アンドロイド・フレンド。
それは国が策定した計画。いや、そうなのだとネット上でまことしやかに流布された話だ。
「なあマナミン……ここまで精巧なアンドロイド、まだ無理だって」
「うっふふーん。精巧に出来てると認めてもらえますか、あたし」
「じゃなくてさあ……」
終業式のあと、俺はそのまま愛海に連れ出された。
向かったのは町でいちばん大きいショッピングモールだ。フードコートのすみっこのベンチに並んで腰かけ、愛海はソフトクリームを舐めている。
目の前を小さな子どもがトテトテ歩き、ベビーカーが通りすぎていった。それをながめる愛海の目が、すう、と細くなる。
「赤ちゃん、かわいいよね……」
「はあ。まあそりゃ、かわいいけど」
――だから何。なんなんだよ。
俺、瀬戸航平と、相田愛海。
二人は特に親密な関係ではない。そのはずだ。
接点といえば、六月まで体育祭実行委員をやってたことぐらいかな。今年度いちばん最初の大イベントだった。
一緒に委員をやり始めてから、俺たちは「マナミン」「航平」と呼び合っている。
名前呼びは、もしかしたら親密に聞こえるかもしれない。でも俺はなんというか、ただの戦友気分だった。
それだけなのに、どうしてこんな話をされてるんだろう、俺。
「おまえアンドロイドにしては動きも表情も細かいし、なめらかすぎる。体育祭で踊ってたのも違和感なかったし」
「お、ちゃんと見てくれてたんだね、あたしのこと」
「そーゆー話じゃねえ」
個人的に興味があったみたいな言い方はやめてくれ。ダンスは……なんか目がいっただけだよ。
そりゃ愛海は元気でかわいくてサッパリしてて、いいやつだと思う。
でも友だち……だよな? たぶん。
ズズッ。
俺はレモネードをストローですすった。残りわずかになり、気が抜けてぬるかった。
横目で見る愛海の皮膚はとても人工物には見えない。健康的に日焼けしていて、でも柔らかそうだ。
あらためて観察したらまつ毛は意外に長かった。まばたきする目もすごく自然。
「何。かわいくて見とれた?」
「いや……」
ふふん、と意味深にあおられて慌てた。
いやまあ、愛海はかわいいと思ってるよ。わりと好みのタイプ。品定めみたいな言い方はカンジ悪いだろうけど、それぐらい許してほしい。こちとら男子なんだから。
照れ隠しに俺はぶすっとしてしまった。
「そういうんじゃなくて、なんつーかこう自然だなぁって……人形の不気味の谷って越えられないもんじゃないか?」
「ちっちっち。もうそんなことないんだよ」
「俺だってプログラミングコースだぞ。世界のロボット技術の進歩ぐらいチェックしてるわ!」
うちの高校は、文科省認定のスーパーサイエンススクール(SSS)だ。
俺はそこでプログラミングコースに在籍している。
「軍事機密レベルのことは表に出せないでしょ」
平然と言い返されて、俺は言葉に詰まった。そのとおりだよ。
愛海はにっこり笑ってソフトクリームコーンをパリパリ食べた。
垂れそうなクリームをペロリとする舌。おいしそうに飲みこむのど。これが作り物だなんて、そんなわけないだろう。
だけど愛海は挑戦的に俺を見る。
「人間に擬態できるアンドロイドが実用化されてるなんて、とても一般市民にはバラせないよね?」
「……」
科学分野の先進高校が認定、支援されるSSS。
なので見返りとして政府のアンドロイド・フレンド・プロジェクトに参加させられている。そう学内外でささやかれていた。すごくもっともらしい。
でもSSS参加校といっても、基本は高校の普通課程と同じだ。
プラスしてやや高度な授業が選択でき、実験設備はととのっている。それに世界の学界で勝負するための英語教育が充実していたりする。
だけどなあ……ウチの学校、実は堅実な市立高校なのだ。あまり秘密組織の一員ぽくはない。
「そう思うのがシロートの甘さよね。公立だからこそ、国からのどーたらには従うしかないんだってば」
「う……」
もっともなことを言われ、俺は黙った。
愛海はソフトクリームを食べ終えて立ち上がる。見上げた俺をひっぱった手はあたたかく、普通に血がかよっているとしか思えなかった。
