静かな夜の空の下、私とアリス。そしてお父様とお母様の家族四人を乗せた馬車は王城の正門を潜り、ゆっくりと速度を緩めて止まった。
「降りるわよ」
お母様《エリシア》の声でお父様はお母様と共に左側のドアを開けて外へと出る。
私とアリスも両親である二人に続いて馬車の外へと出た。
「それじゃ行こうか」
「ええ、そうね」
お父様とお母様はそう言い手を繋いで歩き出す。私とアリスはそんな二人の後ろにつき、少し距離を空けて歩き始めた。
夜の穏やかで夏の生暖かい風が服越しに当たり、サラサラと私の腰まである白髪の髪も揺れる。
隣を見れば目の前にいる両親を見つめているアリスの穏やかな横顔がカトレアの瞳に映った。
「ねえ、お姉様。私はお姉様と違って弱々しくて頼りないから、危険が伴うような聖女としての仕事を任せてもらえないのかしら……」
隣を歩くアリスが突然、そんなことを口にしたことに私は少しばかり驚きアリスを見る。やはり本人も思うことはあったらしく、不満げな顔をしていた。
まあ、不満に思わないはずがないか。ここは姉として助言をしてあげる為、閉じていた口を開く。
「アリス、貴方も私と同じ聖女なのだから、どんな危険な仕事でも私と同じようにこなせるはずよ。貴方が現状に不満を感じているのなら、その不満をまずはお父様とお母様に伝えることね」
「そうね、そうよね! ありがとう、お姉様」
優しい笑みを浮かべながら私にお礼を述べたアリスの顔を見て、私も自然と笑みが溢れた。
⭐︎°⭐︎°⭐︎°
舞踏会が行われている会場に着いた私達家族四人は二手に分かれて行動することになった。
「お姉様、このケーキ、王都にある有名なケーキ屋で売られている物だわ! これ食べていいのよね?」
アリスは広い会場の中の左端にある横長のテーブルの上に置かれている透明なショーケースの中にある苺が載せられたショートケーキを見て私に問い掛けてくる。
「ええ、食べていいみたいよ。それにしても人が多いわね」
「じゃあ、早速食べようかしら。そうね、お姉様は人が沢山いる所が苦手だったわよね」
「苦手よ、人酔いしちゃうし、疲れるもの……」
そう、私は人が沢山いる所や賑やかな場所があまり得意ではない。その為、まだ会場に着いたばかりであるのにもう家に帰りたいと思ってしまっている。
「まあ、わからなくもないわね。あ、あれって……!?」
「ん? どうかしたの?」
「ううん、何でもないわ……!」
「そう、」
煌びやかな音楽と賑やかな人の声が混ざり合って、私の耳に届く。
まだ来たばかりだけれど、少しばかり頭痛がしてきた私はアリスに『疲労で頭痛がしてきたから少し外へ出て夜風に当たってくるわ』と伝えてその場を後にした。
⭐︎°⭐︎°⭐︎°
「はぁ、もう家に帰りたい……」
会場の外へと出た私は星が瞬く夜空を見上げながら今の気持ちを声にする。
舞踏会はなんて煌びやかで賑やかで疲れる場所なのだろう。と思いながら、会場から漏れる音楽に耳を傾ける。
「綺麗な曲ね」
暫く外で夜風に当たりながら会場から漏れて聞こえてくる音楽を聴いていた私だったが、音楽が次の曲へと移り変わった頃、私は再び会場へと戻る為、夜空に背を向けて歩き出した。
⭐︎°⭐︎°⭐︎°
会場の中へと再び足を踏み入れた私が妹のアリスの元へと戻って来ると、そこには妹と楽しげに話すこのアディラーゼ王国の第一王子であり、私の婚約者であるデュース・ヴィリスがいた。
「デュース王子殿下、お久しぶりです」
私がそう声を掛ければ、楽しげに会話をしていたアリスとデュースは会話を中断して私を見る。
「これはこれは、カトレア、お久しぶりですね」
「ええ、アリスと何の話しをしていたの?」
「他愛のない世間話ですよ」
「そうなのね」
何故だろう。何かが腑に落ちない。
そう思ってしまうのはアリスを見るデュース王子殿下がとても優しくて好意があるように感じたからだろうか。
「カトレア、私は貴方に言わなければならないことがあります」
唐突に真剣な顔をしてそう言い出したデュースを見て嫌な予感がした。
「私はアリスと婚約します。カトレア、貴方には申し訳ないと思っていますが私は愛しているんです。初めて会った時からアリスのことを」
