大正妖精綺譚

     *     *     *


「──で? どうして二人とも、僕に黙っていたのかな?」

 櫻宮(さくらみや)家の屋敷に戻るなり、瑠生は自室に環と(たける)を呼びつけた。
 瑠生の部屋は畳の上に絨毯が敷かれており、洋室のようにしつらえられている。
 一人用の腰掛け(ソファ)に座る小姫の膝の上で、タビが「ふわぁ」とあくびを放った。

「ご報告が遅れたことについては、お詫びいたします」
「妖精のことも婚約の偽装のことも、誰にも言うつもりはなかったの。私が内緒にしておいてって言ったのよ」

 小姫が口を挟むと、瑠生はちらりと視線を寄越した。

「なにかあったとき、小姫がそう言うであろうことは想定していたよ。だからこそ環を同行させていたのに」
「なにそれ密偵?」
「申し訳ございません」

 瑠生に対して頭を下げる環に、小姫は思わず眉を寄せる。

「でも、急に妖精がどうこうって言ったって、瑠生はすぐに信じないでしょう? 実際そうだったじゃない」
「そうだね。でも、それとこれとは別の話。僕は、小姫に危ないことをして欲しくないんだ」

 心配してくれているのは分かるけれど、行動まで制限されてはかなわない。だからこそ隠していたのに、その考えまで見抜かれていたらしい。
 けれど、瑠生が自分に甘いことは、十分すぎるほど分かっている。小姫はわざとらしく小首をかしげた。

「もう危なくないよね?」
「え?」
「だって、瑠生も従者になったんだもの」

 一瞬、瑠生が言葉に詰まる。

「……ずるいな。まあ、守るつもりで従者になったのは確かだけれど」

 苦笑した瑠生が、ふいに視線を落とした。

「それにしても、まさか婚約を偽装するとは思わなかったな……」
「瑠生?」
「なんでもないよ。それより、僕の能力はなんだろうね?」

 瑠生が従者になったのち、数字が消えるまでじっとしていたけれど、怪力になったり妖精が寄ってきたりするようなことはなく、目に見える変化も起こらなかった。
 武がわくわくした様子で身を乗り出す。

「俺もそれが気になってたんですよ! 姫さん、賽子──」
「振らないからね⁉︎」

 小姫の大声に驚いたタビが、「にゃっ⁉︎」と鳴いて膝から飛び降りる。
 この前のように、本人の知らないうちに能力が発動してしまっては大変だ。
 小姫は賽子を書斎机の向こう端に遠ざけて置いた。

長内(おさない)くんは、上演中ならむしろ喜ぶと思いますけどね。柳瀬(やなせ)さまの能力も、発動したところで影響はないでしょう」

 しれっと他人事のように言う環を、小姫はキッと睨みつけた。

「問題はノアさんでしょ! 人前で狼になっちゃったらどうするのよ」
「四を出さなきゃいいんだよ!」

 武がガハハと笑う。

「気になるのは分かるけど、確かめるのは全員揃ってるときに──」

 言いかけた、そのとき。
 ひょい、と瑠生が机の上の賽子を取り、小姫の手のひらに押し込んだ。そのまま手を振らされる。

「え?」

 ぽーん、と弾みで賽子が宙へ放たれた。

「瑠生っ⁉︎ なにするのよ!」
「どんな能力か、予め知っておいたほうがいいでしょう?」
「出目は⁉︎」

 武が賽子を追いかける。

「六だ!」
「よかった、瑠生だわ!」

 ワイシャツ越しに、瑠生の胸元から薄紫の光がもれる。全員の視線が一斉に集まった。

「……どう?」
「さっきと同じだよ。なにかが変わったような感じはしないな」

 瑠生はそう言って、手をぐーぱーさせている。
 その様子を見ながら、環が口を開いた。

「見た目に変化はありませんね」
「周囲にも影響はないみたい……」

 いったいどんな能力なのかと考え込んでいると、タビが机に飛び乗った。とことこと近寄ってきて瑠生の前にちょこんと座り、小首をかしげる。

「ルイ、ボクのこと描いて」
「急にどうしたんだい?」
「いいから、描いて」

 タビは置いてあったペンを、鼻先でぐいぐいと瑠生に押しやる。

「はい!」
「仕方ないなぁ」

 机の上の紙を引き寄せて、瑠生はペンを走らせた。さらさらと迷いなく描き上げて、紙をひらりと持ち上げる。

「はい、できた」
「……!?」

 とたん、全員の表情が凍り付いた。
 絶句しかけて、小姫はなんとか言葉を絞り出す。

「る、瑠生。念のため聞くけれど、これはタビを描いたのよね……?」
「もちろん!」

 堂々と掲げられた紙の上には、妙に胴の長い、黒く塗りつぶされた『なにか』がいた。
 足が五本あるように見える。いや、一本は尻尾だろうか。それにしては位置がおかしい。
 タビがショックを受けたようにつぶやいた。

「これ、ぼく……?」
「タビはとっても可愛いわよ! 瑠生の画力がちょっとアレなだけで‼︎」
「なかなかうまく描けたと思うんだけど。ねえ?」

 同意を求められた武と環は、揃ってすっと視線をそらす。
 そのとき、瑠生の持つ紙がゆらりと不自然に蠢いた。