屋上テラスに出る愛海に、俺はついていった。
真夏の日ざしが肌に痛い。暑いテラスに人はまばらだった。柵の向こうに山並が望め、その途切れる端っこには海がちらりとしていた。
愛海はどうして俺を呼び出したんだろう。
俺だけに「アンドロイドだ」と告げた理由は? 俺、何かやらかしたっけ。
「……航平、教えて。アンドロイドって生きてるのかな」
海のほうを見遥かし、愛海はつぶやいた。その声の響きが切実で俺はハッとする。
「生きてる、かどうか……?」
かすかに、ほんのかすかに愛海はうなずいた。
「作り物のアンドロイドに、生命はある? あたしに心はあるの? プログラミング専攻としての見解を聞かせてよ」
俺を見ずに、愛海はくり返す。
その横顔から俺は目がはなせなかった。動く唇が、ソフトクリームで冷えたのか赤かった。
「そんなの……おまえだってプログラミングコースだろ」
「本人の意見じゃなく、客観的に。あたし航平のプログラム、きれいで好きなんだ」
それが俺を選んだ理由か。
委員会に出た帰り、愛海にグチられたことがあった。授業で出た課題をうまく動かせないって。
俺はその時、参考にと自分のファイルを開いて見せた。のぞきこんだ愛海がそれをほめてくれて――あれ?
「っておまえ! アンドロイドなら学校の課題ぐらい簡単にできんだろ!? やっぱ人間じゃねえか嘘つくなよ!」
「ちーがーうー! 成績が平凡なのはブラフなの。なんでもできちゃったら怪しまれるじゃない! 万能のクラスメイトなんて生徒へのスパイとして役に立たないでしょ!」
ぎゃーぎゃー。
にらみあった俺たちは、互いを推しはかって黙った。
すごく信用ならない。
――でも、いいか。そう俺は思った。
愛海が自分はアンドロイドだなんて言い出した理由。それはわからないけど、きっと何かあったんだろう。だってこいつは馬鹿じゃない。
……本当にアンドロイドな可能性も、まだ0.01%ぐらいは残ってるけどさ。
「アンドロイドはアンドロイドだよ。作られたものでしかないし、人間とは違う」
俺がため息とともに答えると、愛海は目を伏せた。
「……そう」
「だけど」
俺は続ける。
「アンドロイドに心がないなんて、俺には言えない――ほら、自我の芽ばえとかプログラムが暴走するとか系の映画、よくあるもんな」
「映画かーい」
軽い調子で愛海はツッコんだ。
でも笑顔に力がない。ポスンと俺の胸を叩く手の甲がわざとらしかった。
これは望む答えじゃなかったのか。
どうしたんだよ、愛海。
「……なあ。消されるっていうの、何?」
「ん……」
「バグが修正できないって言ったよな?」
小さくうなずかれる。
「どんなバグ」
「……それは言えない。でも機能停止して初期化しないとダメなやつ。だからもう、あたしはいなくなる」
そう言った愛海の頬はこわばっていた。
こいつのこんな顔、見たことない。
てことは、本当に非常事態ではあるんだ。アンドロイドうんぬんが嘘だとしても。
「……マナミン、それでいいのか」
俺は訊いた。
いつもの愛海なら、こいつなら。
そんな運命を受け入れたりしないんじゃないか。
そう思った。
「……だって、従うしかないんだもん」
「でも消されるんだろ? 逃げるとかは?」
俺の疑問に愛海はグッと唇をかんだ。
「逃げる――」
そうだよ。
愛海のくせに消極的な態度はやめろ。おまえにそんなの似合わない。
俺は愛海を戦友みたいに感じてた。それは仕事にしっかり向かっていくおまえのこと、すごいと思ったからだ。
面倒くさそうにするやつらの尻を蹴飛ばして。係を割り振って。でもいつだって笑ってて。
今も、愛海なら戦えるんじゃないかって俺は思ってる。
そう思いたいんだ。思わせてくれよ。
愛海はまじめな目になり顔を上げた。
「――逃げられるかどうか、わかんないけど。行きたいとこならある」
「行きたいところ?」
「うん」
愛海は遠くを指さした。
その視線の先は、海――。
「航平、いっしょに行ってくれる?」
その声はほんの少しふるえていた。
俺はそれに気づかないふりをし、うなずいた。



