「俺と、付き合ってくださいっ!」
突然、太陽の声が店内に響き渡った。慌てて口を塞ぐと、泣きそうな目で俺を見る。
なんだよ、その目は……。今のは明らかにお前が悪いだろ。
今日は以前のような小洒落たパスタ店ではなく、サラリーマンや男子学生で混み合うラーメン屋に来ていた。先ほどの太陽のどでかい一言に、店中のラーメンを啜る音が一瞬ピタリと止まり、俺たちの座るカウンター席に視線が集中して肝が冷えた。
「お前な……時と場所を考えろ」
小声で嗜めると、太陽は口を尖らせながら唸る。膨れた頬は赤く染まり、子供っぽく不貞腐れている。思った事をすぐに伝えようとする真っ直ぐな性格は嫌いではないが、少々厄介だ。今みたいな唐突な告白はしょっちゅうで、先週は授業終わりに廊下でやられたばかり。同性同士のカップルが珍しくなくなってきたとは言え、人前で、しかも学内でやられる身にもなってほしい。ただでさえ、新入生勧の学内イベントで目立つような事をしたのだ、俺にだって羞恥心があるって事を良い加減わかって欲しい。
そう何度言っても聞く耳を持たない太陽に呆れて溜息を吐く。見ているだで何か文句を言ってしまいそうで、太陽から視線を逸らすと、カウンター席の向かいから店員と目が合って眉を寄せられ、思わず肩をすくめた。
「雪弥さん、俺のこと全然何とも思ってませんよね?ちゃんと見てくれたことないじゃないですかぁ……」
「見てる見てる。不貞腐れてる顔、ちゃんと見えてる」
「そういうことじゃないのに……っ!じゃあ、またましろちゃんに会わせてください!」
「じゃあって何だよ。あれはもうやらないって決めたの」
俺はぴしゃりと言い切った。
「可愛い雪弥さんに会いたい……」
「はいはい、そうですか」
俺の適当な返事を聞いた太陽は、そばに置かれたコップの水を一気に飲み干す。まるでヤケ酒のようにしか見えないのが面白い。
俺と付き合いたいという太陽の気持ちはきっと本物だろう。ここ最近はほぼ毎日のように連絡を寄越し、大学内で見かければ付いて回られる。青木先輩には子分だの、ストーカー君だの言われているが、本人は全く気にしていない。というか、それに対しても「いや、俺は雪弥さんの彼氏です」と言い返す始末。まだ俺は付き合うとは一言も言っていないのに、だ。おかげでイベント部では年下の彼氏を捕まえたと揶揄われることが増え、鬱陶しさに呼び出しがない日は顔をあまり出さなくなった。
「この間、良い感じになったじゃないですか」
「寝言は寝て言え。いつだよ、お前の妄想の中だけだろ」
「なぁんで忘れちゃうんですか。中庭で抱き合ったのに」
大人気もなく足をバタバタと揺らして悔しがる。少しだけ可愛いと思うが、本人に言うと付け上がるのが目に見えているため何も言わない。というか、抱き合ったとか変な事を頼むからこれ以上外で言わないで欲しい。
そうこうしている間に、先程頼んだ味噌ラーメンが二つ俺たちの前に運ばれた。
「そうだ、今日俺バイトだから。これ食べたら解散な」
割り箸を太陽に手渡しながら言った。
「えっ、俺の話、まだ途中ですよ?今日こそはっきりさせたいって言ったじゃないですか」
「聞いてるって。ほら、ラーメン伸びるぞ」
不貞腐れる太陽に早く食べろと促すと、しぶしぶと黙って割り箸を割って麺を啜り始めた。
正直言って、太陽の気持ちは嬉しい。騙して弄んだのも事実なのに、全てを引っくるめて俺を好きだと言ってくれた。今もこうやって真っ正面からぶつかってくれている。それは以前の太陽からは想像もつかないことだし、勇気のいる行動だというのも重々分かっていた。だからこそ引っかかってしまうのが、太陽の中の「ましろちゃん」だった。
