完璧な聖女であるのに愛されない私が外の世界で出会ったのは亡国の王女でした。

 騎士達に連れられて、帝都にある王城へと連れて来られた私とシエナは今、謁見の間に通され、このディアーヌ帝国の皇帝【グアン・ディオ・ノーゼ】が来るのを待っていた。

「どうして私が聖女ってわかったのかしら」
「ロディス皇子殿下が気付いて言ったとかありそうですね」
「そうね、それはありそうだわ」

 まさか、このディアーヌ帝国の皇帝【グアン】と対面して話すことになるなんて、思ってもみなかった。と心の中で思いながら、私は謁見の間の部屋の窓から見える茜色に染まる空を見つめた。

 私達が謁見の間に通されてから、15分後。皇帝《グアン》が謁見の間へと入ってくる。
 私とシエナは座っていたソファから立ち上がり、皇帝《グアン》に軽く頭を下げてから再びソファに腰を下ろした。

「いきなり連れて来られて、さぞ困惑したことだろう。申し訳ない」

 ロディスと同じ金髪に紫色の瞳をした皇帝《グアン》はソファに座るなり、私とシエナに謝罪する。
 私は目の前にいるこのディアーヌ帝国の皇帝である《グアン》を見て首を横に張った。

「いいえ、大丈夫です。早速質問させて頂きたいのですが、私に何か頼みたいことでもあるのでしょうか?」

 帝国の皇帝が聖女を連れて来いと命じた。と先程、騎士達から聞いたが。騎士達に私を探させてまで、連れて来て欲しいと思った理由がきっと何かあるのだろう。と私は思っていた。

「ああ、あるぞ。だから聖女様を探させ、此処まで連れてきて貰った。単刀直入に言うが、ディアーヌ帝国の左端にある森林に棲みついている魔物の討伐に協力して欲しい。聖女様が持つ光魔法なら倒せるはずなんだ」

 人々に脅威を与える存在である魔物。
 森林を好んで生息する為、森林近くに人々が住んでいると危険である。
 ディアーヌ帝国に来るまで、聖女としての力を使うことがなかった為、久しぶりに聖女としての仕事をする良い機会だと思った私は皇帝《グアン》からの頼みを引き受けることに決めた。

「いいですよ。引き受けます」
「え、カトレアさん、魔物ですよ! いくらカトレアさんが最強の聖女だからって危険であることには変わりありません!」
「ありがとう、でも、大丈夫よ」
「なら、私も同行します。同行を許可して下さられなければ、今回の件、引き受けさせません!」

 私を見て強い口調でそう言ってくるシエナを見て、渋沢、私は『わかったわ』と返答してから、皇帝《グアン》に同行の了承を得る為に話しを続ける。

「私の連れも同行させてもよろしいでしょうか?」
「ああ、構わないが、大丈夫か?」
「はい、大丈夫だとは思います」

 もし、何かあったら私がシエナを守れば良い。そう思いながら私は隣にいるシエナをちらりと見た。

「それならいいのだが。あ、言い忘れていたが、今回の頼みに見合った報酬はきちんと渡すから安心してくれ」
「ありがとうございます。では、細かな詳細を教えて頂いてもよろしいでしょうか?」

 私がそう問えば、皇帝《グアン》は頷き返し、魔物討伐の細かな詳細を話し始めた。
 翌日の昼過ぎ頃。私とシエナ。そして帝国の王立騎士団に所属している数人の騎士達は魔物が出るというディアーヌ帝国の左端にある森林へ訪れた。

「此処が魔物がいる森林……」

 隣を歩いているシエナは緑豊かな木々を見つめながらポツリと呟く。

「こんな穏やかな所に魔物がいるなんて、信じられないわね」
「そうですよね。ん? 今のは!?」

 王立騎士の一人が何かに気付いたように周り見回し始める。私はそんな騎士である彼の行動に魔物が現れると瞬時に察知した。
 木々が揺れ、ザクザクと魔物が近寄ってくる足音が聞こえてくる。

「来るわね……」

 私やシエナ。騎士の方達は警戒しながら、魔物が近寄ってきている方向を見つめる。
 数秒の沈黙の後、"ギュアーーーー" っという魔物の叫び声と共に私達の目の前に魔物は現れた。
 赤い瞳に黒い鳥のような姿をした魔物は私達を見て威嚇してくる。そして、数秒後、魔物は私達に襲い掛かかってきた。

「動きを封じたわ! やるなら今よ!」

 私が光魔法で動きを止めたことを王立騎士の方達に伝えれば、騎士の方達は私の光魔法で動きが止まった魔物に攻撃を仕掛ける。
 騎士の方達は魔物を剣で切り付けたが、魔物は全くダメージを負うこともなく、動きを静止する光魔法が解け始める。

「危ない! 離れてください!」

 私の声は騎士の方達には届かなかった。
 魔法が解け始めてきたことにより、魔物は攻撃を仕掛けてきた騎士達目掛けて口から炎を放ち始める。
 逃げ惑う騎士の方達。一人、また一人と騎士の方達は炎に包まれていく。

