冬には交代で系列のレストラン業務も担う。ロッジ風のレストランがリフトの中継地にある。そこは上級者コースへと上るリフト乗り場の近くだ。
「三木くん、よろしくね!」
元気いっぱいな先輩が出迎えてくれた。彼女は主にこのレストランで働いている。冬は客が多いので、助っ人として俺などが入るというわけだ。
「氷室樹里よ」
と言って、ネームプレートを指さした樹里さん。
「何だか、樹氷を思わせるようなお名前ですね。綺麗だな」
俺がそう言うと、
「おっ?まさか初対面で口説かれるとは」
樹里さんが言った。
「え?いや、口説いてなんて、いませんよ」
俺が慌てて両手を振って否定すると、
「あはは、分かってるわよ。可愛いわねえ」
と笑って言うのだった。樹里さん、サバサバした感じで付き合い安いけど、こういう冗談はあまり笑えないぞ。
 3日に1回、このレストランで働いた。チェックアウト時間が終わってから、夕食の時間が終わるまで。ここにいると、窓からスキー客の滑る姿が見える。そして、裏口からはリフト乗り場が近い。
 もし雪哉が滑りに来たら、必ずこのリフトに乗るだろう。あいつの事だから、暗くなるまで滑るに違いない。ここにはナイター設備があるから、夜になっても滑っているかもしれない。
「三木くん、どうしたの?心ここにあらずって感じだけど」
「え?あ、すみません」
「これ、3番テーブルね」
「はい」
つい、窓の外を見てボーっとしてしまった。
 ある日、そのレストランでの業務中の事。ゴミを裏口から出したところで、坂の上から滑ってくる人を見上げた。すると、
「あ!雪哉?」
牛柄のウエアーを見つけてしまった。俺は転げるようにして走った。その牛柄ウエアーの人に向かって。
「ゆきやー!」
俺は大きな声で叫んだ。その牛柄スキーヤーは俺に気づいて止まった。そして、ゴーグルを上に上げた。
「あの、どうしたんですか?」
雪哉ではなかった。
「あ、申し訳ありません。何でもないです。失礼致しました」
俺はお辞儀をして謝った。牛柄スキーヤーはまた滑っていった。バカだな、俺。今はまだ留学中のはずだ。雪哉がここに来るはずもないのに。日本に帰ってくる事は出来ないと言っていたじゃないか。
 でも、事情が変わるかもしれない。そんな思いが頭をよぎる。どうしても、探す事を辞められない。