「そう、ですか……」
嫌な予感はやはり的中した。
腑に落ちないと思っていた矢先のこれだった為、妙に納得がいってしまう。
「お姉様、ごめんなさい。本当はもっと早くに私の方から言うべきだったのに。私、デュース様がお姉様の婚約者だと知っていたけれど、好きになってしまったの。許して、お姉様……」
アリスから涙混じりに謝罪されたが、もう私は冷めた感情しか湧いてこなかった。
「そうなのね、ではデュース王子殿下、私との婚約は破棄ということでよろしいでしょうか?」
「ああ、それで構いません」
「わかりました。では、妹を幸せにしてあげて下さい。では、私はこれで失礼します」
私は踵を返してその場から立ち去る為、歩き出す。後ろからアリスの呼び止める声がしたが、立ち止まることはしなかった。
⭐︎°⭐︎°⭐︎°
再び会場の外に出た私は階段の前で足を止めて、夜の空を見上げた。
「お父様やお母様、デュース王子殿下からも愛されて本当に幸せな子よね、貴方は……」
私は全く両親や周りにいる人間から愛されていない訳ではないのかもしれない。けれど、妹の方が私より何倍も周りから愛されているのは今日に至るまでの日々の中で目に見えてわかっていた。
私にはあって、貴方にはない物があるように、アリス、貴方にも私にはない物を持っている。それは私からしたらとても羨ましく感じられる物。
「結局、周囲から凄く愛されるのは、可愛くて、守りたくなるようなか弱い人なのよね」
この日、私は婚約者であった第一王子デュース・ヴィリスに婚約破棄をされ、心に決めた。
「もう、この国に居たくないわ。もう何かどうでも良くなってしまったから聖女の勤めを放棄して国を出ようかしら」
聖女の勤めを放棄して国を出たら、大問題であることはわかっているが。この国にはアリス・リーゼというもう一人の聖女がいる。
彼女に全て任せよう。誰からも愛される彼女に。
「帰りましょう」
静かな夜空の下で私は独り言のように呟き、歩き出した。
舞踏会が行われている会場を抜け出して、徒歩で王都にある家へと帰って来た私は家を出る為の準備を始めた。
荷物を鞄に詰めて、両親とアリス宛の手紙を書き終えた頃にはもう9時を回っていた。
「あら、もうこんな時間? 手紙はリビングの机の上に置いてっと。行きましょう」
一人そう呟いた私は荷物が入った鞄を手に持ち、生まれ育った家を出て、月明かりと街灯が照らす夜道を歩き始めた。
⭐︎°⭐︎°⭐︎°
夜の12時過ぎ頃、アリスと父親《ロヴィン》、母親《エリシア》の三人は馬車で家へと帰宅する。
「もう、あの娘ってば舞踏会を途中で抜け出すなんて、何を考えているのかしら!」
「まぁまぁ、エリシア、落ち着いてくれ」
「お父様、お母様、お姉様は悪くないわ。悪いのは私なのよ」
「アリス、貴方は何も悪くないわ。デュース王子殿下はあの娘よりも貴方を選んだ。ただそれだけなのだから」
アリスと両親はそんな会話をしながら馬車を降りて家の中へと入る。両親は先に帰ったであろうカトレアを叱る為に玄関からカトレアを呼ぶが。
「カトレアー! ちょっと話しがあるから来てちょうだい!」
母親《エリシア》のカトレアを呼ぶ声に何の返事もなく、父親《ロヴィン》は顔を顰める。
「返事がないな。おーい、カトレア、いるのか? いるなら返事をしてくれ」
父親《ロヴィン》の声にも返事はなく、アリスは不安そうに両親を見る。
「寝ているんじゃないかしら。とりあえずリビングに行きましょう」
「そうね、」
「ああ、ん? カトレアの靴がないぞ!?」
お姉様が普段履いている靴が玄関にないことに気付いたお父様の言葉に私とお母様は慌てて靴を脱いで、リビングへと向かった。
「カトレア、いないわ……」
「お母様、机の上に何か置いてあるわ!」
アリスは机の上に置いてあるカトレアがアリスと両親宛てに書き残した手紙を見つけて、手に取る。
「お母様、これ、お姉様からの手紙だわ」
「そうみたいね」
「ええ、こっちの青い封筒の方がお母様とお父様宛てで、紫の封筒の方が私宛てみたい」
アリスは隣に立つエリシアに青い封筒に入ったカトレアからの置き手紙を手渡す。
