とうとう合宿が終わりに近づいてしまった。帰る日はスキーをせずに出発だそうで、前日がスキー最終日だった。いつも通り準備体操をし、基本的な滑りの練習をし、テクニックの練習をし、午後には自由時間になった。いつも俺は中級コースを滑りに行っていたが、今日だけは上級コースに行こうと決めていた。最後に練習の成果を試したい、とかそんな理由ではない。最後にもう一度、雪哉が上級コースを滑るところを見たいのだ。初めて雪哉を見た時の、あの感動が忘れられない。
 とはいえ、雪哉と一緒にリフトに乗って行っても、あっという間に行ってしまう雪哉。後ろからでも見えるけれど、俺は前から迫り来る雪哉を見たい。なので、俺は頑張って途中まで進んで、少し広くなっているカーブの所の雪壁の前で止まった。ここで次に雪哉が下りてくるのを待ち構えようというわけだ。我ながらナイスアイディア。まあ、ちょっとストーカーっぽいけども。
 リフトは空いているからすぐに来ると思ったが、意外に待っていると遅い。ちょこっと進んでみたりしながら、上ばかり気にしていた。人が来るとハッとして見上げるが、牛柄のウエアーではなかったりして。スキー部の先輩なんかも何人か通り過ぎた。
「お?どうしたよ?」
先輩に聞かれて、
「あ、ちょっと人を待っているんです」
バカ正直に言う俺。だって、他に何か止まっている理由があるか?言い訳が思いつかないのだ。だが、先輩はそうか、と言って特に深く考えずに行ってくれた。
 しばらく待っていたら、やっと雪哉が来た。雪しぶきを上げ、リズム良くこちらへ進んでくる。まるで踊っているかのようだ。ドキドキしながら見つめていると、雪哉が俺を見つけて、こちらへ近づいて来た。そして、目の前でシュッと止まる。
「涼介どうしたの?怪我でもした?」
ああ、心配してくれるんだな。優しい。
「いや。ただ、雪哉が滑るところを見たくて、待ってたんだ」
「えっ……」
雪哉はやけに驚いて、一瞬固まってしまった。
「あれ?どうしたの?」
俺が声を掛けると、呪縛から解けたようにハッとして、そして笑った。
「やだな、変な事言わないでよ」
「俺、変な事言ったかな?」
「変だよー。じゃ、行こっか」
雪哉が先を促す。行こうと言われても、どうせ雪哉と俺とでは滑るスピードが違うのだ。
「先に行っていいよ」
俺がそう言うと、
「いいじゃん、一緒に滑ろうよ」
と言う。普通なら嬉しいセリフだ。だがしかし、自分の実力に自信の無い俺。もうちょっと緩やかな坂ならそれなりに格好良くも滑れるが、ここだとかっこ悪い滑り方になりそうで。俺が黙っていると、
「ゆっくり行くからさ」
と雪哉が付け足した。ま、そういう事なら。
「分かった。じゃ、ゆっくりで」
俺はそう言って、えっちらおっちらスキー板を移動させ、滑り出した。
 「だいぶ上手くなったじゃん」
下へ着くと、雪哉がゴーグルを上げてそう言った。
「そう?」
ちょっと嬉しい。自分でも、初日と比べたらだいぶ上手く滑れたと自覚している。いやー、筋肉痛に耐え、下着を洗濯し、頑張った甲斐があったもんだ。俺は結局何の為に1週間もスキーの修行を積んだのだろう。上手くなりたいから、なんて事は後付けだ。こうして雪哉に褒めてもらいたかったとか?少なくとも、疲れていてもまだ終わって欲しくない。明日東京に帰ったら、雪哉にはしばらく会えないのだから。