる。
コースが開いた。
一旦ボールを預ける。
フットサルでは、中盤サイドに張るポジションをアラという。
翼という意味らしい。
ボールを運び、ピヴォからボールを受けてシュートを打ち、守備のときは最後尾まで戻る。
前後に走りまくるポジションだ。
サッカーでいえばSBのイメージ。
今日のチームでは左のアラが希恵ちゃん、右は上島中学校出身でいまは他校に通っている女子だ、
中学時代は希恵ちゃんや麻利衣と一緒に幸クラブで蹴っていたプレーヤだ。
僕からのボールを受けた希恵ちゃんは、真後ろを向いている。
相手の女性がチェックに行っているのでターンは厳しい。
希恵ちゃんからボールを戻してもらう。
相手ピヴォのチェックが早い。
左サイドに三歩ボールを運んでから、ゴレイロの満にバックパス。
満は少しもたついだが、急いで右サイドに出してくれた。
フットサルではGKのことをゴレイロと呼ぶ。
ゴレイロには、足元の技術が求められる。
近年のサッカーではGKもヒルド・アップに参加できるだけの技術が求められるが、そんなのはワールド・クラスの話。
一方のフットサルでは、素人レベルでも一定のテクニックが要求される。
何しろフットサルは一チーム五人の少人数。
ボール回しにゴレイロが参加しないと、数的優位がまず得られない。
サッカーでは長身を活かしゴールマウスを守る満だが、足元の技術は得意としていない。
右アラへのパスも少しズレていたが、一応つながっている。
うまく左右に振れたおかげで、右サイドには角度のあるパスが出た。
斜めにボールを受けた右アラの彼女は、更に斜め前、コーイチにパスをつなぐ。
サッカーもフットサルもこのあたりは変わらない。
真後ろから受けた縦パスからは展開が難しい。
まっすぐではなく、いかに角度をつけたダイアゴナルなパスを出せるかが鍵だ。
コーイチは、相手フィクソを背負ったまま強引にボールを運んでいく。
斜め右前、ゴールエリア内に侵入。
しかし、僕についていた相手ピヴォがしかけにいく。
コーイチを挟み込み、ゴールを奪う気だ。
人間の視野は縦より横のほうが広いが、それでも限りはある。
二人に挟まれると、世界トップクラスの選手でもボールのキープは難しい。
顔を上げ、危険を察知したコーイチは、センターに向け浮き球のパスを選択した。
一見ヤケクソにも思えるが、理には適っている。
自分に二人ついているのであれば、他の誰かがフリーになっているということだ。
そして浮き球の落下点にはちょうど僕がいる。
胸トラップで前方に落とし、シュート・モーションに入る。
が、これは見せかけ。
自分で撃つ気はない。
僕のほうへと向かってきた相手ゴレイロが届かない方向へパス。
マークを連れたままの希恵ちゃんがダイアゴナルに走り込み、ダイレクトでシュート。
インサイドで丁寧に蹴られたボールは、ゴール真ん中に吸い込まれていった。
「希恵ちゃん、ナイッシュ」
「ありがと。環くんこそ、ナイス・アシスト!」
希恵ちゃんとハイタッチを交わす。
本日最初のゲームは二対一で僕らの勝利。
決勝点は希恵ちゃんのゴールだった。
フットサルのミックス大会では、各チーム二人以上女性プレーヤを入れることになっている。
また女性のゴールは二点と決まっている。
先程のシーンでも、僕が自分で無理やり撃つより、希恵ちゃんにお願いしたほうが、期待値が高くなるというわけだ。
防球ネットで覆われたコートから出て、ベンチに座り込む。
溢れ出す汗をタオルで拭い、水分を補給する。
「希恵ち、まだ麻利衣と連絡とれないの?」
グローブを外しながら満が尋ねる。
「……うん。出ない」
スマホを耳に当てた希恵ちゃんの目が据わっている。
今日の大会は朝九時から。
第一試合の終わったいまは十時。
「日曜の麻利衣に期待するほうが間違ってたな」
スポドリで喉を鳴らしていたコーイチがつぶやく。
フットサルは一チーム五人だが、五人だけではフットサルはできない。
フットサルでは、バスケやハンドボールと同じく、いつでも何回でも交代ができる。
プロのFリーグだと、コート上の五人プラス交代要員九人で試合を回していく。
交代要員も含め全員で試合を回していく前提なのだ。
サッカーとは違い、フットサルにフル出場という概念はない。
ボールに触れないオフの時間も常に動き回っていなければならない。
そうしないと、攻撃時には相手のマンマークに絡まってすぐボールロストするし、守備はあっという間に崩壊してしまう。