アリスから青い封筒を受け取ったエリシアは手紙を手に持ち、まだ玄関にいるであろうロヴィンの元へと行く為、リビングから出て行く。
「お姉様は私を恨んでいるのかしら……」
リビングに残されたアリスは紫の封筒を見つめながら静かに呟く。数分後、アリスは決心したように封を開けて中にあった2通の手紙を読み始めたのであった。
⭐︎°⭐︎°⭐︎°
その頃、カトレアは王都を通り過ぎ、アディラーゼ王国とラバディース国の国境の間にある森林の中で夜を越す為の準備をしていた。
「まずは、火を起こしましょうか」
夜の森は王都の街よりも少し暗く、何か出るかもしれないという怖さがあったが、幸い今日は月が出ている為、月の明かりのお陰でそこまでの暗さではなかった。
「やっぱり焚き火があると野宿感あるわね」
カトレアは赤く揺らめく焚き火を見つめながら独り言のように呟く。
これからは当分一人だ。アディラーゼ王国から出たことないカトレアにとって外の世界は未知である為、少しばかりの不安もあったが、不安な気持ちを上回るくらいワクワクしていた。
「これから長い旅になりそうね」
穏やかな声色で呟いたカトレアの声は夜の静かな空気に溶け込むように消えていった。
翌日の夕方頃、私はアディラーゼ王国とラバディース国の間にある森を抜けた。
森を抜けた私は今、ラバディース国の港へ向かっている。
「此処がラバディース国の王都……!!」
私は両道に立ち並ぶ色鮮やかな建物を見つめながらラバディース国の王都を歩いていた。
空が茜色に染まりつつあるが、王都は人々の賑やかな声で溢れていた。
ラバディース王国とは少し雰囲気が違う王都の景色に私は胸を高鳴らせる。
「アディラーゼ王国の王都の建物はこんなに色鮮やかではないし、こんな縦に大きくないから何か新鮮だわ」
縦に大きいビルのような建物が割と多く立ち並ぶんでいるラバディース国の王都。
建築業が他国よりも圧倒的に発展していることで知られているラバディース国。
近年はラバディース国の優れた建築技術を学ぶ為、他国から研修や留学で訪れる者達が増えているらしい。
「船が出るまであと1時間くらいね。思ったより余裕を持って港に着けそうで一安心だわ」
ラバディース国の王都から港へと続く緩やかな坂道を下り歩きながら、私は左腕に付けていた腕時計を見てホッと胸を撫で下ろした。
⭐︎°⭐︎°⭐︎°
出航の20分前に港へと辿り着いた私はディアーヌ帝国行きの船に乗り込む。
「人が多いわね」
船内は学生や観光客。老夫婦や家族連れの人々が大半を占めていた。
私はそんな人々を横目で見て歩きながら事前に予約していた部屋へと向かっていたのだが。
「あの、すいません。少しいいですか?」
唐突に背後からそう声を掛けられた私は足を止めて声の主がいる方へと向く為、振り返る。
「何でしょうか?」
私に声を掛けてきた相手は私と同い年くらいの青髪ショートボブヘアーの女の子だった。
そんな彼女の空色の瞳は真っ直ぐこちらを見つめている。
「あの、私、部屋の予約を取り忘れてしまって。お金は払うので同室させて貰えませんか?」
「え……? 同室ですか!?」
見ず知らずの赤の他人にいきなり同室を頼むことに驚いた私だったが、目の前の自分と同い年くらいの彼女は真剣な顔で私を見てから、頭を深く下げてくる。
「どうかお願いします……!」
「頭を上げてちょうだい! わかったわ、取り敢えず部屋に行きましょうか」
人がいつ通ってもおかしくない客室の前の通路で頭を下げられている所を見られるのは非常に困る。取り敢えず部屋で色々聞くことにしよう。私はそう心に決めながら突如、同室させて欲しい。と声を掛けてきた女の子と共に部屋へと向かう為、再び歩き始めたのであった。
部屋へと着き、部屋の中へと入った私は荷物をベット近くにある机に置いてから少女に向き直り口を開く。
「えっと、まず自己紹介するわね。私はカトレア・リーゼ。アディラーゼ王国出身よ」
「カトリア・リーゼ…… って、アディラーゼ王国の最強の聖女って言われている、あのカトリア・リーゼさんですか!?」
どうやら私のことを知っているらしい。
目の前の少女は驚いた顔をしながら、私の顔をまじまじと見つめてくる。
「ええ、私のこと知っているのね」