太陽が一目惚れして、一番最初に付き合ってくれと言ったのは俺だけど、俺ではなかった。俺が女装した姿の「ましろちゃん」にだった。それはきっと今も同じだろう。以前、こいつの部屋に遊びに行った時も何もなかったし、むしろいつも以上に静かだった。意中の人を招いているという意識が募り、緊張のあまり何もしてこなかったのかもしれないが、それにしてもいつも以上に度胸がない。人前で好きだ、付き合って欲しいという勇気はあるくせに、部屋に連れ込んだ途端これだ。太陽のことだから、俺の気持ちをはっきりさせないまま、部屋で事を起こすのが不安なのもあるだろう。
でももしかしたら、太陽の理想は『ましろちゃん』で、俺はその代わりに過ぎないのかもしれない。そう思えば思うほど、俺は自分の気持ちを打ち明けて良いのか分からなくなった。男の自分に対して告白してくるのだから、自信を持てば良いものの、さっきのように「ましろちゃんに会わせて欲しい」と言われてしまうと、途端に自信は消えていく。これに関しては、女装して太陽を騙した自分が全部悪い。
だからと言ってこのモヤモヤとした感情を仕舞い込み、太陽と付き合い始めても何も楽しくはない。寧ろ、自分の気持ちを押し殺して付き合うなんて太陽をさらに傷つけることになりかねない。そう考え始めてから、ずっと踏ん切りがつかなくなった。
だが、いつまでもはっきりしない受け答えをしているだけじゃ、太陽も納得はいかないだろう。
「雪弥さん、食べないの?」
割り箸を片手に、考え事をしていた俺を太陽が突っついた。
「食べるよ。ちょっとボーッとしてた」
適当に返事をして、ラーメンに箸をつける。太陽にその様子をじっと見られていて、口を開けるのに躊躇した。
「食べ辛い」
「え、雪弥さん猫舌だっけ?」
「そうじゃなくて、見過ぎだっつってんの」
そうハッキリ言っても太陽の視線は俺から離れることはなかった。結局、いつもよりゆっくり箸を運ぶ形になり、太陽の視線を浴びながらラーメンをたいらげた。
突然、太陽の声が店内に響き渡った。慌てて口を塞ぐと、泣きそうな目で俺を見る。
なんだよ、その目は……。今のは明らかにお前が悪いだろ。
今日は以前のような小洒落たパスタ店ではなく、サラリーマンや男子学生で混み合うラーメン屋に来ていた。先ほどの太陽のどでかい一言に、店中のラーメンを啜る音が一瞬ピタリと止まり、俺たちの座るカウンター席に視線が集中して肝が冷えた。
「お前な……時と場所を考えろ」
小声で嗜めると、太陽は口を尖らせながら唸る。膨れた頬は赤く染まり、子供っぽく不貞腐れている。思った事をすぐに伝えようとする真っ直ぐな性格は嫌いではないが、少々厄介だ。今みたいな唐突な告白はしょっちゅうで、先週は授業終わりに廊下でやられたばかり。同性同士のカップルが珍しくなくなってきたとは言え、人前で、しかも学内でやられる身にもなってほしい。ただでさえ、新入生勧の学内イベントで目立つような事をしたのだ、俺にだって羞恥心があるって事を良い加減わかって欲しい。
そう何度言っても聞く耳を持たない太陽に呆れて溜息を吐く。見ているだで何か文句を言ってしまいそうで、太陽から視線を逸らすと、カウンター席の向かいから店員と目が合って眉を寄せられ、思わず肩をすくめた。
「雪弥さん、俺のこと全然何とも思ってませんよね?ちゃんと見てくれたことないじゃないですかぁ……」
「見てる見てる。不貞腐れてる顔、ちゃんと見えてる」
「そういうことじゃないのに……っ!じゃあ、またましろちゃんに会わせてください!」
「じゃあって何だよ。あれはもうやらないって決めたの」
俺はぴしゃりと言い切った。
「可愛い雪弥さんに会いたい……」
「はいはい、そうですか」
俺の適当な返事を聞いた太陽は、そばに置かれたコップの水を一気に飲み干す。まるでヤケ酒のようにしか見えないのが面白い。