というわけでフットサルは五人ではできない。
ベンチを含めたチームの人数は、規定範囲内で多ければ多いほどいい。
だというのに僕らはいま五人で大会に出場している。
交代要員ゼロって。
無理だよ、そんなの。
麻利衣は寝坊。
カミチューから別の高校に進学した元サッカー部員たちは、部活だったり急用だったり寝坊だったりで不参加。
一試合目こそ勝てたものの、体力は既にギリギリ。
この後は不安しかない。
少しでも体を休めよう。
ベンチにもたれ、コート内で行われている試合をぼんやり見る。
手前側のコート脇で、選手たちに指示を出しているおじさんがいる。
さっきから見ている限り、その人は出場していない。
選手ではなく、監督かコーチの役割なのだろうか。
その姿を見ているうちに、一昨日有楽街で岩切くんと交わした会話が思い出されてきた。
鋭い声に応えるように、インステップで強いボールを縦に入れる。
フットサルのボールは、サッカーボールに比べると飛びにくい。
重い感触が足の甲に残る。
ボールは、トップに張ったコーイチの足元へ。
しかし、うまく収まらない。
トラップが大きい。
相手に奪われるほどのミスではないけれど、ボールを拾いに行った分のタイムロスで、速攻の目は消えた。
僕と同じくコーイチもフットサル・ボールには不慣れだし、ポジションも普段とは違っている。
サッカーのときは最後尾でCBを務めるコーイチだけど、今日はピヴォの位置にいる。
ピヴォというのは、最前線でポストプレーをするポジションだ。
サッカーのCFと違い、自分で得点を取ることは少ない。
自分自身は後ろを向き、供給されたボールを収め、前を向いた味方に落とすのが主な仕事。
フットサルではボディ・コンタクトが禁止されている。
しかし、実際問題コンタクトがないわけではない。
サッカーに比べたら厳しくファウルを取られる、というのが実態だ。
特にコンタクトが多いのがピヴォのポジションだ。
自分から派手に体をぶつけることなく、うまいこと体を入れて相手からのプレスに耐える技術とフィジカルが求められる。
ということで僕らのチームではコーイチがピヴォを務めている。
流石はCB。体幹も、体を入れる技術もコーイチは優れている。
しかしボールを収めて散らすポストプレーには慣れていない。
何しろ普段は前を見てパスを出す側なのだから、仕方がない。
「コーイチ、戻していいよ!」
いまコーイチにチェックを掛けているのは、大学生か社会人かといったくらいの若い男性。
僕らよりは年上で、なかなかにガタイがいい。
何しろ一般参加のフットサル大会だ。
いろいろな参加者がいる。
少し無理な体制から、コーイチは僕の方にボールを戻した。
ロストしないだけ上出来だ。
僕のポジションはフィクソ。
フィールド・プレーヤ四人のうち、一番後ろに構えるポジションだ。
ベッキとか底とも呼ばれる。
守備的なポジションではあるけれど、より求められるのはボールの展開力だ。
長短のパスを織り交ぜ、ときには自らドリブルでも運び、ゲームをつくっていくポジションだ。
だから、一番後ろのポジションではありながらも、サッカーでいえばCBよりボランチのほうが近かったりする。
コーイチからのボールを慎重にトラップ。
今日のコートは屋外の人工芝。
足許もボールもよく滑る。
フットサルは本来屋内の体育館でやるスポーツだ。
でも一般参加の大会は屋外コートで開催されることも多い。
相手のピヴォが僕の前に立った。
縦を切られる。
コーイチへは出せない。
サイド二人のうち、希恵ちゃんが降りてくる。
コースが開いた。
一旦ボールを預ける。
フットサルでは、中盤サイドに張るポジションをアラという。
翼という意味らしい。
ボールを運び、ピヴォからボールを受けてシュートを打ち、守備のときは最後尾まで戻る。
前後に走りまくるポジションだ。
サッカーでいえばSBのイメージ。
今日のチームでは左のアラが希恵ちゃん、右は上島中学校出身でいまは他校に通っている女子だ、
中学時代は希恵ちゃんや麻利衣と一緒に幸クラブで蹴っていたプレーヤだ。
僕からのボールを受けた希恵ちゃんは、真後ろを向いている。
相手の女性がチェックに行っているのでターンは厳しい。
希恵ちゃんからボールを戻してもらう。
相手ピヴォのチェックが早い。
左サイドに三歩ボールを運んでから、ゴレイロの満にバックパス。
満は少しもたついだが、急いで右サイドに出してくれた。