「はい! 勿論知ってますよ。あ、私はシエナ・アメリアと言います。エルドアナ国の第一王女です」
そう言い柔らかな笑みを浮かべた彼女《シエナ》。
私はそんな彼女が放った第一王女という言葉に思わず聞き返してしまう。
「え……?」
「エルドアナ国の第一王女シエナ・アメリアと言います! って言っても私の国は亡国と化してしまったんですけどね……」
「亡国と化してしまったってどういうこと?」
私がそう問い掛ければ、シエナは悲しげな顔をしながら話し始めた。
「エルドアナ国で1週間前、クーデターが起こったんです。私は側近のお陰で何とか国外へ逃亡することができたんですが…… 陛下は勿論、お母様やお兄様。そして私の大切な騎士達は皆、殺されて死んでしまった」
エルドアナ国。は西に位置する国である。
鉱物資源が豊富な国として知られている国でもあったような気がする。
「そうなのね……」
「はい、あの、この船でカトレアさんと出会ったのも何かの縁だと思うんです。だから、その…… 私の護衛になってくれませんか?」
「護衛、ですか……?」
「はい、私の護衛であった者は全員、私を守り命を落としてしまいましたので。ごめんなさい、いきなりこんなことを言って。けれど、一人では色々と不安なのです……」
シエナは一国の王女様だ。
もしかしたらこれから先の旅の中で、彼女の存在その物が何かの役に立つことだってあるかもしれない。デメリットも多少はあるが、メリットの方が大きい。
カトレアは少し考えた後、目に前にいるシエナを見て返事を返す為に声にする。
「いいわよ。シエナ、貴方の護衛になるわ」
「本当ですか!?」
「ええ、これからよろしくね、シエナ」
「はい! こちらこそよろしくお願いします!」
こうして私はエルドアナ国の第一王女シエナ・アメリアの護衛となった。
⭐︎°⭐︎°⭐︎°
その日の夜、私とシエナはお互いのことを知る為に今に至るまでにあったことを話した。
「婚約者から婚約破棄されたですか…… それも婚約破棄してまで王子が側にいたいと思ったのは実の妹。何か漫画みたいですね」
「ええ、確かに漫画みたいな展開よね。けど、私、これでよかったのだと思っているの」
「どうしてですか?」
シエナはわからない。といったように首を傾げて私に聞き返す。
私はそんなシエナを見てから、穏やかな声色で自分の今の気持ちを言葉にする。
「もし私が婚約破棄をされていなかったら、私はアディラーゼ王国から出るなんてことはきっとしなかった。ずっとあの国で聖女としての勤めを果たしていたと思うわ」
そう、婚約破棄をされたから私は自国から外に出るという大胆な行動が出来たのだ。
婚約破棄をされていなかったら私はきっと、今もあの国で聖女としての勤めを果たしていた。
「愛していた人から婚約破棄されたお陰で私は自由の身になれたのよ」
「強いんですね、カトレアさんは……」
そう言ったシエナは一瞬を曇らせるが、すぐに穏やかな顔つきになる。
私はそんなシエナを見て思う。
私の話しを聞いて彼女はどう思ったのだろうかと。
「強くなんてないわ。私は弱い人間よ…… それに私からしたら貴方の方が強い人間に思えるわ」
「そんなことないです! カトレアさんは強いです。婚約破棄をされて、妹さんのことを選んだ王子に暴言を吐かず、妹さんを責めもせず、幸せになって下さい。なんて、私が同じ境遇に置かれたら、カトレアさんのように受け入れられません!」
シエナの熱弁にカトレアは苦笑いする。
いつか、私にも大切に思って愛してくれる人ができるだろうか。
「私も受け入れたくはなかったのだけれど。何故か納得いってしまったの。愛されるのはやっぱり妹のような可愛くて守ってあげたくなるような子だって……」
「まあ、そういう人の方が男受けはいいかもしれませんが、私は嫌いです。そういう女の人」
シエナは強い口調でそう言い、カトレアの方に体を向けて、両手でカトレアの手を優しく包み込む。
「シエナ……?」
「大丈夫です。私はこれからずっとカトレアさん、貴方の側にいますから!」
「あら、それはそれで困るわね!」
「え、困るんですか!?」
「ふふ、困らないわよ。ありがとう」
