大正妖精綺譚

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 日比谷公園に着く頃には、陽射しもいくらか傾きはじめていた。
 煉瓦造りの洋館を背に広がる園内には、夕涼みを楽しむ人々の姿がちらほら見える。木々の葉を揺らして吹き抜ける風は、街中より幾分涼しい。

 武が人力俥を停めると、朔耶が座席から軽やかに飛び降りた。
 真似しようとした小姫を、すぐに武が押し留める。朔耶が笑いながら手を差し伸べてくれた。
 後ろでは、流しの俥から降りた晋一朗が代金を払い、ノアがきょろきょろと辺りを見回している。

「人が多いねぇ。妖精も紛れやすそうだ」
「そういえば、晋一朗さん」

 園内を散策するふうを装いながら、妖精を探して歩きはじめる。

瑠生(るい)が従者になりました」
「瑠生さんが?」

 晋一朗がわずかに眉を動かした。

「先日のパーティーの日に、全て事情を明かしたの。そうしたら、自分で賽子を押し当てて……」
「あの過保護さだ。きみを止められないなら、自分も従者になったほうが都合がいいと考えたんだろう」

 なぜか少し面白くなさそうな声で、晋一朗が言った。
 そこへ、ノアがわくわくした様子で割り込んでくる。

「それで、能力は?」
「瑠生は『絵に描いたものが具現化する』力でした」
「スゴイ! それは便利だね!」
「実はそうでもなくて……」

 五本足のタビもどきを思い出し、小姫は遠い目になる。
 瑠生は暇を見つけては絵の練習をしているけれど、一向に上達する気配がない。
 得意げに「小姫を描いてみたよ!」と見せられた絵は、髪の長い河童のような不細工な生き物だった。しかも「最高傑作だと思う」などと言うものだから、思わず声を荒げて怒ってしまった。
 以来、櫻宮家には、日に日に奇妙な絵が増え続けている。

「ネコにコバンかぁ」

 ノアが苦笑をこぼしたとき、こつ、と足元になにかが落ちた。
 続けざまに、パラパラと小石が降ってくる。武がとっさに日傘を開き、小姫に差し出しながら周囲を見回す。

「なんだこれ? どっから──」

 そのとき、ぼすん、と大きな音がして、小姫の右肩に衝撃が走った。

「痛っ」
「姫さん⁉︎」

 足元へ転がったのは、拳大ほどもある石だ。日傘には、ぽっかりと穴が開いている。
 直後、「ゲタゲタゲタ」と濁った笑い声が聞こえてきた。
 木の枝の上に、小さな影が立っている。
 ぼろぼろの赤い帽子に、獣のような尖った歯。そして、鋭い爪。赤く光る目が、面白がるように小姫たちを見下ろしていた。

「──赤帽子(レッドキャップ)!」

 ノアが叫んだ瞬間、赤帽子は枝を蹴って飛び上がった。
 石畳に鋭い音が弾ける。投げつけてきたのは、煉瓦や硝子の破片だ。当たりどころが悪ければ、大怪我につながるかもしれない。

「ギャギャギャ!」

 耳障りな声を撒き散らしながら、赤帽子は木々を飛び移り、公園の奥へ消えていった。

「姫さん、怪我は⁉︎」
「大丈夫。それより、いまの……」
「赤帽子っていう、攻撃性の高い妖精だ。帽子を血で染めるために人を襲うって話もあるよ」

 ノアの説明に、朔耶が「こっわ」と顔を引きつらせる。

「放っておくわけにはいかないわね」

 肩はじんじんと痛むけれど、そんなことを言っている場合ではない。
 このままでは、また誰かが怪我をして、取り返しのつかないことになってしまう。
 小姫は『妖精王の賽子(サイコロ)』を取り出し、素早く振った。
 この際、誰の能力でもいい。早くあの妖精を捕まえなければ。

「お願い──!」

 賽子がぴたりと止まった瞬間、朔耶の額にパッと水色の光が走った。『()』の紋様が浮かび上がり、白い翼が生え広がる。
 朔耶の能力は、何度目にしても見惚れてしまう。

「俺だね。空から探してみるよ」

 朔耶は早速飛び立とうとして、ふと足元を見下ろした。

「動きにくいな……。ちょっとはしたないけど、許してね」

 そう言って、裾をからげて帯の下から上に引っ張り挟み込んだ。そのまま長襦袢まで持ち上げようとするので、小姫は慌てて腕に飛び付く。

「それはだめ!」
「俺は気にしないよ?」
「まわりが気にする‼︎」

 小姫が必死に止める横で、ノアと武がうんうんと頷く。

「朔耶クン、さすがにそれはサービスがすぎる」
「男だと分かっていても目に毒だ」

 二人して真顔で言うものだから、朔耶は「あははっ」とおかしそうに笑った。

「分かったよ」

 襦袢から手を離して、朔耶はとん、と地面を蹴った。ふわりと身体が浮かび上がる。髪に結ばれた灰桜色のリボンが、ひらりと揺れた。
 
「見つけたら声かけるね!」
「人目につかないようにね!」

 あんな姿を見られたら、大騒ぎになってしまう。
 木々の上へ飛んでいく朔耶を、心配しながら見送った。

「もう一人、能力を解放してもいいと思う」
「そうですね」

 晋一朗の提案に、小姫はふたたび賽子を振った。
 ころりと転がった賽子の出目は、五。この場にいない(たまき)の力だ。

「たま(にい)、妖精に囲まれちゃうかも……」

 心の中で謝って、小姫は再度賽子を転がす。ノアの手のひらが、ぱぁっと光った。

「ボクだ!」

 瞬間、ノアの頭にぴょこっと大きな獣の耳が生えた。鼻先がぐぐっと前に突き出たかと思うと、顔つきがみるみる狼へと変わっていく。バリッと服が裂け、金色の毛並みを持つ大きな狼が現れた。

「このスーツ気に入ってたのに〜」

 神秘的と言っていいほど美しい姿の狼から、情けない声がもれる。

「朔耶クンは翼が生えても服は破けないよね? なんで? 妖精の配慮? 贔屓?」

 狼姿のままぶつぶつ文句を言いながら、ノアは鼻先を上に向けて、すんすん、と匂いを嗅いだ。

「あれ? 近い……」

 そのとき。
 バキッと頭上で枝の折れる音が響いた。

「えっ⁉︎」

 顔を上げた瞬間、太い枝が落ちてくる。
 反射的に左腕で日傘を振り回すと、ぼすっと鈍い音を立てて、枝が弾かれた。
 赤い帽子が、夕暮れの木々の間で不気味に揺れる。

「もう一匹いる⁉︎」