夏が終わって、ほんの少し肌寒くなってきた頃、私は君と出会った。


「転校生の小野寺啓哉(おのでらけいや)です!好きなことは、食べることと寝ることです!残り半年くらいしかないけど、よろしくお願いします!」


ふわっとした黒髪に人懐っこそうな笑顔が眩しい転校生は、犬のような愛らしさがあり太陽のような人でもあると感じた。

今まで誰かを好きになったことはないけど、そんな私でもはっきりとわかった。

これが、一目惚れというやつなのだと。


「席は、端っこのあそこ、桂木莉奈(かつらぎりな)の隣な」

「はーい!」


突然担任から名前を呼ばれ、思わずびくりと反応してしまう。

小野寺くんはキラキラとした瞳のまま私の隣までやってくると、にかっと笑いかけてきた。


「お隣、よろしくな!」


そんな小野寺くんに私は頷くことで精一杯だった。



「ねえねえ、小野寺くんってなんで転校してきたの?」

「んー親の都合みたいな」
「親の都合?もしかして離婚とか?」

「違う違う!父さんも母さんもラブラブの熱々だよー」


早速クラスメイトから囲まれている小野寺くんの茶化しに、みんながどっと笑っていた。

その輪の中に入る勇気もなく、私は空気と化しながらこっそり会話を盗み聞く。


「じゃあなんだ?転勤とか?」

「まあそんな感じかな。てか、超ど田舎から来たから、東京すごすぎてびびったわー。コンビニとか等間隔にあるんだな!」

「あはは、そこからー?」


さりげなく話題を変えている小野寺くんに、もしかして転校してきた理由はあまり聞かれたくないのではないかと勝手に推測する。

私だったらプライベートをズカズカと聞ける勇気なんてないし、ましてや答えたくないことを聞かれた時にあんなにうまく切り返すことはできない。

うまく人付き合いができる人たちが、小野寺くんとも話せるんだろうな…。


「ねえ、桂木さんだっけ?桂木さんも放課後カラオケ行かないー?」

「…へ?」


考え事をしていたため、突然小野寺くんに話を振られ間抜けな返事をしてしまう。


「今日の放課後にみんなが俺の歓迎会してくれるんだって。お隣になったことも何かの縁だし、桂木さんも来ない?」
「わ、私…は…」

「えー桂木さん…?」

「桂木さんが来るわけないのにねー…」


ヒソヒソと話しながら私を見てくるクラスメイトたちの視線に耐えられなくり、勢いよく立ち上がる。


「わ、私は、い、行かないので…っ!」


言い逃げだけして教室を飛び出す。


周りの目も気にせずに人気のない渡り廊下まで走って、その場に座り込む。

また、やってしまった…。


「はあああ…っ」


深いため息をつきながら自己嫌悪に陥る。


どうして私ってばいつもこうなんだろう。

誰かと話そうとしても、うまく言葉が出てこなくて顔すら見れなくて逃げてしまう。

小さい頃からずっとそうだ。

私はうまく人と話すことができない。
きっとこの先も、友達やましてや恋人なんかもできずに生きていくのだろう…。

こんな自分が大嫌いだ。



「本当は、行きたかったのにな…」


中庭の花壇に水をあげながら、誰もいないのをいいことに独り言をぽつりと漏らす。


委員会の仕事をサボる人が多く、誰も水をあげない花壇に私だけは律儀に毎日水をあげていた。

そしてこうやって一人で伝えられなかった想いを吐き出すのが日課となっている。


「小野寺くんっていう転校生が今日来たんだけどね、すごいの。あっという間にクラスの人たちと仲良くなって、人に囲まれてて。本当は私も“よろしくね”って笑顔で返したかったのにできなかった…。住む世界が違うって言うのかな。心の中なら簡単にできるのに、現実だとどうしても緊張しちゃってうまく話すことなんて無理。クラスの人たちとだってもっと話してみたいし、歓迎会誘ってもらったの嬉しかったのにな…」


お礼も伝えられなかったなとふと思い返す。

花が相手だったらこんなにもスラスラと自分の気持ちを吐き出すことができるのに、人間を目の前にすると首を締め付けられているかのように思ったように言葉が出てこない。

これを言ったら相手からどう思われるんだろうと過剰に気にしてしまう。


「じゃあ行こうよ、歓迎会」

「ひゃあ!?」
突然後ろから話しかけられて驚き、思わず持っていたじょうろを落としてしまう。


「本当はそう思ってたんだな。知れてよかったよ。危うく桂木さんの本当の気持ち見落とすところだった」

「あ…お、小野寺く…。な、なんで、歓迎会行ってたんじゃ…」

「転校の手続きみたいなのあって元から遅れていくつもりだったんだよ。靴箱がどっちかわからなくなって迷ってたら、中庭にいる桂木さん見つけたから思わず来ちゃった」

「い、いつから聞いて…?」

「んー“小野寺くんっていう転校生が今日来たんだけどね”のところから?」


そんなのほぼ全部じゃん!

恥ずかしくて顔が熱くなっていく。


「誰にだって苦手なこと一つや二つあるから、無理にとは言わないけどさ。もしさっきのが桂木さんの本音なら、俺と一緒に行かない?うまく話せないとかは気にしないで、桂木さんはどうしたい?」

「わ、私、は…」


きっと私が行ったって、みんなに迷惑をかけてしまうかも。

せっかくの小野寺くんの歓迎会なのに、私のせいで台無しにしてしまうかも。


だけど…。


「…行きたい。私も、一緒に行きたい…」
そう言うことがわかっていたかのように、小野寺くんはにっと眩しく笑った。



「や、やっぱり、私…」


カラオケ店が近づくに連れて、やっぱり行くのをやめようかなという気持ちが強くなってくる。

もちろん行きたい気持ちだってあるけど、それよりも不安が膨らんできて心臓がさっきからとてつもなく速く脈打っている。

手汗だってじわりとかいてきて気持ち悪い。


「緊張してうまく話せないなら、相手を人間だと思わなければいいんだよ」

「に、人間だと思わなければいい…?」

「たとえば、相手が花だと思えばいい。さっきだって中庭の花が相手だったらスラスラ喋れてたただろ?試しに今目の前にいる俺をなんかの花に置き換えてみてよ」


小野寺くんを花に…。

じっと小野寺くんを見つめながら、なんの花が似合うんだろうと思い浮かべる。

明るくて眩しくて、真っ直ぐな人で。そんな小野寺くんはまるで、ひまわりのようだ。


「…本当だ。小野寺くんをひまわりだと思ってみたら、さっきまで感じてた緊張がちょっと解れたかも」 

「ふっ、ひまわり?俺ってひまわりっぽいんだ」

「あ、ご、ごめん…!失礼だよね…」