これから彼女《シエナ》と歩んでいく旅路はどんな物になるのだろう。きっと彼女《シエナ》と過ごす日々は楽しい物になるに違いない。と思いながらカトレアはシエナの暖かな手の温もりを感じながら優しい笑みを溢した。
ディアーヌ帝国行きの船に乗り込んでから1週間が経った頃、船はようやく目的地のディアーヌ帝国へと到着した。
「此処がディアーヌ帝国の港街。港だからもあるかもだけれど、凄い人ね」
「そうですね〜! じゃあ、行きましょうか」
シエナは柔らかい笑みを浮かべてそう言い私の手を取り、優しく握る。突然のシエナの行動に驚いたが『人が多いので逸れないように手を繋いでおきましょう』と付け足されので、納得して頷き返した。
「ええ、」
私はシエナに手を引かれて乗ってきた船に背を向けて歩き始めた。
⭐︎°⭐︎°⭐︎°
船を降りた日の夕方頃、私とシエナはディアーヌ帝国の帝都《リリバーナ》に辿り着いた。
「着いたわね」
「帝都なだけあって出店が沢山ありますね〜!」
シエナの言葉通り、両道の端には沢山の出店が立ち並んでいる。
色とりどりの果物や、野菜、焼きそばなどの食べ物以外にもアクセサリーに服など。様々な品物が売られていた。
「何だかお腹空いてきちゃったわ」
「何か買いますか?」
「ええ、そうね。そうしましょうか」
私とシエナは両道に立ち並ぶ出店に売られている食べ物を横目に見ながら、何を食べようかという他愛のない話しをしながら歩き始める。
「はぁ、はぁ、はぁ、うっわ!?」
「え……!?」
しかし、前方から走ってきた少年が勢いよく私にぶつかってきたことによりシエナとの会話は中断されてしまう。
「あ、申し訳ない!! 怪我はないか?」
私よりも年下であろう金髪の少年はぶつかった謝罪をしてから私を心配そうに見つめてくる。
「ええ、大丈夫よ」
「そうか、ならよかった! そして申し訳ないんだが、お前の背中を貸してくれないか?」
「え……? それってどういう……?」
私の問い掛けに答えることもなく、少年は私の背後に周り、羽織っていた白いフードマントの中に後ろから入る。
「え!? ちょっと何して!?」
「頼む、追われているんだ。追っ手の騎士達が居なくなるまででいいから隠してくれ……!」
少年の必死なお願いに私は仕方なく頷き。少年を追っ手の騎士達から隠すことにした。
シエナは私の横で何故かにこにことしている。私はそんなシエナを横目にちらっと見て、何で笑っているのだろうか。と疑問に思う。
「こっちに走って行ったはずなんだが、居ないな……」
「全く、あのお方は私達が目を離すとすぐ何処かに行ってしまう。本当困った物だ」
「13歳と言えど、まだ子供だ。それにあのお方の身に何かあったら俺達の首が飛びかねん」
ほんの少し離れた所でそんな会話をしている男達が私の視界に入る。
どうやらあの男達がこの少年を追っている騎士達のようだ。
騎士達の探している少年は私の背後のフードマントの下に隠れながら私の服の後ろをギュッと掴んでくる。
「大丈夫よ。気付かれていないから安心して」
少年を安心させる為に私の背後のフードマントの下で隠れている少年に向けてそう言葉にすれば少年は返事代わりにまた後ろの服をギュッと掴む。
数分後、騎士達は立ち去って行き、私とシエナは騎士達の後ろ姿を見えなくなるまで見送ってから、少年に声を掛ける。
「騎士の人達行ったわよ」
「もう、出てきて大丈夫ですよ!」
シエナと私がフードマントの下で身を隠していた少年にそう伝えると、少年は恐る恐る私のフードマントの後ろから出てくる。
「ありがとう。感謝する! 何かお礼をさせてくれ」
そう言い軽く頭を下げてきた少年を見て、私は気付いてしまった。
身につけている衣服は平民が着るような物ではなく、幼そうに見える外見とは裏腹に受け答えや、礼儀がしっかりしている。
「貴方、平民ではないわね?」
「察しがいいな。ああ、俺は平民ではない。このディアーヌ帝国の第一皇子ロディス・ディオノーゼだ」
「え!? そうなんですか?」
シエナは少し驚いてから、目の前にいる少年を上から下までじっくりと流し見てから頷く。
「確かに、衣服からして平民ではないですね!」