「絶体絶命ね…… こうなったら私がどうにかして倒すしか……」

 私がそう呟くのと同時に私の背後にいたシエナは私から少し離れた斜め前辺りに倒れている騎士の元まで走り去って行く。

「ちょっと、シエナ!?」

 私の声を無視して、シエナは倒れた騎士が持っていた剣を拾い、何かを唱えて興奮状態の魔物にすばやい動きと速さで立ち向かっていく。
 私はそんなシエナを見て度肝を抜かされる。
 
「動きを止めたわ! シエナ、今よ! とどめを刺しなさい!」
 
 私の声にシエナは頷き、思いっきり地面を蹴って、動きが止まった魔物を凄い速さで切り付けていき、軽くジャンプをしたかと思えば、連続で魔物を切り付け始める。
 あまりの華麗なシエナの剣捌きに私は思わず見惚れる。
 そして、とどめの一撃、魔物の頭部をシエナが長剣で刺すのと同時に私の光魔法は解けた。

「はぁ、よかった…… 倒せたわね」

 安堵からか力が抜けた私はその場に座り込む。魔物を倒したシエナも私と同様、魔物を倒せたことにほっとしたのか倒した魔物近くに座り込んでいた。
 そんなシエナは私の方を見てニコッと笑いかけてくる。私もそんなシエナを見て自然と笑みが溢れた。

 その後、私は負傷した騎士達を光魔法の一つ。回復魔法で騎士達を治してから、帝都の城へと戻る為、魔物がいた森林を後にしたのであった。
 帝都の王城へと帰って来た私達は皇帝《グアン》に魔物を倒したことを報告した。

「倒してくれて感謝する。騎士達からも聞いたが、ほぼ二人で倒したそうだな」
「はい。騎士の方達は魔物の攻撃で負傷してしまい。私と隣にいる者で倒しました」
「そうかそうか。ん? そなた、何処かで会ったことある気がするな……」

 皇帝《グアン》は私の隣に立っているシエナを見てから、何かを思い出そうと眉間に眉を寄せる。

「グアン皇帝陛下、私はエルドアナ国の第一王女シエナ・アメリアと申します。名乗るのが遅れてしまい申し訳ありません。陛下とこうしてお会いするのは、私がまだ幼き頃、ディアーヌ帝国の王城で行われた舞踏会以来ですね」

 シエナと皇帝《グアン》はどうやら顔見知りらしい。
 シエナからの言葉を受けたグアンは驚いた顔をシエナに向けていた。

「シエナ王女殿下!? これは驚いた。しかし、何故、シエナ王女殿下が聖女様と一緒にいるんだ?」
「エルドアナ国でクーデターが起こったんです。私は側近のお陰で何とか国外へ逃亡して、逃亡途中で聖女であるカトレアさんに出会って今に至ります」

 シエナは目の前にいるグアンを真っ直ぐ見つめて、自分が置かれた状況を淡々と説明した。
 
「そうだったのか……」
「はい、王族は皆、殺されてしまいました。自国に帰っても私は殺されてしまう可能性があるので、カトレアさんと外の世界を巡って旅をしているのです」

 シエナはそう述べてから優しい笑みを浮かべる。グアンはそんなシエナを見て『そうか。聖女と旅とは楽しそうだな』と静かに返答した。
 その後、私は皇帝《グアン》から報酬を受け取り、シエナと共にグアンがいる玉座の間を後にしたのであった。

⭐︎°⭐︎°⭐︎°

 その日の夜、私はシエナと共に客室にあるベランダに出てディアーヌ帝国の夜の空を見ながら他愛のない会話をしていた。

「綺麗な夜空ね」
「そうですね。あの、カトレアさん、ごめんなさい。私、本当は自分の身は自分で守れるくらい強いんです。それなのに護衛をしてほしいって頼んでしまって」
「シエナ、貴方があんなに強いことにはびっくりしたけれど。そのことは気にしてないわ。だからいいのよ」

 シエナは私の言葉に『ありがとうございます』と言い穏やかな笑みを溢す。
 私もそんなシエナを見て微笑み返し、再びディアーヌ帝国の夜空を見上げた。

「強くても、一人だと孤独で。一緒にいてくれる人が欲しかったんです」
「そうだったのね。私も心のどこかではそう思っていたのかもしれないわ……」

 私がそう言えば隣にいるシエナから『一緒ですね!』と返ってきた。
 夜の穏やかな風を感じながら私はこれからもシエナと一緒にいれますように。と心の中で願ったのであった。

