大正妖精綺譚

「──それで、どうしよっか?」

 ノアがいつもの調子で首をかしげた。
 裂け目があった場所には、もうなにも残っていない。
 不気味な雷雲だけが渦を巻き、帝都の空を覆っている。

「とりあえず、いつもみたいにサイコロ振ってみる?」

 そのとき、小姫の抱えていた魔導書(グリモワール)がじんわりと熱を帯びた。
 そして、桜色の光を放つと同時に、ぱらぱらと勝手に(ページ)がめくられる。やがて、ある箇所でぴたりと止まった。

「……えっ?」

 見れば、いままで小姫が保護してきた妖精たちが、ひとつの頁に集まっていた。
 色鮮やかな姿が並び、紙面を賑やかに彩っている。

 火蜥蜴(サラマンダー)が尾を揺らし、水を飛び越えるもの(ウォーター・リーパー)がぴょんぴょん跳ねる。
 水棲馬(ケルピー)は暴れる赤帽子(レッドキャップ)を前脚で押さえ込みながら、ぶるるっと嘶いた。
 小人(ブラウニー)がもったいなさそうな顔で金平糖を砕きながら、ぱらぱらと頁へと撒いていく。
 転がった金平糖の欠片は、ひとりでに並び替わり、円環模様を描き出した。
 そこへ、鼬姿の妖精(プーカ)が現れ、円環の周りをぐるりと回った。

白玉(しらたま)!」

 小姫の声に反応し、妖精たちがなにごとかを話しはじめる。
 鈴みたいな声や、外国語のような声。それに混じって爬虫類の鳴き声のような音まで聞こえてくる。
 人には聞き取れない、不思議な響き。

「タビ、通訳してくれる?」
「えっとね、『道は作った。早く行け』だって」

 頁中央の円環模様が、きらりと光った。
 金平糖でできた、とてもやさしい魔法陣。

「道って、もしかして……」
「うん! みんなが力を貸してくれるって」

 小姫は目を見開いた。
 妖精たちは、みんながおとなしく保護されてくれたわけではない。
 自由が欲しくて逃げ回った子、人間を警戒して牙を剥いた子。
 それでも、小姫のために力を貸そうとしてくれている。
 あたたかなものが、胸いっぱいに広がった。

「ありがとう……!」

 妖精たちが、一斉に歌いはじめる。
 幾重にも重なった旋律が、耳の奥で渦を巻いた。
 魔導書から虹色の光が溢れ、魔法陣がひときわ大きな輝きを放つ。

 次の瞬間。
 視界いっぱいに、桜色の光が弾けた。

「きゃ──」

 ふわりと身体が浮き上がったかと思うと、小姫たちはそのまま魔導書の中へと呑み込まれた。