「シエナ、貴方、気付いていなかったのね」
「うむ。お前達はこの国の人間ではないな。観光で来たとかか?」
「まあ、そんな所かしらね」
ディアーヌ帝国には観光で来たというより、旅の途中で訪れただけである。しかし、観光と言ってしまった方が何かと都合が良いから観光と答える。
「そうかそうか、では、お礼として、俺が帝都を案内してやろう!」
「わー、ありがとうございます!」
「ではこの帝都で1番美味しい食べ物を案内しながら教えてほしいわ。その後はあまりお金が取られない良さげな宿屋に案内してくれるかしら?」
少年は私の言葉を聞いて、自信たっぷりの笑みを浮かべて『任せておけ!』と返答する。
そして、私とシエナは少年と共に再び帝都の街並みを歩み出したのであった。
私とシエナがディアーヌ帝国に辿り着いたその日の夜。私達はこのディアーヌ帝国の第一皇子であるロディス・ディオノーゼに案内された宿屋で帝都での夜を過ごしていた。
「綺麗な夜空ね」
「そうですね〜」
部屋にあるバルコニーに出て夜の空を見上げるように見ていた私とシエナは星々が瞬く綺麗な夜空を見ながら呟く。
その日のディアーヌ帝国の帝都の夜空は雲一つなく暗い夜の帝都を照らすように星々が煌々と瞬いていた。
「ロディス皇子には本当に感謝ですね」
「ええ、そうね。この宿屋も安い割に綺麗だし、何より帝都を見渡せる高台にある宿屋なだけあって見晴らしが良いし最高だわ!」
あの後、ロディス皇子に帝都を案内してもらい、帝都の色々な場所を巡ったのだ。
初めて来た異国の地で、初めてみる景色に私とシエナは心躍らずにはいられなかった。
「カトレアさん、私、この帝都にまた来たいです。ロディス皇子にも改めてお礼したいですし」
「ええ、私もよ。また二人で来ましょう!」
私はそう言い隣に立っているシエナの方を見て、優しく笑った。
⭐︎°⭐︎°⭐︎°
一方、ディアーヌ帝国の王城ではロディスが己の騎士達とこのディアーヌ帝国の国王でありロディスの父親でもあるグアン・ディオノーゼからこっぴどく叱られていた。
「ロディス、お前って奴は本当に周りに心配ばかりかけてくれる……!!」
「申し訳ありません、陛下。もうこのような勝手な行動を二度としないと約束します。だから許して下さい……!」
「ロディス皇子殿下、前回も同じようなことを申されていましたよね?」
ロディスの専属騎士であるバラッド・デュラセーヌは真剣な顔でロディスに問い掛ける。
「な、何のことだ? 私は同じことを言ってないぞ。デタラメを言うな」
「ロディス、お前は自分の言ったことを忘れたのか? 嘘はよくないぞ」
グアンの言葉にロディスは言葉に詰まり、数秒無言になる。無言になったロディスを見て、グアンとバラッド含むロディスの騎士達数人は、何を言ってこの場を切り抜ければいいのか考えているのだろうと察した。
「陛下、今日、帝都で私を助けてくれた者達がいたんですが、その者達の二人の内の一人がもしかしたら聖女だったかもしれないんです!」
「聖女だと?」
「はい!」
「なるほど。ロディス、言っておくが話しを逸らしても無駄だ。罰として2週間、帝都への外出は禁止だ」
グアンの言葉にロディスはその場に硬直する。あまりのショックで言葉が出せないでいるロディスを見て、騎士達は少しばかり可哀想に感じながらも動き始める。
「さあ、ロディス皇子殿下、行きましょうか」
「わかったぞ……」
「偉いですね」
ロディスの騎士の一人であるバラッドに手を引かれながら、ロディスは王の執務室から立ち去って行った。
ロディスが出て行った後、執務室に残された騎士1名にグアンは命令を下す。
「ロディスが聖女であるかもしれないと言っていた者を探して、私の元に連れて来い。いいな?」
「承知致しました。陛下」
騎士は頷き、グアンがいる執務室から出て行く。執務室に残されたグアンは執務室の窓越しに見える夜空を見上げて一人呟いた。
「聖女か……」
翌日。皇帝【グアン・ディオ・ノーゼ】からの命令により、皇帝の近衞騎士である【アリゼ・バトナー】を中心に少人数で第一皇子のロディスが昨日の夜、言っていた聖女であるかもしれない。と言っていた人物の捜索を開始した。