⭐︎°⭐︎°⭐︎°

 次の日の朝。私達は皇帝《グアン》と第一皇子のロディス。共に魔物を倒しに行った王立騎士の方達から見送りを受けた。

「改めて魔物を倒して頂き感謝する。また帝都に訪れた際は顔を出しに来てくれ」

 グアンは私とシエナにそう言い優しく笑った。私達はグアンの言葉に頷き返し、軽く会釈をしてから王城に背を向け歩き出した。
 王城を出た私とシエナは帝都へと続く道を歩きながら他愛のない会話をし始める。

「いい天気ですね! カトレアさん」
「そうね〜」

 歩きながら空を見上げれば、雲一つない澄んだ空の色が私の瞳に映る。
 穏やかな風が吹く度に自身の髪がサラサラと揺れる音が私の耳に心地良く届いていた。
 お姉様がいなくなってから2ヶ月半が経ち、行方知れずになる前にお姉様がこなしていた仕事は全て私に回ってきた為、休む暇も時間もない日々を過ごしていた。

 私のお姉様《カトレア・リーゼ》はこのアディラーゼ王国の最強の聖女と呼ばれている。
 私はそんなお姉様《カトレア・リーゼ》の妹であり、このアディラーゼ王国の聖女でもある。

「お姉様がいなくなってからもう2ヶ月半も経つのね……」

 お姉様が行方知れずになったあの舞踏会が行われた日。お姉様は婚約者であったデュース・ヴィリス様に婚約破棄をされた。
 デュース様がお姉様に婚約破棄をしたのは私と結ばれる為。
 そう、私がお姉様の婚約者であるデュース様を奪ったのだ。
 
 私は舞踏会の日の事を思い出しながらアディラーゼ王国の王都を歩いていた。
 王都の大きな通りを歩きながら晴れた空を見上げれば青白く澄んだ空の色が私の瞳に映る。

「お姉様は今どうしているかしら……」

⭐︎°⭐︎°⭐︎°

 翌日。私はアディラーゼ王国の第一王子であり、年内には私と婚約する予定のデュース・ヴィリス様に呼び出されて王城へと訪れた。

「久しぶりですね、アリス。元気にしていましたか?」
「勿論、元気にしていましたよ!」
「それならよかったです」

 私とデュース様は王城の中庭を歩きながら、互いの近況を話したり、私の仕事の話しをしたりして会えなかった分の会話をした。

「カトレアが居なくなってからもう2ヶ月半が経つんですね」
「はい…… お姉様がいなくなったのは私がデュース様を取ってしまったからだと思うんです」

お姉様は婚約者であるデュース様のことをきっと愛していた。と思う。
 だってデュース様を見るお姉様は恋する乙女の顔をしていたんだもの。

「アリス、あまり自分を責めてはいけませんよ。私はこれから先、一緒に側にいるのはアリス、貴方が良いと思ったから。愛しているからカトレアと婚約を破棄し、貴方を選んだのです」

 デュース様の真っ直ぐなエメラルドグリーンの瞳が私を見つめてくる。
 私はそんなデュース様を見つめ返して『そう思ってくれて嬉しいです。私もデュース様のことを愛しています』と伝えた。

「カトレアの行方は王立騎士の方達に今、探させていますから。カトレアの行方がわかったら教えますね」
「はい! デュース様、ありがとうございます」

 私はデュース様を見て柔らかい笑みを溢せば、デュース様は優しく笑い私の頭を撫でてくる。
 私はそんなデュース様の行動に心が温かくなるのを感じた。
 お姉様と幸せになる相手だったデュース様。しかし、彼は私を選んだ。お姉様ではなく私を。お姉様には悪いと思っているけれど、私はこれからもデュース様の隣をお姉様や、他の誰にも譲りはしないだろう。
 その日の夜の夕食の時間に私はデュース様から伝えられた王立騎士団の方達がお姉様の行方を探してくれていることを両親に伝えた。

「そうか、王立騎士団の方達がカトレアの行方を探してくれているのだな」
「本当にあの娘ってば周りにこんなに迷惑かけて」

 お父様とお母様はいつもと変わらない声色でそう言った後、再びリビングの部屋に沈黙が訪れる。
 お姉様がいなくなってからお父様とお母様は以前程、会話をしなくなった。
 何が原因で会話が減ったのかは私にはわからないが、もしかしたらお姉様のことが関係しているのかもしれない。

⭐︎°⭐︎°⭐︎°

 夕食を食べ終えた私は自室へと戻り、自分の部屋にある机の前まで歩み寄ってから机の引き出しをそっと開ける。
 机の引き出しを開けた私はお姉様が置いていった私宛の手紙を手に取り、中に入ってある手紙を取り出す。

 お姉様からの手紙には私の幸せを心から願っていることと、聖女の勤めを全部貴方に任せる。ということが書かれていた。
 私はお姉様がいなくなったあの日の夜、お姉様からの手紙を読んで私がお姉様を深く傷つけてしまったことを改めて再認識し、取り返しのつかないことをしてしまったのだとそう思ったのである。
 
「お姉様…… 私はとても最低な人間ね」

 部屋の窓から見える夜の空を見上げれば、星々が煌々と瞬いていた。

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