フットサルではGKのことをゴレイロと呼ぶ。
ゴレイロには、足元の技術が求められる。
近年のサッカーではGKもヒルド・アップに参加できるだけの技術が求められるが、そんなのはワールド・クラスの話。
一方のフットサルでは、素人レベルでも一定のテクニックが要求される。
何しろフットサルは一チーム五人の少人数。
ボール回しにゴレイロが参加しないと、数的優位がまず得られない。
サッカーでは長身を活かしゴールマウスを守る満だが、足元の技術は得意としていない。
右アラへのパスも少しズレていたが、一応つながっている。
うまく左右に振れたおかげで、右サイドには角度のあるパスが出た。
斜めにボールを受けた右アラの彼女は、更に斜め前、コーイチにパスをつなぐ。
サッカーもフットサルもこのあたりは変わらない。
真後ろから受けた縦パスからは展開が難しい。
まっすぐではなく、いかに角度をつけたダイアゴナルなパスを出せるかが鍵だ。
コーイチは、相手フィクソを背負ったまま強引にボールを運んでいく。
斜め右前、ゴールエリア内に侵入。
しかし、僕についていた相手ピヴォがしかけにいく。
コーイチを挟み込み、ゴールを奪う気だ。
人間の視野は縦より横のほうが広いが、それでも限りはある。
二人に挟まれると、世界トップクラスの選手でもボールのキープは難しい。
顔を上げ、危険を察知したコーイチは、センターに向け浮き球のパスを選択した。
一見ヤケクソにも思えるが、理には適っている。
自分に二人ついているのであれば、他の誰かがフリーになっているということだ。
そして浮き球の落下点にはちょうど僕がいる。
胸トラップで前方に落とし、シュート・モーションに入る。
が、これは見せかけ。
自分で撃つ気はない。
僕のほうへと向かってきた相手ゴレイロが届かない方向へパス。
マークを連れたままの希恵ちゃんがダイアゴナルに走り込み、ダイレクトでシュート。
インサイドで丁寧に蹴られたボールは、ゴール真ん中に吸い込まれていった。
「希恵ちゃん、ナイッシュ」
「ありがと。環くんこそ、ナイス・アシスト!」
希恵ちゃんとハイタッチを交わす。
本日最初のゲームは二対一で僕らの勝利。
決勝点は希恵ちゃんのゴールだった。
フットサルのミックス大会では、各チーム二人以上女性プレーヤを入れることになっている。
また女性のゴールは二点と決まっている。
先程のシーンでも、僕が自分で無理やり撃つより、希恵ちゃんにお願いしたほうが、期待値が高くなるというわけだ。
防球ネットで覆われたコートから出て、ベンチに座り込む。
溢れ出す汗をタオルで拭い、水分を補給する。
「希恵ち、まだ麻利衣と連絡とれないの?」
グローブを外しながら満が尋ねる。
「……うん。出ない」
スマホを耳に当てた希恵ちゃんの目が据わっている。
今日の大会は朝九時から。
第一試合の終わったいまは十時。
「日曜の麻利衣に期待するほうが間違ってたな」
スポドリで喉を鳴らしていたコーイチがつぶやく。
フットサルは一チーム五人だが、五人だけではフットサルはできない。
フットサルでは、バスケやハンドボールと同じく、いつでも何回でも交代ができる。
プロのFリーグだと、コート上の五人プラス交代要員九人で試合を回していく。
交代要員も含め全員で試合を回していく前提なのだ。
サッカーとは違い、フットサルにフル出場という概念はない。
ボールに触れないオフの時間も常に動き回っていなければならない。
そうしないと、攻撃時には相手のマンマークに絡まってすぐボールロストするし、守備はあっという間に崩壊してしまう。
というわけでフットサルは五人ではできない。
ベンチを含めたチームの人数は、規定範囲内で多ければ多いほどいい。
だというのに僕らはいま五人で大会に出場している。
交代要員ゼロって。
無理だよ、そんなの。
麻利衣は寝坊。
カミチューから別の高校に進学した元サッカー部員たちは、部活だったり急用だったり寝坊だったりで不参加。
一試合目こそ勝てたものの、体力は既にギリギリ。
この後は不安しかない。
少しでも体を休めよう。
ベンチにもたれ、コート内で行われている試合をぼんやり見る。
手前側のコート脇で、選手たちに指示を出しているおじさんがいる。
さっきから見ている限り、その人は出場していない。
選手ではなく、監督かコーチの役割なのだろうか。
その姿を見ているうちに、一昨日有楽街で岩切くんと交わした会話が思い出されてきた。