「ロディス皇子殿下が言っていた大まかな聖女の特徴は白髪に青い瞳で背が高いとのことだったのですが、今の所、そのような特徴を持った人物を見た者の目撃情報はありませんでした」
「そうか、ご苦労。引き続き聞き込みを続けてくれ」
「承知致しました」
騎士はアリゼにそう言い背を向けて、再び聞き込みをする為に帝都の人ごみの中に消えていく。
アリゼは騎士の後ろ姿を見送ってから、自分も聞き込みをする為に帝都の道を歩き出した。
⭐︎°⭐︎°⭐︎°
アリゼ達が聖女《カトレア》の居所の情報を掴んだのはその日の夕方頃であった。
「この宿屋に入って行く所を見た者がいるらしいのですが。どうしますか?」
「行くぞ」
「承知致しました」
宿屋の前で会話をし終えたアリゼ達は聖女《カトレア》がいる宿屋の中へと足を踏み入れた。
宿屋に入ると、宿屋の受け付けの者はアリゼ達を見て少し驚いた顔をして見つめてくる。
「国王の騎士アリゼ・バトナーという。国王であるグアン陛下の命令により、今、白髪で青い瞳の聖女を探しているのだが、この宿屋に聖女の特徴を持った人物が入る所を見かけたという目撃情報があるのだが、この宿屋に白髪で青い瞳を持つ人物は泊まっていないだろうか?」
アリゼは宿屋の受付人である中年の男にそう問うと、受付人の男はこくりと頷いてから『泊まっておりますよ』と返答した。
「そうか、どの部屋に泊まっている?」
「階段を上がって2階の左側の部屋の通路の1番奥の部屋です」
「そうか、教えて頂き感謝する」
アリゼは受付人の男にお礼を述べて軽く会釈をしてから、騎士達を引き連れて聖女がいるであろう2階の左側の通路の一番、奥の部屋へと向かう為、歩き出す。
⭐︎°⭐︎°⭐︎°
「カトレアさん、もういつでも出れますよ!」
「私も出る準備できたから、行きましょうか」
「はい!」
私達は自身の荷物を持ち、宿屋の部屋を出ようとしたその時、部屋のドアがコンコンコンと3回ほどノックされた。
「誰かしら?」
私がそう言えば、シエナは私の顔を見て首を傾げてくる。
私は部屋のドアのドアノブに手をかけて、開けるとそこには数人の騎士達がいた。
「聖女様で間違いありませんか?」
「え、何で私が聖女って知って……」
「いきなりで申し訳ありせんが、国王陛下の命令なので。ご同行願います」
「国王の命令……? 何か訳ありのようですわね、わかりました」
私は目の前にいる数人の騎士達を見据えて、頷き、騎士達に連れられて宿屋の部屋を後にした。
騎士達に連れられて、帝都にある王城へと連れて来られた私とシエナは今、謁見の間に通され、このディアーヌ帝国の皇帝【グアン・ディオ・ノーゼ】が来るのを待っていた。
「どうして私が聖女ってわかったのかしら」
「ロディス皇子殿下が気付いて言ったとかありそうですね」
「そうね、それはありそうだわ」
まさか、このディアーヌ帝国の皇帝【グアン】と対面して話すことになるなんて、思ってもみなかった。と心の中で思いながら、私は謁見の間の部屋の窓から見える茜色に染まる空を見つめた。
私達が謁見の間に通されてから、15分後。皇帝《グアン》が謁見の間へと入ってくる。
私とシエナは座っていたソファから立ち上がり、皇帝《グアン》に軽く頭を下げてから再びソファに腰を下ろした。
「いきなり連れて来られて、さぞ困惑したことだろう。申し訳ない」
ロディスと同じ金髪に紫色の瞳をした皇帝《グアン》はソファに座るなり、私とシエナに謝罪する。
私は目の前にいるこのディアーヌ帝国の皇帝である《グアン》を見て首を横に張った。
「いいえ、大丈夫です。早速質問させて頂きたいのですが、私に何か頼みたいことでもあるのでしょうか?」
帝国の皇帝が聖女を連れて来いと命じた。と先程、騎士達から聞いたが。騎士達に私を探させてまで、連れて来て欲しいと思った理由がきっと何かあるのだろう。と私は思っていた。
「ああ、あるぞ。だから聖女様を探させ、此処まで連れてきて貰った。単刀直入に言うが、ディアーヌ帝国の左端にある森林に棲みついている魔物の討伐に協力して欲しい。聖女様が持つ光魔法なら倒せるはずなんだ」
人々に脅威を与える存在である魔物。