俺と付き合いたいという太陽の気持ちはきっと本物だろう。ここ最近はほぼ毎日のように連絡を寄越し、大学内で見かければ付いて回られる。青木先輩には子分だの、ストーカー君だの言われているが、本人は全く気にしていない。というか、それに対しても「いや、俺は雪弥さんの彼氏です」と言い返す始末。まだ俺は付き合うとは一言も言っていないのに、だ。おかげでイベント部では年下の彼氏を捕まえたと揶揄われることが増え、鬱陶しさに呼び出しがない日は顔をあまり出さなくなった。
「この間、良い感じになったじゃないですか」
「寝言は寝て言え。いつだよ、お前の妄想の中だけだろ」
「なぁんで忘れちゃうんですか。中庭で抱き合ったのに」
大人気もなく足をバタバタと揺らして悔しがる。少しだけ可愛いと思うが、本人に言うと付け上がるのが目に見えているため何も言わない。というか、抱き合ったとか変な事を頼むからこれ以上外で言わないで欲しい。
そうこうしている間に、先程頼んだ味噌ラーメンが二つ俺たちの前に運ばれた。
「そうだ、今日俺バイトだから。これ食べたら解散な」
割り箸を太陽に手渡しながら言った。
「えっ、俺の話、まだ途中ですよ?今日こそはっきりさせたいって言ったじゃないですか」
「聞いてるって。ほら、ラーメン伸びるぞ」
不貞腐れる太陽に早く食べろと促すと、しぶしぶと黙って割り箸を割って麺を啜り始めた。
正直言って、太陽の気持ちは嬉しい。騙して弄んだのも事実なのに、全てを引っくるめて俺を好きだと言ってくれた。今もこうやって真っ正面からぶつかってくれている。それは以前の太陽からは想像もつかないことだし、勇気のいる行動だというのも重々分かっていた。だからこそ引っかかってしまうのが、太陽の中の「ましろちゃん」だった。
太陽が一目惚れして、一番最初に付き合ってくれと言ったのは俺だけど、俺ではなかった。俺が女装した姿の「ましろちゃん」にだった。それはきっと今も同じだろう。以前、こいつの部屋に遊びに行った時も何もなかったし、むしろいつも以上に静かだった。意中の人を招いているという意識が募り、緊張のあまり何もしてこなかったのかもしれないが、それにしてもいつも以上に度胸がない。人前で好きだ、付き合って欲しいという勇気はあるくせに、部屋に連れ込んだ途端これだ。太陽のことだから、俺の気持ちをはっきりさせないまま、部屋で事を起こすのが不安なのもあるだろう。
でももしかしたら、太陽の理想は『ましろちゃん』で、俺はその代わりに過ぎないのかもしれない。そう思えば思うほど、俺は自分の気持ちを打ち明けて良いのか分からなくなった。男の自分に対して告白してくるのだから、自信を持てば良いものの、さっきのように「ましろちゃんに会わせて欲しい」と言われてしまうと、途端に自信は消えていく。これに関しては、女装して太陽を騙した自分が全部悪い。
だからと言ってこのモヤモヤとした感情を仕舞い込み、太陽と付き合い始めても何も楽しくはない。寧ろ、自分の気持ちを押し殺して付き合うなんて太陽をさらに傷つけることになりかねない。そう考え始めてから、ずっと踏ん切りがつかなくなった。
だが、いつまでもはっきりしない受け答えをしているだけじゃ、太陽も納得はいかないだろう。
「雪弥さん、食べないの?」
割り箸を片手に、考え事をしていた俺を太陽が突っついた。
「食べるよ。ちょっとボーッとしてた」
適当に返事をして、ラーメンに箸をつける。太陽にその様子をじっと見られていて、口を開けるのに躊躇した。
「食べ辛い」
「え、雪弥さん猫舌だっけ?」
「そうじゃなくて、見過ぎだっつってんの」
そうハッキリ言っても太陽の視線は俺から離れることはなかった。結局、いつもよりゆっくり箸を運ぶ形になり、太陽の視線を浴びながらラーメンをたいらげた。