森林を好んで生息する為、森林近くに人々が住んでいると危険である。
ディアーヌ帝国に来るまで、聖女としての力を使うことがなかった為、久しぶりに聖女としての仕事をする良い機会だと思った私は皇帝《グアン》からの頼みを引き受けることに決めた。
「いいですよ。引き受けます」
「え、カトレアさん、魔物ですよ! いくらカトレアさんが最強の聖女だからって危険であることには変わりありません!」
「ありがとう、でも、大丈夫よ」
「なら、私も同行します。同行を許可して下さられなければ、今回の件、引き受けさせません!」
私を見て強い口調でそう言ってくるシエナを見て、渋沢、私は『わかったわ』と返答してから、皇帝《グアン》に同行の了承を得る為に話しを続ける。
「私の連れも同行させてもよろしいでしょうか?」
「ああ、構わないが、大丈夫か?」
「はい、大丈夫だとは思います」
もし、何かあったら私がシエナを守れば良い。そう思いながら私は隣にいるシエナをちらりと見た。
「それならいいのだが。あ、言い忘れていたが、今回の頼みに見合った報酬はきちんと渡すから安心してくれ」
「ありがとうございます。では、細かな詳細を教えて頂いてもよろしいでしょうか?」
私がそう問えば、皇帝《グアン》は頷き返し、魔物討伐の細かな詳細を話し始めた。
翌日の昼過ぎ頃。私とシエナ。そして帝国の王立騎士団に所属している数人の騎士達は魔物が出るというディアーヌ帝国の左端にある森林へ訪れた。
「此処が魔物がいる森林……」
隣を歩いているシエナは緑豊かな木々を見つめながらポツリと呟く。
「こんな穏やかな所に魔物がいるなんて、信じられないわね」
「そうですよね。ん? 今のは!?」
王立騎士の一人が何かに気付いたように周り見回し始める。私はそんな騎士である彼の行動に魔物が現れると瞬時に察知した。
木々が揺れ、ザクザクと魔物が近寄ってくる足音が聞こえてくる。
「来るわね……」
私やシエナ。騎士の方達は警戒しながら、魔物が近寄ってきている方向を見つめる。
数秒の沈黙の後、"ギュアーーーー" っという魔物の叫び声と共に私達の目の前に魔物は現れた。
赤い瞳に黒い鳥のような姿をした魔物は私達を見て威嚇してくる。そして、数秒後、魔物は私達に襲い掛かかってきた。
「動きを封じたわ! やるなら今よ!」
私が光魔法で動きを止めたことを王立騎士の方達に伝えれば、騎士の方達は私の光魔法で動きが止まった魔物に攻撃を仕掛ける。
騎士の方達は魔物を剣で切り付けたが、魔物は全くダメージを負うこともなく、動きを静止する光魔法が解け始める。
「危ない! 離れてください!」
私の声は騎士の方達には届かなかった。
魔法が解け始めてきたことにより、魔物は攻撃を仕掛けてきた騎士達目掛けて口から炎を放ち始める。
逃げ惑う騎士の方達。一人、また一人と騎士の方達は炎に包まれていく。
「絶体絶命ね…… こうなったら私がどうにかして倒すしか……」
私がそう呟くのと同時に私の背後にいたシエナは私から少し離れた斜め前辺りに倒れている騎士の元まで走り去って行く。
「ちょっと、シエナ!?」
私の声を無視して、シエナは倒れた騎士が持っていた剣を拾い、何かを唱えて興奮状態の魔物にすばやい動きと速さで立ち向かっていく。
私はそんなシエナを見て度肝を抜かされる。
「動きを止めたわ! シエナ、今よ! とどめを刺しなさい!」
私の声にシエナは頷き、思いっきり地面を蹴って、動きが止まった魔物を凄い速さで切り付けていき、軽くジャンプをしたかと思えば、連続で魔物を切り付け始める。
あまりの華麗なシエナの剣捌きに私は思わず見惚れる。
そして、とどめの一撃、魔物の頭部をシエナが長剣で刺すのと同時に私の光魔法は解けた。
「はぁ、よかった…… 倒せたわね」
安堵からか力が抜けた私はその場に座り込む。魔物を倒したシエナも私と同様、魔物を倒せたことにほっとしたのか倒した魔物近くに座り込んでいた。
そんなシエナは私の方を見てニコッと笑いかけてくる。私もそんなシエナを見て自然と笑みが溢れた。
その後、私は負傷した騎士達を光魔法の一つ。回復魔法で騎士達を治してから、帝都の城へと戻る為、魔物がいた森林を後にしたのであった。